【他者視点】428豚 戦端勃発

 声に出さなくとも誰もが分かっている。

 ――とんでもないことになった。


「……」

 

 ヒュージャック滅亡と共に消えていた風の大精霊。

 神出鬼没な大精霊の執着が、既に一人の人間に定まっていた。

 しかも、それが騎士国家の大貴族、デニングに属する若者。

 彼らは元々、公爵家に仕えているといっても過言ではない。属する組織の中で、たった一人で、各国の王家に匹敵する権威を持つ者が生まれたのだ。


「……」


 ヨ―レンツ騎士団の騎士、そして怪しげな仮面を付ける錆の男たち。

 敵対していた二つの組織に属する人間は、引き気味で彼を見つめていた。 

 スロウ・デニング、当の本人は右手で顔を抑えて、何を考えているかわからない。


「……は、はは。これはとんでもないことになった。一端、戦いはお預けにしませんか、閣下。我々は……考えねばならぬことが多すぎるでしょうよ」


 言い出したのは、ヨ―レンツ騎士団、副団長のガリアスだ。

 普段であれば敵対相手の降参など意に関さず、徹底的な殲滅をモットーとする男ですら、停戦を主張した。それぐらいの異常事態だった。


 数多の戦場を乗り越えた男ですら、感情が追い付かない。


「……若様が風の大精霊の執着を受けていたなんて、とんでもないことだ。若様も何か事情があったのでしょうが、公爵家の人間から大精霊の寵愛者が出た、閣下。我々は……ダリス王室と同等の発言権を得た、と――」


 風の大精霊、アルトアンジュの執着。

 より大きな視点で見れば、今、世界の力関係が確かに騎士国家に傾いた。少なくとも事実が明らかになれば、大陸南方での騎士国家の影響力は限りないものとなる。


 大国の後ろ盾となる大精霊の強大さ、それは子供でも分かる世界のからくり。

 空に浮かんでいた魔力は、風の大精霊の姿が消失したと同時に消えている。

 それでも、未だ一人だって動けない。 

 言葉にし難い、身の毛がよだつような興奮。


「我々に追い風の状況です奴らを始末しましょう! 若様のことは、奴らを始末した後、ゆっくりと考えればいい! 我々の背には、風の大精霊がいるのだ!」 


 ヨ―レンツ騎士団に所属する騎士の一人が興奮した様子で、叫んだ。

 確かに彼の言葉は間違いではない、誰もが知るところだ。

 もしも今。

 スロウ・デニングが風の大精霊にやれと命令すれば、戦いにもならないのだから。

 錆の構成員が動けない理由は、そこにもあった。


 しかし、均衡を破ったのは新たな登場人物。


「――物騒なことは言わないほうがいい、ヨ―レンツ騎士団のガリアス殿。今の貴方の発現はダリス王室への反乱と取られても仕方がない」


 第三者の声が届けられる。

 ヨ―レンツ騎士団の騎士たちは門の向こうからやってくる人影に剣を構えた。別にその男の風体に異常なところがあったわけじゃない。

 ただ、彼らは知っていただけだ。


「悲しいね、ガリアス殿。貴方程度の頭では、若君が風の大精霊の寵愛を受けた事実の重さが分からないのだから。無知は罪、大精霊の取り扱いは劇薬と同じだ。風の大精霊が無条件で貴方方に力を貸す? 若君はご存知だろうが、有り得ない話だ」


 街で見かければ、上品な老紳士にしか見えないだろう。何ら危険な人物とも思えないが、ヨ―レンツ騎士団の人間は彼の危険性を良く知っていた。

 錆と呼ばれる彼らを統括する人間。

 年も取らず、公爵家の歴代当主と対等に接し続けた男。


「……爺さんっ……何故、出てくる! あんたが出てくる局面じゃ、ねえ……!」


 反対に錆の構成員、未だクラウドの魔剣に捕らわれたままの石仮面を除いて全員が彼を守るように、瞬時に位置を変える。灰色の狼仮面、イチバンと呼ばれる男が声を荒げるが、老人は気にしたところもない。


「すまないね、イチバン君。そこの平民が付与剣を構え、光の大精霊の力を顕現した。だけど、その前に風の大精霊が私の前にやってきて言ってんだ」


 彼こそが錆の頭目にして、公爵家当主の敵そのもの。

 女王陛下より必ず首を持って帰れと厳命された男の姿にヨ―レンツ騎士団は――。


「早急に勝負をつけなければ、我々を皆殺しにすると脅されてね、我々に一刻の猶予もなくなった。だから諸君。死なな――」

「――放てッッッ!!!」 


 老人の言葉を待たずに、戦端は開かれた。

 学園を守護するための門すら軽く飲み込む魔法の弾幕が、ヨ―レンツ騎士団に属する騎士、騎士国家ダリスで最も精強と謡われる48名より射出された。


 ●


 クルッシュ魔法学園に急ぐ二名の王室騎士。

 その一人、セピス・ペンドラゴン。

 いつもは涼やかな表情の彼の表情が激変している。


「……なぜ、付与剣の力が消された……信じられぬ……』


 デニング公爵家の内紛を見届けるため、現場へ急行していた彼の脳内は混乱の極みにあった。王室騎士としては、公爵家の弱体化は願うべきもの。


 正式な王室騎士として、光の大精霊から加護を与えられている彼には人が持たぬ第六感、少なくとも付与剣の力の全力解放が感知出来る程度の優れた感覚を持ち合わせている。

 王室騎士の中でも光の大精霊との相性が極めて優れたセピス・ペンドラゴンだからこそ為せる理解力。光の大精霊との親和性を見れば、彼は王室騎士団長ヨハネ・マルディーニを既に超えている。


 ――大精霊が出たか!? 他には理由が思い当たらぬ!

 

 セピス・ペンドラゴンは後方に目を向けた。

 疲労困憊ながら、シューヤ・ニュケルンが這う這うの体で自分についてきている。シューヤ・ニュケルンの中には、火の大精霊が生きていることをセピスは知っている。シューヤ・ニュケルンと共に職務を行うにあたって、特別に知らされたのだ。


 火の大精霊の力があれば、付与剣の全力解放を止めることも可能であろう。

 しかし、火の大精霊ではない。エルドレッドはシューヤの身体に住み着いている。


 現れたのだ――風の大精霊、もしくは土の大精霊が。


「シューヤ! 飲め! 零すなよ」


 後輩騎士であるシューヤ・ニュケルンに、セピスは胸元から取り出した小瓶を投げ飛ば渡す。ギリギリでキャッチした赤髪の少年は、何も言わずに飲み干した。

 途切れることのない魔法行使に、シューヤの体力は限界に達している。

 勿論、喉もカラカラであった。


「セピスさん、飲みました! これって、何なんですか!」


「ペンドラゴン侯爵家の秘薬! と言っても何も分からぬだろうが、要は私とお前の身体を魔法で繋げたのだ!」


「つ、繋げた!? 言っている意味が分からないんですが!」


 セピス・ペンドラゴンは聡明だ。

 スロウ・デニングが知るアニメの世界では、守護騎士セピス・ペンドラゴンはドストル帝国に寝返る裏切りの守護騎士ガーディアンとして知られている。


 もっともドストル帝国との間で戦争が発生しない世界戦では、セピス・ペンドラゴンは次代の守護騎士の座を狙う王室騎士の一人。

 さらにシューヤ・ニュケルンとタッグを組まされる程、極めて優秀な騎士である。


「借りるぞ、シューヤ。お前の魔力をエルドレッドの力――」


「え」


 強引な魔力簒奪によって、シューヤ・ニュケルンの身体に眠る火の大精霊が目覚めた。だが、エルドレッドはセピス・ペンドラゴンに魔力を明け渡した。 


 火の大精霊もまた、気付いていたのだ。

 風の大精霊が、光の大精霊に喧嘩を打った事実。

 クルッシュ魔法学園で行われている二大勢力の衝突は、火の大精霊が興味を持つに相応しい規模で既に繰り広げられていた。

 

 


―――――——―――――――————

今週末の土曜3月13日20時に、2万文字程の短編を掲載予定です。

題名:クイーンズゲーム

(……事前告知になります)


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