502豚 帝国兵ガガーリンとの遭遇

 地上の空気を吸った時には、生き返った心地がしたと同時を目を奪われた。俺たちが登ってきたのは巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの外にある井戸だったらしく。


「……すごいな」

「だろ? 俺も初めて見た時は、ビビったもんだ。そして同時に思ったもんだぜ。こんな無骨で退屈な巨城で……ずっと生きてきたリオット・タイソンがあれだけ明るい性格に育ったのは、まさに奇跡だったんだなってな」


 巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの高い城壁は目を奪われるほど壮大で。

 だけど残念なことに、今の俺は巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルの外観に感動している暇はなかった。




 巨鯨の眠る城ホエール・キャッスル――その高い城壁の上には、槍を持った守衛たちが何人も周りを見張っている。

 そしてその中の数人が俺たちの姿を完全に捉えているのだ。


「おい! ギャリバー! 城壁の上にいる兵士にばっちり見られてるぞ! あれ、どうするんだよ!」

 俺の声だ。

 そりゃあなあ、城の外にぽつんと存在している井戸の中から急に誰かが現れたら、ああやって指を差してくるだろう。直接に城の中を見たわけじゃないが今はこの巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルは厳戒態勢なのだから。

 当然、要塞じみた城の周りだって警戒は万全だ。


「安心しろよ、スロウ・デニング。すぐにこの場を経つ。お前、当然馬には乗れるよな?」

 そう言って、サー・ギャリバーは城の周り広がる濃い森を指差した。

 森の中で二頭の馬の姿が見えたが…………。


「用意周到だな」

「そりゃあ当然だ。俺の頭の中には、スロウ・デニングという兵器をどうやって利用するしかねえよ」

「人のことを兵器呼ばわりかよ」

「実際のところ、兵器みたいな力だろ?」

 何とも正直なことだ。

 俺をダリスから追放してくれたらしい女王様、エレノア・ダリスもこれぐらい明け透けなら、もっと好きになれるんだけどな。


「おい。なんだ、その苦虫を噛み潰したような顔は。まさか、乗れないわけじゃないよな? もう手はねえんだ。行くぞ――!」

 ぶっちゃけ騎乗は苦手なんだ。



 俺は雪の中、ギャリバーと共に走り、大木の幹に繋がれた2頭の馬のもとに急いだ。


「おい。ギャリバー! この音! 一体何人の兵士を連れてタイソン公はヒュージャックに向かったんだ!」

 馬の蹄鉄が道を踏みしめる音が今もなお、とても大きく響いている。


 その音は耳に残るほど鮮烈で、激しい鼓動のようだ。

 少し前に巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルからタイソン公が兵士を連れてヒュージャックに向かったとは聞いている。でも人数は知らなかった。

「この音は数十じゃないだろ! 一千人はいるんじゃないか!? 何人だ!」

 地下でも聞こえたあの地響き――相当なものだった。

 タイソン公は今のヒュージャックを占領しようとしているんだ

 数十人って規模じゃないとは思っていたが――。


「んー。スロウ・デニング。俺は四千人と聞いているが、それが問題あるのか?」

 俺はギャリバーの答えを聞いて震え上がった。


「はあああああああああああああああああああ!!!?????」

 走る勢いのまま、繋がれた馬の一頭に上がろうとして、そのまま雪が積み重なった地面に落ちた。



 確かに嫌な予感はしていた。

 タイソン公が巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルに詰める騎兵や、周辺のタイソン公に従う貴族たち全てを引き連れているらしい。

 サーキスタの大貴族であるタイソンが全ての権力を総動員すれば、それぐらいの兵力を集めることは可能だろうが、それでも信じられない。


「何を弱気になってるんだよ。スロウ・デニング。お前はデニングの人間だろ。デニングの人間といえば、どれだけ敗亡濃厚な戦場でも真っ先に敵の元に向かうと言うぜ?」


 まじだ。冗談なんかではない。

 本当に、タイソン公はヒュージャック占領への道を向かっている。


 四千人と聞いて未だ耳に聞こえる音の説得力が増した。

 だがタイソン公と四千人の兵士――この先、追いついてどうすればいいんだよ。

 

「さあ行こうぜ、スロウ・デニング。俺たちはこれからタイソン公を追いかけるんだ。お前には結構期待してる。そうだな、お前に期待する仕事は……タイソン公の元へ俺を連れて行くことだ」


 ギャリバーは馬の手綱を引いて――俺に声をかける。

 その顔には俺が内心で抱えているような悲壮感は見られない。ああ、羨ましいぜ。俺も馬鹿に生まれれば良かった。なまじ知識がある分、今がどれだけ絶望的な状況か――。


「――ギャリバーっ!」


 音を切り裂くような――攻撃がギャリバーの首筋に迫っていた。

 それはまるで、音と風の壁を貫くような魔法。


「頭を下げろッッ!」

 魔法の弾丸が赤い炎を噴き出しながら、あいつの首を正確に狙っていた。


 弾丸の速度は非常に早く、ギャリバーの目には追いきれないものだろう。

 それは人間の知覚を超えるもので、ギャリバーは自分が死んだことにも気づかず、攻撃を食らっていたことだろう。


 ――


 敵の攻撃に気づけたのは、俺が極限まで気を張り巡らせていたからだ。

 思わず俺は反射的に、誰かの魔法を風の魔法で撃墜した。撃墜と同時に、爆裂音が周囲に響き渡る。身の毛もよだつような爆裂音に、俺たちが乗ろうとしていた馬が大声で吠えた。


「素晴らしい」

 パチパチパチ。

 と、この場に似つかない拍手の音が聞こえた。

 ギャリバーは俺の声に従って、情けなく落馬しているようだ。

 だが、人の頭をトマトを握り潰すぐらい簡単に弾けさせる魔法が自分に向かって放たれたことを、ギャリバーは感じ取ったようだった。

 ギャリバーは目をぱちくりしながら、そっちを見ている。

 そっちとは森の奥ではなく、巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルがある方角だ。


 パチパチパチパチ。

 馬に乗ったそいつらが、近づいてくる

「素晴らしいですよお」

 

 俺は、顔面を蒼白にしているギャリバーに声を掛けることは出来なかった。

 そんな余裕は全くなかった。


 拍手をしている男が……男が……俺の知っている男だったからだ。


 頭が急激に危険信号アラームを放っている。ドストル帝国に存在する危険分子の中の一人。

 俺がこの土地、サーキスタで出会いたくなかった敵がそこにいる。


「これはこれは。タイソン公に遅れて出陣しようと思ったら、思わぬ珍客が――今の魔法はそんじょそこらの魔法使いが対処できるようなものではないはずですが。そちらの従者、お前は誰ですか? 私の魔法に合わせるなんて。使?」


 巨鯨の眠る城ホエール・キャッスルから俺たちに向かって駆けてくる馬に乗った数騎。

 

 その先頭で、今まさにタイソン公を追いかけようとしている俺たちに向かって魔法を放ってきた男のことを俺はよく知っていた。

 

 




――――――――――――――

遂にサーキスタに送り込まれた刺客のかしらガガーリンとスロウが出逢います。

それと……。

『追放公子の傍観〜転移の力で、どの勢力とも敵対せず〜』

https://kakuyomu.jp/works/16817330653638151903

追放系の物語で、久々に面白そうなかなと思える話です。

豚の更新も頑張るので応援いただけると嬉しいです。



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