421豚 ゴーレムの襲来

 時計塔の最上階で父上が俺に提示した条件はとんでもないものだった。


 父上と敵対している錆のトップを討ち取れば、金輪際父上は俺の行動に干渉しない。この世界のどこで俺が何をしていても、父上として面倒なことは言わない。

 そりゃあ俺が公爵家の名前を汚すような行動をすれば話は別だが、公爵家の当主として父上が俺に望んでいた考えを捨ててもいいとあのおっさんは言ったんだ。

 俺が父上の言葉を皆に教えると、全員が絶句。


「坊ちゃん、俺が口を出すのもどうかとは思いますけど、一意見として言わせてもらいます。こんな上手い話はないっすよ! クラウドの旦那もそう思いますよね!?」


 父上の提案は、公爵家の名前を失い、放逐されたあの未来とは真逆のもの。


 俺はデニングの名前を持ちながら自由になれるのだ。他の貴族なら、好き勝手している放蕩息子なんて奴らもいるだろうけれど、俺は公爵家の人間である。


 しかも、騎士国家を支える大貴族、デニング公爵家の人間なんだ。

 どんな時だって俺の両肩には大貴族としての責任と重圧がのしかかっている。父上は俺の重たい重圧の中から、公爵家当主としての期待や公爵家直系としての振舞いをある程度黙認すると言ってるんだ。し、信じられない……。


「そうだな……シルバ、私も同意見だ。スロウ様……私は公爵家に仕えている騎士として……公爵様の言葉はスロウ様に対して最大限譲歩した破格の申し出かと思います。公爵様はスロウ様を枠の中に当てはめる無意味さを理解しているのかと――」


 二人とも薄々、俺の気持ちに気付いている。

 俺が公爵家としての生き方を否定していること、だけど公爵家を完全に捨てるまでの覚悟がまだ出来ていないということ。


 そんな中で父上から伝えられた条件は、今の俺が望む未来に合致していた。

 怖いぐらいにさ。どういうことだ。


「シルバ、クラウド。お前たちは父上のことを知らなすぎる。あの人はだな……」


「坊ちゃん、こう考えればいいんだ。サンサちゃんやあのエイジ様が公爵様の目に叶うぐらい十分に育ってきているってさ。それに公爵様も今の坊ちゃんを姿を見て、考えを変えたのかもしれないじゃないっすか。軽く考えましょうよ」


「スロウ様、こういう考えも出来ます。公爵様がスロウ様に与えた条件、奴らの頭目を討ち取ることがそれだけ難しいのだと――」


 シルバやクラウドは俺の意思を読み取って今回の戦いを利用しろというが、俺は納得出来ていなかった。


 ……お、可笑しい。 

 ……絶対に可笑しい! 俺を公爵家の次代当主にするため昔からあれこれ画策していた父上が、このタイミングで俺を自由にさせるだと?


「シャーロットはどう思う?」


 俺と同じように考えているシャーロットに振ってみた。


「私は……うーん…………うーん」


 それきりシャーロットが無言だったのが気になるけど、言葉に詰まるぐらい難しい問題だってことは俺にもよく分かる。シャーロットは俺の従者だ。俺みたいなひねくれた公爵家の直系と、公爵家を繋ぐ役割なんてのもシャーロットは期待されている。

 スロウ様、良かったですね! これで自由ですよ! なんて簡単には言ってくれない。いや、言って欲しかったけど。シャーロットにも立場があるのだ。


「……」


 はあ、あのおっさん、何を考えてやがる……。

 俺の父上、バルデロイ・デニングはあんな男だっただろうか。だけど、うだうだと考えている暇は無さそうだった。一瞬のことだったけど、床が揺れた。


「――坊ちゃん! 今の揺れは……って転げる程っすか!」

「スロウ様! そこまで大した揺れじゃなかったですよっ」


 バランスを崩して、床に転がってしまったのは俺だけだった。情けないやら恥ずかしいやらで立ち上がる。止めてくれ、シャーロット。そんな可哀そうな奴を見る目で俺を見ないでくれ。よし、ここは名誉挽回といこうか。

 ただの地震だろうって納得した三人に向かって俺は言った。


「違う、これはゴーレム錬成の余波だよ。すぐに奴らが攻めてくる」


 と、カッコつけてみたもんだけど。


「いやいや坊ちゃん。ゴーレム錬成の振動が建物を揺らすなんて聞いたこともない」


「じゃあシルバ。賭けるか? よし、窓の外を見てみろ。面白いものが見れるから」


 そして俺の予想は当たった。錆を構成する面子の中に、とんでもないゴーレム使いがいることを俺は知っていたのだ。



 男子寮を出ると、そこには目を疑う光景が広がっている。わお。なんだこりゃ。


「――おお、さっそく若様も手伝ってくれますかっ! こいつは百人力だ」


「……ガリアス。あ、あれはなんだ……?」


 外にはヨ―レンツ騎士団の男たち。騎士団連中は一人一人が学園に散り、少しでも被害を食い止めようと頑張っているみたいだった。炎に燃える刃を持つ父上の右腕。ヨ―レンツ騎士団の副団長ガリアスが、ドタバタと動き回る巨大な塊を一刀両断。


「見ての通り、ゴーレムですが何か!? それより若様、あの二人は! 奴らも戦力になりましょうが!」


「……あいつらはお留守番だよ。不貞腐れていたけどな」


 土の塊、それはゴーレムだ。

 だけど魔法の使えない平民達がゴーレムと聞いて想像する、のろまでどんくさい土の塊とは大違い。俺の目の前で騎士たちが戦っているゴーレムは、ゴーレムの常識を覆すのに十分な速さを持っていた。


 魔法によって生み出された石の巨人が、俺の目の前で学園を踏み荒らしている。

 ……知っていた。奴らが扱うゴーレムがただのゴーレムではないことを。

 だけど改めて目にするとこれは……。


「……若様! 逆に考えてくだせえよ! 平気でこういうゴーレムを生み出す連中から、これだけの被害で抑えている我々ヨ―レンツ騎士団がどれだけ凄いかって!」


 クルッシュ魔法学院の連中に見せてやりたいよ。

 世の中にはこんな常識外れのゴーレムを生み出す魔法使いがいるんだってさ。



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