429豚 豚の誤算

 爆音が、響いている。

 クルッシュ魔法学園で、これまでの比じゃない戦いが始まっていた。

 

「……」


 この場に残っているのは、俺とシャーロットの二人だけ。

 ヨ―レンツ騎士団は、錆の頭目マグナを捕まえるために父上の指揮の元、迅速に動き出した。シルバとクラウドには、父上の協力をするように伝えている。


 さっきちらりと見えたあの姿、マグナ。

 枯れ木のような老人で、とても公爵家の当主を狙う大物だとは思えない。

 だけど、あの爺さんはその体のみで、この騎士国家という国を翻弄している。


 マグナはアニメの中でも出てこなかった。

 ただ、どこか暗い場所で父上と喋るマグナのシルエットが出てきただけだった。

歴代公爵もマグナという男の扱いには苦慮しているという。     

 錆の連中はあの正体不明な爺さん、マグナの言葉でしか動かない。    


 ――あの男を討ち取れば、俺は自由になれる。

 父上からそう伝えられている。

 本来なら、俺も父上のために動かなくてはいけなかった。


 だけど、俺は動けなかった。


「……ごめん、シャーロット。俺のせいだ、全部俺のせいだ」


 風の大精霊の存在がばれた。ばれてしまった。

 大精霊を自分の思い通りに動かせると思ってしまった俺の傲慢さが、失敗を招いた。誰のせいでもない、俺の失態だ。


「顔を上げてください、スロウ様」


「シャーロット……ごめん、やってしまった……ごめん……」


 風の大精霊アルトアンジュが語った言葉。

 目撃者は大勢いる。どれだけ公爵家に忠誠を誓う者たちにしか聞かれていないと言っても、この情報は隠せない。たった数日で世界中を騒がすだろう。


「……風の大精霊、俺、そしてシャーロット。鋭い奴なら、気付く……」


 風の大精霊さんが本当に執着しているのは、シャーロットだ。

 断じて俺じゃない。アルトアンジュの奴は、俺なんかのために命を張ることもない。このタイミングで、あいつが暴露した理由が分からない。


「……」


 項垂れる。シャーロットの顔も見れなかった。


 隠しきれない。俺とシャーロットだけなら、まだよかった。

 だけど、そこに風の大精霊アルトアンジュが加われば鋭い人間なら気付くはずだ。

 どうして俺の周りに風の大精霊がいるのか。俺と大精霊がどこで出会ったのか。


 ヒュージャックを愛した風の大精霊がスロウ・デニングに執着する理由。

 俺とシャーロットの関係性、公爵家直系の中でも特別力のない専属従者。

 恐らく、シャーロットの正体に辿り着くものが現れる。

 シャーロットだって、分かっている筈だ。なのにシャーロットは。


「スロウ様。私、実はほっとしてるんです」

「え……」

「いつまでも隠せるわけないって心のどこかで思ってたんです。だから、大精霊様が殻を破ってくれて、なんだかスッキリした気持ちっていいますか……。それに驚いているんです。さっきの大精霊様の姿、私の目からはとっても楽しそうに見えて」 


 た、楽しそう……? 

 確かにあいつは尻尾をパタパタと振って、俺たちを見ていたけど。


「スロウ様は知らないかもしれませんけど、大精霊様はヒュージャックではよく人の前に現れて誰かと喋ったり、子供をからかったりするのが大好きだったんです。大精霊様はよく持った方だと思います」


 顔を上げる。

 シャーロットはスッキリとした様子で、俺とは正反対。


「スロウ様は公爵家のために生きていた皆様が、いがみ合うのが嫌なんですよね。だから大精霊様の力を頼って解決しようとした」

「……俺からすれば、あいつらは全員、仲間でさ」


 ヨ―レンツ騎士団も錆と呼ばれる男たちも立場は違えど、俺の仲間。

 アニメの中であいつらが共に戦うことは無かったけど、敵対することもなかった。


「だったらやることは一つですね、スロウ様」


「……ありがとう、シャーロット。今はあっちの方が大事だ」


 世界が再び色を取り戻す。

 門が大きく崩れ、学園に接する森の木々がなぎ倒されている。

 学園の中からは、叫び声や戦闘音。

 巨大なクルッシュ魔法学園を包み込むように、濃密な粉塵が立ち上っている。

 建物が崩れる音なのか、とても嫌な音だって聞こえてくる。


 ……あいつら、本気で戦ってやがるなあ。

 大馬鹿ばっかりだ、戦いの先にあるのは公爵家の弱体化だけなのに。

 

「行ってください、スロウ様。私のことは、あの子が守ってくれますから」


 シャーロットの声に反応するように、草むらから黒い獣がやってくる。

 あれはついさっき、俺に向かってとんでも発言をしてくれた風の大精霊。


「スロウ。あの爺は曲者にゃあ、用心するにゃあ」


 アルトアンジュはシャーロットの胸元にダイブすると、ぶすっとした顔で俺に向かって手を振りやがる。あの野郎……。


「……はいはい、分かったよ。お前が俺の手のひらで踊ってくれると考えた俺が馬鹿だったってことだ」


 


―――――——―――――――————

新作短編

https://kakuyomu.jp/works/16816452218855136453

チェス少女の無双ものもよろしくお願いします。

題名:クイーンズゲーム


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