【外交官ナーゲラス視点】457豚 平和の使者

 誰もが恐れてやまないドストル帝国からの使者、ファナ・ドストルと紹介された少女の登場に舞踏会は、さらに一段階、ボルテージが上がったようであった。


 勿論、騎士国家ダリスからの外交官、ナーゲラスも彼女の登場に心を掴まれた一人だ。

 外交の経験だけは豊富なナーゲラスをもってしても、彼女の存在は際立っていた。確かに今まで注目を浴びていたアリシア殿下も美しく、溌剌とした魅力に溢れていたが、ドストル帝国の姫は質が違った。


 齢10を超えた辺りか、姿は美術品のように触れてはならぬものに思えた。

 

 ――う、美しい……あれがドストルの……王族か……。

 

「こほん、初めまして――」


 文献や伝聞の中でしか知らない、ドストル帝国の人間。

 それも時折、ダリスへもやってくる行商人や胡散臭い単純労働者、信用ならない落ちぶれ貴族でもない、帝国中枢の人間がそこにいるのだ。


「で、いいのかしら。いいのでしょうね。この場にお集まりの皆様、初めまして。まるで珍獣を見るかのようだけど……ファナよ。本名はもっと長いのだけど、ファナと呼んで欲しいわ」


 ナーゲラスはちらりと、スロウ・デニングが立つ場所を流し見する。

 彼もまた、この場に集まる大勢と同様に、ファナ・ドストル殿下の姿に釘付けのようであった。


 風の神童と言えどやはり人の子かと、ナーゲラスはその様子に不思議と安堵。

 枢機卿からは、サーキスタでの彼の動きや発言を事細かに把握しておくよう厳命を受けていた。


 しかし――スロウ・デニングが暴走する可能性有り、なんて……。

 彼はあの大貴族、デニング公爵家の御曹司なのだ。マルディーニ枢機卿、彼だってこの場がいかに重要か、自分以上に分かっているでしょうに?

 



 北方からの使者、ファナ殿下は一体何を語るのか。


 彼女の姿は、家族への良い思い出話になるだろう。

 いや、家族への土産話どころか、同僚にも高らかに自慢出来る。

 それどころか、女王陛下や枢機卿ですら彼女の人となりを、外見を、皆の前で語る言葉をナーゲラスの口から語ってみせろと望むだろう。


「まずはサーキスタの皆様、招待ありがとう。この場に立つ栄誉、光栄に思うわ」


 ――口調は柔らかだが、溶けることのない氷のように、表情は笑っていない。


「この地は祖国と比べ、温かね。民だって、そうよ。到来する冬を楽しんで、うちとは大違いだわ。率直に良い国、エデン国王の手腕なのかしら、そうなのでしょうね――」


 緊張している……のか?


 ナーゲラスは確かに小人物だが、外交官としての経験は随一。外交の基本は観察であり、人を見る目はあると自負している。

 そんなナーゲラスの目から見れば、ファナ殿下は……南方における自らの立場を強く理解し、ドストル帝国の人間として相応しく在るよう、強く意識しているように思えた。


「ふう……この手の話は止めよっか。望まれる言葉は、分かっているつもりだから」


 ナーゲラスは食い入るように彼女の姿を見つめた。

 ――その通りだ。

 大陸南方から、これだけの名を持つ大物が集まった理由。


「ドストル帝国は、南方と交友を結ぶ用意があるわ。争いは不要よ。少なくとも、ファナ・ドストルは正式なドストル帝国の使者として、闇の大精霊ナナトーリジュの代理として撤回はしないと、この身に誓う」


 ――っしゃ! よっしゃ! 


 ナーゲラスは、周りに気づかれぬよう、握りこぶしを作った。


 わかっていたことだが、実際の言葉にして聞けば、安心感は段違いだ。

 何せ、ドストル帝国の姫が自ら平和を口にしたのだ。


 今夜は枕を高くして寝よう、胃腸薬も暫くは不要だ。それどころか、サーキスタでちょっとばかり羽目を外して、夜の街に繰り出してもいいかもしれない。


 酒だ、酒が必要だ。今宵ばかりは、気を抜いてもいいいだろう。


 ナーゲラスは彼女の言葉に大きく安堵し、再び騎士国家からの同行者スロウ・デニングの顔をちらりと遠目で流し見た。一時はオークのようにしか見えない豚姿であったが、最近は痩せたとの噂通り、身なりも整え、一応はちゃんとしている。


 ……ん?

 だが、周りでナーゲラスと同様に安堵のため息を零す大人たちと異なり、スロウ・デニングは眉間に皺をよせながら、口元に食べ物を次々と放り込んでいた。


 …………ん?

 自分が持つ皿だけではない、よそ様の皿の上からも食べ物をひょいぱくと拝借する始末で、荒い呼吸を繰り返している。


 使者として見るに堪えないその姿、ナーゲラスには過度なストレスで爆食に走る着衣姿のオークにしか見えない。


 ――それでいいのか、公爵家デニングの御曹司……。


 勿論、ナーゲラスにはアニメ知識を持つ彼の脳内でどれだけの情報パニックが起きているか、さらに、舞踏会の中に帯剣の兵が紛れ込みつつある非常事態には全く気付いていなかった。

 


――――――――――――――――――

少ない文字数でも毎日更新が大事(今更)

久々にログインしたらサポーター制度なるもの?が開始されていたようで……ありがとうございます……(土下座)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る