442豚 騎士国家を去るということ⑤
俺たちは即座に校舎の屋上に向かった。
6階建ての校舎だ、決して高くはない。それでも地上で異変が起きていることはよくわかった。
「……セピス君、もうやってきたのか……相変わらず、優秀な男じゃな……」
学園長がどこか悲しそうな声を漏らした。
正門をくぐり、馬に乗って歩みを進める騎士二名。
「スロウ君は、彼のことを知っておるかな……? 」
「……ペンドラゴン侯爵家の落とし子、セピス・ペンドラゴン。噂ぐらいは知っています」
白い外套を羽織る二人の騎士。
白外套は王室騎士の証で、あの二人は女王陛下からの刺客。
二人とも俺はよく知っていた。
シューヤ・ニュケルン、そしてセピス・ペンドラゴン。
間違いなく、騎士国家の未来を背負うことになるだろう二人の姿。
でも、不思議な光景だ。裏切りの王室騎士、セピス・ペンドラゴンはアニメの中で帝国に寝返りシューヤによって討たれた男だから。
「スロウ様、シューヤ様が……白い外套を……!」
「ああ、シャーロット。シューヤは王室騎士になったんだ」
「え”! 大出世じゃないですか!」
セピスの後ろには赤髪短髪のシューヤの姿。
白い外套がまったく似合っていない、外套に着られてるって感じだ。まあ、シャーロットの言う通り、大出世には違いないだろう。
「あいつはあいつで、色々あってね……」
それでも俺には感慨深い光景だった。アニメの中でもシューヤが王室騎士になるなんて未来は無かったから。この国でシューヤみたいな爆弾持ちが生きていくには、女王陛下のお気に入りになるしかない。
だから、俺はあいつが
「スロウ様。シューヤ様、凄く体調が悪そうですけど……」
確かにシューヤの様子が可笑しい。ぐったりしている。この地へ向かうのに、無理をしたんだろう。原因はきっとセピスだろうな。
あいつは厄介な魔法を持っているから。
俺とシャーロットが二人の王室騎士を屋上から見つめていると、背後から学園長から声を掛けられる。
「王室騎士に見つかれば、厄介じゃ。だから――逃げるとしようか」
勿論、同意。だから俺はシャーロットの手を引いて、屋上を後にした。
●
二名の騎士の内、シューヤ・ニュケルンは全身で息をする。
身体から力が抜けるようだった、疑いなく力が吸い取られていた。
そんな魔法、聞いたことも無かったが、全てシューヤの前を歩く先輩騎士、セピスの仕業だってことぐらいは理解している。だけど、今は些事。セピスに向かって何をしたのかと問い詰める状況では無いことをシューヤは分かっている。
――学園で何が起きたんだ、デニング!
クルッシュ魔法学園の姿は、シューヤの記憶に残る嘗ての光景とは大きく異なっていた。シューヤの記憶に忌まわしく残る黒龍騒動のように学園が傷んでいる。
シューヤは公爵家の中で何が起きているのか、詳細を知らない、教えられていない。それでも公爵家内部の内紛によって、クルッシュ魔法学園が被害を被った。
身体に湧いてくる気持ちは――怒りだ。
「我が名はセピス・ペンドラゴン、公爵家に反乱の兆しと報告を受け、この地へ参った! ヨ―レンツ騎士団、私の言葉は陛下の御意思と捉えよ」
シューヤの上司とも言える若き騎士。
セピス・ペンドラゴンが腰の剣に手を掛け、叫んでいた。
シューヤも同じ気持ちだった。例えヨ―レンツ騎士団が相手でも、自分たちにはこの地で何が起きたのか、王室騎士として知らねばならぬ義務がある。
「直ちに、バルデロイ・デニングを私の前に連れてこい――!」
「……王室騎士がこの地へ何用か。我らが抱えていた問題は既に解決済み」
そしてクルッシュ魔法学園で、シューヤを待っていたのは紅の外套を羽織るヨ―レンツ騎士団と見る影もないクルッシュ魔法学園の姿。
大規模な戦いが起きたのは明白だ。
「余計な詮索は無用だ、若造。王都に帰るがいい。報告が必要なら、然るべき場で行う」
王室騎士が女王陛下より穢れのない外套を授かるというのなら、彼らの外套は戦場で流され続ける血の証。紅に染まる公爵家の騎士外套。
名前を、ヨ―レンツ騎士団。
騎士国家における、最強の騎士団と言っても過言では無かった。普段のシューヤなら、彼らの姿に圧倒されていただろう。しかし、今。
自分は王室騎士としてこの地に立っている。関係は対等、シューヤはそう考える。
「……王室騎士に向かってその態度、許さぬぞ」
「許さぬなら、何だというのだ。若造!」
王室騎士団とヨーレンツ騎士団の仲は最悪だ。
率先して国のために戦うヨ―レンツ騎士団にとっては、王室騎士など滅多に鞘から剣を抜かない臆病者同様。
「…………若造だと?」
確かにセピス・ペンドラゴンは王室騎士としては若造だ。歴戦のヨ―レンツ騎士団から見れば小僧にしか見えないだろう。経験豊富なダールトン卿や、高名なオリバー卿であれば、ヨ―レンツ騎士団の態度もまた変わったのだろうが、この地に派遣されたのは年若いセピス・ペンドラゴンとシューヤ・ニュケルンの二人。
シューヤに至ってはまだ学生である。
「若造だろう。お前のことは知っているぞ、セピス・ペンドラゴン。大した実績も無く、家名の力で王室騎士に取り立てられた若輩者だとな――」
シューヤは知らぬことだが、ヨ―レンツ騎士団は気が立っていた。
彼らが敬愛する公爵が大きなケガを負い、敵対していた仮面連中には叩き潰されたのだ。ヨ―レンツ騎士団の誇りは大きく損なわれている。
シューヤの目から見ても、ヨ―レンツ騎士団は異常に気が立っているように見えた。無用な刺激は禁物。しかし、先輩騎士であるセピスには穏便な交渉をするつもりなど、毛頭ないようであった。
「……家名で王室騎士に取り立てられた? 誰が? この私がか? ……取り消せ今の言葉。さもなくば、許さぬ」
シューヤの前に立つ騎士から、燃え上がるような気が膨れた。
それは殺気。セピスさん、それはダメだ。セピスは頭の上に血が上っている。シューヤはよく知っていた。この男はプライドが異常に高い、それが致命的な欠点。
「ヨ―レンツの騎士共。これ以上、私に歯向かうなら容赦はしない」
セピスが抜刀。白き刀身が、水色に染まる。同時にシューヤが胸を押さえ、膝をついた。やっぱりだ。シューヤの考えが、確信に近づく。
セピスさんは――俺の魔力を抜き取っている。
それも――
「セピスさん……だめです……ッ!」
「黙っていろ」
一触即発の状況であった。セピスが刀身を見せたことで、ヨ―レンツ騎士団の面々が表情を変えた。
戦闘の気配――どちらかが動けば始まってしまう。
最悪なことにセピスもヨ―レンツ騎士団も引く様子が見えない。
――シューヤは必死に頭を働かせるが、妙案が浮かばなかった。だから、辺りを見渡した。シューヤは必死になって彼を探す。
公爵家の危機なのだ。
当然、この地に彼もいるはずだと考えた。しかし、どこにも見えない。
スロウ・デニング、公爵家直系の彼が――。
「……」
ヨ―レンツ騎士団の誰かがセピスを揶揄するような声を上げた。シューヤはよく聞き取れなかったが、セピスの耳には確かに届いていた。
――ペンドラゴンの落とし子。それはセピスの在り方を最も侮辱する言葉。
膨れ上がるセピスの魔力が方向を確定。ヨ―レンツ騎士団の騎士に向かって放たれる。セピス・ペンドラゴンとの付き合いが長いとは言えないシューヤでも、先輩騎士が抱える闇については薄っすらとだが気付いていた。
シューヤは惨事を前に、目を閉じた。
――ペンドラゴン侯爵家の落とし子。
セピス・ペンドラゴンは、ペンドラゴン侯爵と平民の母の間に生まれた望まれぬ忌み子だ。貴族としての立場は、ニュケルン男爵家の正当な嫡子であるシューヤよりも遥かに下。
それでもセピスを表立って揶揄するような者は滅多に現れない。セピスは王室騎士であり、現在はペンドラゴン侯爵家が後ろ盾。公爵家に及ばぬとも、ペンドラゴン侯爵家は大貴族である。さらにセピスは王室騎士の中でも頭角を現しつつある。
「……」
けれど、シューヤが恐れた魔法現象は発生していない。
「……」
代わりに、セピス・ペンドラゴンは地面に押さえつけられていた。
言葉にならない罵倒を繰り返し叫びながら、ヨ―レンツ騎士団に向かって呪いの言葉を振りまいている。
「……セピス君、今の行いは自殺行為じゃ!」
セピスを押さえつけていたのは、この場にいる筈の無い男だった。
シューヤもよく知る学園長モロゾフ・ぺトワークスが身体を抑え込んでいる。セピスの両手は水の鎖によって後手に縛り上げられ、身体の自由を完全に奪われていた。シューヤですら、呆気に取られる早業だ。しかしモロゾフ・ぺトワークスは大国ダリスでさえ数人といない、
「儂が君を王室騎士へ推薦した意味、もう忘れたかッ!」
学園長の顔が赤く染まっていた。それは怒りの感情。シューヤですら見たことがない激情を浮かべ、暴走しかけた騎士を押さえつける。
そして、その場に現れたのは学園長だけではなかった。
「もちろん、俺たちが悪い。だけどさ、シューヤ」
シューヤに向かって白々しい目を向けているのは馴染み深い一人の少年。彼はセピスの杖剣を持ち、シューヤに向かって放ってみせる。
シューヤの足元に王室騎士の命とも言える杖剣が音を立てて落ちた。
「仲間の暴走に、一歩も動けない。お前は王室騎士失格だよ」
今はヨ―レンツ騎士団の面々に向かって、
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