441豚 騎士国家を去るということ④

 シャーロットの居場所はすぐ分かった。

 学園の復旧作業に力を入れていたヨーレンツ騎士団に交じって働いていたからだ。勿論、騎士たちは土木作業の経験とか、大工みたいな専門技能を持っているわけじゃない。あいつらのやっていることなんて焼け石に水。

 でもヨーレンツ騎士団の騎士たちは大半がクルッシュ魔法学園の卒業生、愛着のある学園を少しでも元通りにしたいって気持ちがあるようだった。


「シャーロット君。公爵殿は君の秘密を誰にも打ち明けぬつもりじゃった。今も、その意思に変わりはない。しかし、彼一人では限界があった」


 シャーロットには風の大精霊の件で大事なことがあると伝えて、連れてきた。当然、シャーロットだって俺の傍に学園長がいることにとても驚いていた。

 シャーロットは学園長と殆ど関わりが無かったけど、学園長は誰もが知る有名人だ。魔法使いとしての実績もさることながら、騎士国家の重鎮でもある。

 秘密を打ち明けるために学園長が選んだ場所は、寂れた校舎の空き教室だった。


「特に君たちが公爵領地からクルッシュ魔法学園にやってきたあの時期……公爵殿は心底参っている様子じゃった。君を守るためには、彼一人の身体では到底足りなかった。だから儂が公爵殿の協力者に選ばれた。秘密を打ち明けられた時は、光栄に思ったものじゃ。儂は元々、騎士国家の人間ではない、それでも国の重鎮に頼られて嫌な気分はしないものじゃ」


 これまで学園長がシャーロットに自ら話しかけたことなんて皆無だった。

 だけど、風の大精霊の件で直接伝えておきたいことがあると学園長が言った時、シャーロットは身体を固くしていた。


「シャーロット・リリィ・ヒュージャック。世に名高い白百合の姫ホワイトリリーがクルッシュ魔法学園にやってきた、初めて君の姿を見た時の感動は今でも覚えておるよ」


 父上と学園長がシャーロットの正体を知っていた。

 衝撃の真実を知ったシャーロットは最初は当然、大きく動揺していた。


 だけど、俺はシャーロットに優しく語りかけているのが学園長で良かったと心から思う。学園長の声には人を落ち着かせる力がある。

 それに学園長の人柄は、クルッシュ魔法学園の関係者ならよく知っている。

 

「シャーロット姫、儂も公爵殿も貴方の味方じゃ。だから落ち着いてほしい。シャーロット姫、貴方の毎日は何も変わらない。公爵殿は変わらず、貴方の後ろ盾となる」


 そんな学園長が全面的にシャーロットの味方であると言い切ったんだ。

 シャーロットは目元に浮かんだ涙をそっと脱ぐんでいた。


 俺はと言えば、机に腰かけ学園長の声に耳を傾けながら、状況の整理に努めていた。父上からも離れて、少しだけ落ち着けたことで冷静になってきたぞ。

 

 ……公爵家デニングが、独自の道を進もうとしている。

 父上は直接、帝国の力を目の当たりにして、このままではいけないと悟ったのだ。そして、陛下の思いに逆らって独自の行動を始めようとしている。

 独自の行動とは、ドストル帝国の動きを探ることだ。


 俺をサーキスタに送り込もうとしているのは、俺に先兵としての役割を期待しているからだろう。最も馬鹿正直に父上から秘密を打ち明けても俺は首を振らない。だから父上はこんな大掛かりな仕掛けを用意した、そんなところか。

 だけど風の大精霊さんが姿を現したことまでは父上の想定外、それでも父上は風の大精霊さん出現を逆手にとって、俺を丸めこもうとしている。

 ……俺の考えすぎか?


「元々、儂も公爵殿も秘密を君に打ち明けるつもりはなかった。しかし、事態は絶えず移り変わる。ヒュージャックを守りし風の大精霊が姿を現したことで、シャーロット姫、貴方を取り巻く状況は大きく変化する。即座に動き出す者は陛下じゃろう」


 学園長はちらりとこっちを見た。

 俺も同じ意見だったりする。あの陛下のことだ、風の大精霊さんを上手く利用しようとするだろう。火の大精霊よりも余程扱いやすそうだしな。


「陛下は直ちに公爵を王都に呼びつけるじゃろう。何故、風の大精霊が公爵家に連なる者と縁を持ったのか、徹底的に暴くためにのう。儂と公爵殿が恐れているのはシャーロット姫、貴方が陛下に政策の道具として利用されること、公爵殿のこれまでの努力が水の泡というわけじゃ」


 俺が利用されるのはまだいい。

 だけど女王陛下にシャーロットが利用されることは俺も嫌だ。


 この国にいる限り、女王陛下の意向ってのは絶対。国民からの信頼も抜群だし、何よりも人気がある。カリスマの塊、それがエレノア・ダリスだ。


「これから事態の落ち着きに公爵殿も儂も全力を尽くす。暫くは、君たちは国にいるべきではない。少なくとも陛下の手が届く騎士国家からは去るべきじゃ。そのための口実は、公爵殿が既に用意しておる。公爵家の代表として、君たちはサーキスタへ向かうのじゃ。退屈せぬよう、スロウ君。君には特別な仕事が公爵殿から与えられているようじゃが――」


 落ち着くまでは国外に逃げておけ、そういうことだろう。

 むかつくな、どこまで行っても父上の手のひらにいるようだ。そして、何よりも苛立たしいのが父上の提案が最善だと理解できることだ。


 だけど、俺には父上や学園長がこう言っているようにも聞こえていた。

 騎士国家において大きな権力を持つ父上や学園長が引き続きシャーロットの後ろ盾として在り続ける。

 だから、スロウ・デニング。お前は、自分たちの思い通りに動けと。


「スロウ君、きっと退屈はせぬ。儂が後20歳若ければ、立場を変わって欲しいくらい刺激的な仕事じゃ――」


「……学園長。そりゃあそうでしょう、帝国の人間と接触するなんて……一歩間違えば大惨事間違いなし、しかも陛下の意思にも反している。刺激的過ぎますね」


「未来に繋がる大事な仕事じゃ、君以外にはこなせぬよ。少なくとも、儂の知る限りは君が最も適任じゃ。その点において、儂と公爵殿の思いは一致している」


 俺は学園長の言葉に反論するつもりは無かった。

 これから騎士国家で大きなバタバタが起こるのは確定だし、渦中の中心に巻き込まれたら厄介だ。シャーロットはと言えば、無言で何かを思いつめているようだった。


 きっと俺にまた迷惑が掛かることを気にやんでいるのだろうけど、誰が悪いという話でもなかった。シャーロットがヒュージャックに生まれて、俺が公爵家に生まれたこと。それだけの話。だからシャーロットに声を掛けようとしたら、外から大きな声が聞こえてきた。


「――ヨーレンツの騎士達、お前たちでは話にならぬ! 風の大精霊がこの地に顕現したのだろう! 寵愛者を、私の前に連れてこいッ!」


 その声を俺は知っていた。

 アニメの中では裏切りの騎士として名高いセピス・ペンドラゴン。帝国への寝返りを決めるまでは、陛下のお気に入りでもあった凄腕の王室騎士だ。


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