363豚 シャーロットとの合流。後編ラスト

 大人気アニメ『シューヤ・マリオネット』の中ではさ。

 シューヤは火の大精霊さんの力を借りて、強敵をばったばったと倒していくんだ。


 クルッシュ魔法学園ではただの一生徒だったシューヤ・ニュケルン。 

 人より秀でていたのは真っすぐな正義感ぐらい。

 そんなシューヤはドストル帝国との戦争の中で鍛えられ、ドストル帝国の兵士にも名前を知られた存在へと成長し、最終的に大陸南方陣営の切り札になった。

 全ては、火の大精霊さんの力のお陰だ。


「ああ゛ッ! あ゛ち゛い゛! 火が゛、消え゛ねえ゛!」


 だけど最初からシューヤが火の大精霊さんの力を上手く使えたわけじゃない。

 むしろ逆。火の大精霊さんの力に目覚めた最初は、失敗の連続だった。


「やっばーいッ! ダンボ君がやられちゃったじゃん!」


 淫魔が両手を頬に添えて、かわい子ぶって笑っている。

 あれだけタフだった古の巨人が、シューヤの炎を直撃しもだえていた。

 周りの連中は必死に消火しようと頑張っているけれど、火の大精霊さんの炎が中々消えない辺りで、淫魔の笑いも消えていく。

 火の大精霊さんの炎が、簡単に消えると思うなよ。


「ステイン! あの赤髪はただの魔法使いじゃねえぞ!」


 龍人が血相を変えて叫んでいる。


「大精霊だ! あの赤髪は火の大精霊と同化しているッ! 滅多に見られるもんじゃねえぞ! ダンボ! 大丈夫か!?」


 凄いな、もう気付いたのか。


「全員、赤髪から距離を取れ! あいつも無詠唱の魔法使いノーワンドマスターだ! 詠唱も無しに魔法を撃ってくるぞ!」


 確かに今のシューヤには、もう杖も必要ない。

 火の魔人の顕現、あいつの意思が魔法になる。何も知らない者が見れば、火属性に特化した無詠唱の魔法使いノーワンドマスターにしか見えないだろう。


「——デニング、逃げるぞ!」


 シューヤの言葉と同時に、モンスターの中央で大きな火柱が燃え上がる。

 あれだけ余裕ぶっていた連中が右往左往している様子は痛快だった。


 ●


「ぶひい……ぐほお……」


 降りる時は思わなかったけど、何だよこの階段。何段あるんだよ……。

 上るのしんどすぎないか? 二百段ぐらいを上がったところで、足が上がらなくなってしまったよ。とてもじゃないが、駆け上がるなんて出来なさそうだ。


「ぶひいィ……ぶひいィ……ぶほ……」


 死にそうな豚の鳴き声を上げていると、俺よりも数段先を進んでいたシューヤが振り返る。呆れた顔で俺を見た。


「デニング、その声なんとかならないのかよ……緊張感無くなるって……」

 

「むり……ぶほお…………ひい……しんど……まじで……休憩しよう……」


「休憩が出来る状態じゃないことはデニングが一番分かってるだろ……」


 シューヤの奴、俺がどれだけ頑張ったのか知ってるのかよ。

 俺はな、お前らが安全に逃げられるように、自分から逃げ道を封鎖して、死に物狂いで頑張っていたんだぞ?

 今だってな、疲労困憊なんだよ。ベッドがあったら数日は目を覚まさない自信がある。そんな俺にこの階段を走って上がれなんて、拷問かよ。


「デニング、あの声って……」

「ぶほお……ぶひ……なに……」

「今のお前に聞いた俺が馬鹿だったよ……」


 確かに、階段の下からモンスターの狂ったような声が聞こえてくる。

 あいつらが俺たちを追いかけて階段を上がってきているようだ。はあはあと息を吐きながら、魔法で光を生み出し下を見る。龍人のような幹部連中はいない。

 幹部連中に追い立てられた捨て駒だろうモンスターが追いかけてくる。

 龍人や淫魔たち幹部連中奴らにとっても、火の大精霊という存在は恐れるに足る存らしい。あいつらはシューヤの中にいる大精霊さんを見抜き、動揺していたしな。


 でも、このまま追い付かれたら最悪だ。

 魔法を下に打ち込もうとしたら――。


「デニング。俺に任せろ」


 シューヤが手に火球を発生させて、下に向けて放った。

 威力は今までのシューヤとは比べ物にならない。火球の大きさは小さいけど、一撃一撃が何ていうか詰まっているんだ。

 魔法が直撃したモンスターの悲鳴が真っ暗な階段空間に反響する。


「ぶひい……」


 俺の目には——シューヤが、火の大精霊さんの力を十分、制御しているように見えた。


 たまに力が暴走して火球の大きさや威力に違いがあるようだけど、それが逆にモンスターの恐怖を煽っているようだ。

 でもあれでいい。火の大精霊を制御するため一歩目は確実にクリアしている。


「はあ……ぶほお……もう無理……」


 一段一段、階段を上っていく。

 下から迫ってくるモンスターに追い付かれそうになったら、シューヤが魔法を下に向けてぶっ放し、蹴散らしていく。

 その繰り返しの中、俺は必死で階段を上っていた。


「シューヤ……ぶほお……どうして戻ってきたぶひい……」

「お前を一人だけ置いていくなんてあり得ないだろ……」


 勿論、俺が助かるための選択の中に、シューヤが助けてくれるってのはあった。

 あったけど、可能性としては高くなかった。


「……ありがとぶひい」


 シューヤがアニメの中で何度も見せた際立った正義感。

 その正義感に、俺は助けられたわけだ。


「……やめろって」


 前を進むあいつは恥ずかしくなったのか、首元をかいて、再び進み始める。


 無言だ。無言のまま、俺たちは階段を上る。

 シューヤの魔法は中層のモンスターにも十分、通用している。

 シューヤと火の大精霊さんの間にどんなやり取りがあったのかは知らないけど、火の大精霊さんはシューヤに従っているようだ。

 この前みたいに、シューヤの身体を乗っ取ろうなんて考えは持っていない。これならさ、女王陛下エレノア・ダリスも十分納得してくれるだろう。

  

「シューヤ……急に止まって、どうしんだぶひい」

「デニング。そろそろ俺、限界みたいだ」

「ぶひ?」

「やばい……何だこれ……エルドレッドの力を使うってこんなに疲れるのかよ……」


 暗いからよく分からなかったけど、シューヤの全身汗びっしょりだ。


「シューヤお前……まさか、力を抑えたりとかしてないのか?」

「そんな器用な真似出来るわけないだろ! 常に全力だって! 上層からここに帰ってくるまでもモンスター相手にエルドレッドの力を借りたし……」


 大きな力を扱うには、慣れが必要だ。それも大精霊クラスの力を使うには、徐々に大精霊さんの力を身体に慣れさせる必要があった。

 

「……デニング。上層はすぐそこだし、後、任せてもいい?」

「ふ……ふざけんな! 俺がどれだけ頑張ったと思ってんだ! 期待だけ持たせやがって! 俺も限界だよ!」


 上層はもうすぐ。

 俺たちは無言で、階段を上がる。後30段ぐらい。けれどまた、下からモンスターの声が聞こえてくる。あいつら、シューヤがあれだけ魔法をぶっ放してもまだ追いかけてくるのかよ……。もういい加減に諦めてくれ。


「シューヤ、朗報だ――」


 上層に近づくにつれて、風の精霊が囁いていた。だから気づいた。


 俺は最後の気力を振り絞って、シューヤの前に出た。

 階段の終わり。上層に帰還、一気に視界が開かれる。


「朗報? なにがだよ、ひっ――」


 どこまでも続く岩場を背景に、そいつはいる。

 あの古の巨人に負けず劣らずの、巨大な四足歩行の獣が俺たちを待っていた。


「わ、わぁぁあああ! なんだ、あれ!」


 シューヤが黒い獣の睨みで怖気づく。

 大きさで言えば 古の巨人よりもさらに大きい。姿こそモンスターの中にいるオオカミなんかに近しいが、存在の格は圧倒的に超えている。

 黒い毛皮にはこの場所に来るまで激戦を物語っているのか何かの血がべったりと。


「シューヤ。あれは味方だ」

「味方……? あれが……?」 


 でも、あいつが姿を現すなんて信じられなかった。

 シャーロットを守るために以外には何もしないからだ。あいつと出会ってからは、怠惰を究めた姿しか見たことが無い。

 

 あいつが俺を助けるために動いてくれるなんて――。


「スロウ。おまえ、こんなとこにいたかにゃあ」


 風の大精霊アルトアンジュ。

 あいつがまさかの、本来の姿でご登場。

 でも、俺は風の大精霊さんよりも、背中に乗っている彼女に目を奪われた。


「スロウ様、大丈夫ですかッ!?」


 生きているうちに、また姿が見えるなんて。


「うーん……大丈夫じゃ……ないかも……」


 肩まで伸びたシルバーヘアーは艶やかで。

 雪の女神のように凛としているシャーロットから溢れ出る高貴さは従者という身分を超えている。


「……足はパンパンだし、明日は筋肉痛…………」


 けれどそれもそうだろう。

 シャーロットは秘密にしているが、実は彼女は滅亡した他国の王女様プリンセスなのだ。


「……久しぶり、シャーロット」


 階段を上るほうが、中層での戦いよりも辛かったんだろう。

 久しぶりに見たシャーロットの顔を見て、安心したのも一つの理由に違いない。


 俺は、そこで意識を失った。


―――――――――――————————

スロウ「知らない天井だ……」


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