専属従者のシャーロット

364豚 大国サーキスタの冒険者ギルド

「ふごふご! ふごふごふご!!」


 豚が追いかけてくる。

 真っ黒い皮膚のでかい奴らだ。

 あいつらは俺が持っている熱々の肉串を狙ってくるんだ。奴らは碌にご飯を食べていないのか、鼻息荒く、追い付かれたら、俺のことまで食べていまう勢いだった。

 

「……んー、んんーー!」

「ふごふご! ふぎごごごご!」


 必死で逃げた。

 道は一本道。暗くて、ジメジメと湿度が高い。

 俺は一人で道案内も誰もいない。

 俺よ、何でこんな場所に入ってしまったんだよ。それに何でお腹を空かせたあいつらの前で肉串なんて食おうと思ったんだよ。


 ギラついた目の豚が数十匹、あいつらの前でそんな旨そうなものを見せたら、追いかけてくるにきまってるだろ。


「ほら! お前らにやるから、もうついてくるなって! ほら! やるよ!」


 後ろに向かって、肉串を放り投げた。

 あいつらが食べ物に気を取られている隙に、この場を逃げてしまおう。そう思っていたのに。


「ふごごご! ふごー!」


 あいつら、全然見向きもしないでやんの!


「うわあ! こっちに来るなって! 俺は美味しくもなんともないって!」

「ふごー! ふごふごー!」


 最悪なのは、俺の身体が昔の真っ黒豚公爵のようにおでぶちゃんだったことだ。

 真っ黒豚公爵の身体は残念ながら、走ることに向いていない。走ることというか、人間の活動全般に向いていない。

 何でだよ。今の俺は度重なる試練を超えて、スリムとまではいかないけど、そこそこのぽっちゃり程度におさまっていた筈だろ!


「ふごっ! ふごごごっ!」 

「んあー!」


 豚たちの粗い鼻息を背中に感じた。

 もう限界。倒れ込んだ俺の上に、重たい豚野郎が乗ってきて、俺は最後の抵抗とばかりにあいつらを蹴り飛ばして――。



「……はっ」


 夢であることを理解した。心臓がバクバクとなっていた。


「……悪夢だな」


 額の上に右手を乗せて、自分を落ち着かせる。

 悪夢だ。悪夢を見た。


「しかも夢の場所ってあそこだよな……」


 豚に追われていたあの場所はサーキスタ大迷宮だった。

 シューヤに今までの生活をさせてやるために、一肌脱いでやるかって始まったサーキスタ大迷宮への旅。騎士国家の超大物、女王陛下エレノア・ダリスをも巻き込んだ俺たちの旅。目的の物を持って帰ることに掛かった時間だけを見れば、僅かな時間で最高の結果を手に入れたと言えるだろうけど……。


二属の杖ダブルワンド。今頃、サーキスタとダリスは大騒ぎしてるかな」


 何て言ったって、二属の杖ダブルワンド

 大陸南方の大国である俺の故郷とアリシアの故郷。二国の友好を願って、光の大精霊と水の大精霊が造り上げた逸品だ。

 その効果はとうに失われているけれど、あれがあのマジックアイテム好きのスライムに奪われてから、二国の関係は急速に悪化していった。

 少し前まではドストル帝国に対抗するために二国は一時的に纏まったこともあったけど、これから先の二国の関係は不透明。

 まあ、国同士の関係なんて偉い人が考えればいいさ。

 

「ふうー……」


 まだ俺の身体は、あの場所で起きた困難を忘れてはいなかったらしい。

 


「もう身体の方は回復したと思ったんだけどなあ」


 身体が、柔らかみに沈んでいる。

 俺はベッドの上に寝ころんでいた。知らない部屋って、わけじゃない。俺は悪夢のようなサーキスタ大迷宮から逃げ帰ってから、ここで数日間、生活している。


 冒険者ギルドサーキスタ支部『矢切のボイド』、そこは山脈の麓に造られた砦だ。

 サーキスタ大迷宮の傍に構える冒険者ギルドの中に俺はいた。



 窓にはシルクのカーテンが掛かって、外から差し込む光を遮っている。


「……っふ、ぶひはっくしょん!」


 サーキスタ大迷宮は本来、シューヤのために用意された試練の場。

 だけど、アリシアの合流や、S級冒険者の存在もあって、結局、一番辛い役割を押し付けられたのは俺だった。

 ……いつもそうだよ。そろそろ俺、不満を爆発させてもいいんじゃないか。


 シューヤやアリシアを逃がすために、サーキスタ大迷宮の中層で起きた死闘。

 冒険者ギルドが発行しているモンスター大全の最終ページに出てくるようなレアモンスターと一戦交えて……死にかけたんだ。

 

「ぶひはっくしょん!」

 

 つまりなんて言えばいいのか、俺は無茶がたたって風邪をひいてしまったわけである。


「——あ。スロウ様、起きましたか?」


 扉が開いて、ひょっこりと顔を出したシルバーヘアーの女の子。

 疲労困憊になって、熱を出した俺をずっと看病をしてくれたのが。


「悪夢を見たよ……おはよう、シャーロット」


 おれの大事な、大事な従者のシャーロットだった。



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