豚公爵に転生したから、今度は君に好きと言いたい

渋谷ふな

Ⅰ 豚公爵に転生したから、今度は君に好きと言いたい

1豚 俺、豚公爵じゃん

 目が覚め、俺は前世の記憶を取り戻した。

 慌ててベッドから飛び起き、鏡の前へ向かう。


「デブすぎるだろ、俺」


 黒金の色が入り乱れた髪を持つ裕福そうなデブ、いや豚だ。

 けど、俺はこの顔を前世から知っていた。

 大人気アニメ「シューヤ・マリオネット」に出てくる嫌われ者の顔だからだ。


 シューヤ・マリオネットは火魔法の才に恵まれた男爵家の少年が魔法学園に入学し、見下されながらも様々な女の子と仲良くなり、彼女達が持つ悩みや他国との争いを解決していくアニメだ。

 そして、そんな主人公を見下す嫌われ者が俺だ。


 公爵家の三男、豚公爵ことスロウ・デニング。

 人を見下す、家柄を鼻にかける、デブ、リアルオークなど様々なヘイト要素を持ち、最終的には国を追放される男の子。

 そんな悲惨な未来が豚公爵には待っている。


「やっぱりデブだなあ」


 さらにはこの男、密かに思いを寄せていた従者も主人公のハーレムの一員になるという不遇っぷり。親からも最後には橋から拾ってきた他人の子だから関係無いと言われる哀れなデブ。


「もうリアルオークだろこれ」


 そんなことを思っていると、部屋の扉がコンコンとノックされた。


「スロウ様、起きていますか? 朝食をお持ちしました」


 従者、シャーロット。

 俺が所属するクルッシュ魔法学校の学生は朝は食堂へ朝食を食べに行かないといけないのだが、俺は家柄を存分に使って豪勢な朝食を自室で食べているのだ。


「起きてるよ。入ってきてくれ、シャーロット」


 肩まで伸びたシルバーヘアーは艶やかで。

 雪の女神のように凛としているシャーロットから溢れ出る高貴さは従者という身分を超えている。

 けれどそれもそうだろう。

 シャーロットは秘密にしているが、実は彼女は滅亡した他国の王女様プリンセスなのだ。


「準備致しますので少しお待ちください」


 そう、このシャーロットこそが主人公に奪われてしまう従者なのだ。

 しかし、アニメを見ていた視聴者からは豚公爵がシャーロットと結ばれて欲しいと思っていた人も少なく無い。

 かくいう俺もその内の一人である。


「……うん」


 シャーロットが公爵家であるデニング家に拾われたのは、シャーロットと豚公爵が6歳の頃に遡る。

 デニング公爵領地の中の森で奴隷として売られかけていたシャーロットを豚公爵が助けたのだ。

 小さい頃はシャーロットも豚公爵に対し恩義を持っていたが、帝国との戦争を境にどんどん思いは豚公爵から離れていく。


 そして魔法学園二年生の冬。

 アニメ版主人公に危ない場面を命からがら助けられ、シャーロットはハーレムの一員として堕ちてしまったのである。

 豚公爵もシャーロットが主人公に惹かれていることに気づき、色々と頑張ったのだが時既に遅し。

 やることなすこと全てが空回りに終わり、笑いものになる始末だ。

 こんな最悪な豚公爵であるが、アニメ「シューヤ・マリオネット」の人気ランキングでは圧倒的な人気で一位を独走している。


 その理由は三つある。

 一つ目は単純にアニメ版主人公の人気が無いから。

 お前にハーレムは相応しくない! といった妬みである。

 大人気アニメ「シューヤ・マリオネット」に出てくる女の子達は皆可愛いのだ。

 仕方ないね。


「スロウ様。お食事の用意が出来ました。スープは熱いかもしれないのでよくフーフーしてください」

 

 二つ目は豚公爵の不遇ぶりから。

 裏設定では豚公爵はシャーロットが滅亡した他国の王女であることを知っていたとされているのだ。

 豚公爵は帝国に狙われているシャーロットを守るためにアニメの裏側で様々な国の刺客たちと日夜戦っていたのだ。

 しかしその功績を誰にも告げず、美味しいところはアニメ版主人公に持っていかれる可哀想なヤツ。


 さらにアニメの中では豚公爵はシャーロットへの恋心を最後まで明らかにしなかった。

 嫌われ豚公爵は晩年、魔法奴隷として死ぬ間際シャーロットと呟いて死んだらしい。

 そんな悲哀が視聴者に受けているのだ。


 そして、豚公爵が人気のあるもう一つの理由。

 それは。


「……シャーロット。いつもありがとうぶひよ」

「え」


 シャーロットは俺の言葉に心底ビックリしたようだった。

 ビックリしすぎて持っていた紅茶セットを落とし、ガシャンと甲高い音が立てられた。

 

「ご、ごめんなさいスロウ様っ」

「いや、気にしないでくれ」


 慌てて割れた破片を拾い集めようとするシャーロットが驚いて、俺を見た。

 赤い絨毯の上で割れた破片がふわふわと浮き、華麗な踊りを披露している。

 アニメでは明らかにされていなかったが―――


風の悪戯は静かに始まるウィンドルダンス


 ―――豚公爵は歴史上、最も風の精霊に愛されたとされる魔法使いだったのだ。


 季節は暑い夏。

 豚公爵は、いや俺は16歳。

 クルッシュ魔法学園に入学して一年が立ち、既に俺の悪評は学内に留まらず他国にまで知れ渡っていた。

 けれど、そんなことどうだっていい。


「シャーロット。今更だけど……おはよう」


 俺の従者、シャーロット。

 いや、滅亡した皇国のお姫様プリンセスシャーロット・リリィ・ヒュージャック。


「お、おはようございます。スロウ様」


 ぺこりと頭を下げる君を目にして。

 アニメの中では成し遂げられなかったけど。

 俺は君に相応しい男になるよと、心の中で固く誓った。

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