431豚 甘くはない

「――進めい! 勢いは我らにあるのだ! 果敢に攻めろお!」


 ヨ―レンツ騎士団が激しく激しく、攻め立てている。

 騎士たちが刃と共に放つ魔法の一撃。

 たった一撃で校舎に大穴を開け、魔法の余波でガラスが粉々に砕け散る。

 あちこちで炎の柱が空に伸び、直撃を食らった誰かの叫びが辺りに響き渡る。

 

 ……これがクルッシュ魔法学園? 

 騎士国家ダリスを象徴する貴族の学び舎? 馬鹿言っちゃいけない、ここはもはや戦場だ。魔法の使えない人間は、ただ屍となるだけの悲劇の世界。


「……女王陛下も何を考えているんだか」


 陛下の権力や王室騎士団の力を合わせれば、もっとスマートにやれたはずだ。

 女王陛下の狙いは、さっき現れた爺さんの首だ。


 名前はマグナ、生き続ける謎の老人。

 あの爺さんはアニメ知識を持っている俺でも設定不明の詳細不明アンノウン。ただ、公爵家を支え続けた男だってことは間違いない。


「……」


 マグナが現れた時、錆の連中は統率の取れた動きでマグナを守ろうとした。

 やっぱりあいつらが忠誠を誓ってるのは、公爵家じゃなくてあの爺さんか……。しかし、カリスマがあるようには見えなかったが……。


「若様! 公爵様らは、この先へ! 苦戦しているようです、お早く!」

「……分かっている」


 ヨ―レンツ騎士団の連中だって分かってる。

 今の勢いのまま攻め続ければ、公爵家の内紛は今日にでも終わるだろう。

 だからこそ、騎士たちは建物や学園にどれだけ損害を与えても構わない。

 戦いを一秒でも早く終わらせるために。

 ヨ―レンツの騎士たちからはそんな気迫が見えた。


「……」 


 そして父上だって本気だ。

 父上は右手にくすんだ銀色の指輪を嵌めていた。

 公爵家のマジックアイテム、力の指輪パワーリングをこの戦場に持ち込んでいる。サンサ姉やエイジ、俺の兄貴も、公爵家の当主となってあの指輪を得ることが人生の目的。


「若様! 俺は若様支持ですよ! サンサ様やエイジ様よりは、若様が――!」

「悪いけど、俺は父上の座を継ぐ気はないよ」

「まあ、若様にはあの風の大精霊がついている! 今更ながら、若様があれだけ強気な態度に出られるわけがわかりました! いつから大精霊様が――!?」

「……さあな」


 ……父上は、本気で錆の連中を殲滅する気か。

 彼らがどれだけ騎士国家の平和に、公爵家の勢力維持に貢献したか。

 父上は誰よりも理解しているはずだが……。


 俺の父上、バルデロイ・デニングは生粋の秘密主義者。

 アニメの中でも父上は策を要してシューヤを殺そうとした。

 無口で、嫌みで、騎士国家の貴族社会でも滅茶苦茶嫌われている。


「……無理か、万事休すだな」

「若様、何がですか?」

「いや、こっちの話だ」


 ここまでの戦闘が起きてしまったら、さすがに止められない。 

 錆とヨ―レンツ騎士団は、どちらかが壊滅するまで戦い続ける。

 最後に立っているのは父上か、マグナか。


 はあ、参ったなあ。

 錆を失うことで、公爵家の弱体化は必須だ。

 別に俺だって公爵家が未来永劫、繁栄するなんて思っちゃいないけど。


 俺の脇腹に強い痛みが走る。本当に痛いときは、言葉も出ないもんだな。

 

「……ひひっ」


 ずっと狙われていることは分かっていた。分かってたよ。

 お前らがこんな簡単に終わるわけないもんな。


 校舎の中から壁を突き破って降りてくるのは灰色の狼仮面だ。

 痩身の体躯、右手にはこれまでとは違う金色の短槍を構えている。


 やっぱりあの男。イチバンは他とは格が違うか……。


「……ひひっ、若様。……恨みもないが情もねえ……むしろ、敬意を払うべきとも思っている……若様、俺は知ってるぜ……? 若様が迷宮都市で、何をしたか」


 名前は確かイチ・ゲリオン。

 ゲリオン男爵家。取るに足らない弱小貴族だ。家を飛び出した放蕩息子。

 家族の間ではとっくにくたばったと思われている男。あいつは地面をとんとんと足で叩き、俺を見る。ていうか今、とんでもないことを言わなかったか?


「風の大精霊が出てきたことには驚いたが……爺さんによると、あれが襲ってくることはないようだ……安心して戦える……ひひ、若様は俺の標的なんだ……」

「……」


 だけど、俺だって興味もあった。

 イチバンの使う魔法に。あいつが持っている武器に。


 あの男は、アニメの中でドストル帝国を翻弄した男だ。


 イチバンが持つ命を持つ武器、金色の短槍。 

 英雄の種シェルフィードは既に開花している。

 魔法使いを殺すことに長けた暗殺者。錆の中でも最も重要キャラクター。

 本当に嫌になるぜ……どうしてシューヤと関係する奴らはこう……厄介なんだよ。


「俺たち……ひひっ……本気なんだ……俺たちは、ドストル帝国に向かう……俺たちは勝つためなら何でもやる……あんたは邪魔すぎるんだ……」


 そしてもう一つ嫌になることがあるとすれば――。


「……ひひ、だからこういう手を取らしてもらった」


 イチバンがぶち破った校舎2階廊下、そこにいたのは俺の仲間ともう一人。

 犬の仮面を被った男、そしてクラウドの姿。

 クラウドの首元に、鋭利な短剣が突き付けられていた。


「すいません、スロウの若様……その男、不思議な魔法を――」


 おおう、クラウド。お前、まじか。

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