331豚 サーキスタ迷宮への道Last

「——私は本気よ! スロウ! 何があろうと、絶対に、ついていくから!」


 普段のアリシアとは雰囲気が違いすぎる。

 いや、いつも強気な性格のアリシアだけどさ、今回はちょっと違う感じがするんだよな。なんていうか今は並々ならぬ覚悟を感じるんだよ。

 絶対に俺たちが向かう先に同行するって感じの、尋常じゃない覚悟だ。

 

 だけど、だけどだ。


 一体、何でアリシアが悪魔の牢獄に用があるんだよ!


 分からない。何も理解が出来ない。アニメの中では、こいつがサーキスタの大迷宮に潜る理由なんて何も無かった筈だ。アリシアも大多数のサーキスタ国民と同じように、大迷宮の攻略を願っていたが、自分が潜るなんて夢にも思っていなかった筈だ。

 

「本気なんだな……」


「本気。私はね、大迷宮に用が出来たの。とっても、大切な用事よ」


 アリシアは本気で、俺たちの旅についてくる気だ。

 それは、あいつの顔を見ていれば分かる。


「……あ、あのさ。アリシア……もしかしたら、俺がお前の代わりに悩みを解決出来るかもしれない。だから理由を教えてくれないか――」


「絶対、無理。これは私が大迷宮に潜らないと解決出来ない話よ、そうね、例えばの話だけど、もしもシャーロットさんが大迷宮にいるって分かったら……スロウ。貴方は、人に頼める? 自分で何とかしようと思わないかしら」


 は? 

 シャーロットが大迷宮に?

 そんなの、考えるにも値しない。


 万が一、シャーロットが大迷宮にいると分かれば、俺は何に代えても助けに行くだろう。どれだけ信用出来る相手や凄腕の冒険者が俺の代わりに大迷宮に潜ると言っても、その役割を変えることが出来るわけがない。


「でも、アリシア。お前にそれだけ大事な人とか用事が大迷宮にあったのか? いや、別に深い意味とかないんだけど……ちょっと思いつかなくて……」


 だって、俺は知らない。

 アリシアが命を懸けて助けようとする人、したいものが大迷宮にあるなんて知らない。シューヤ? シューヤはあそこにいるじゃん。モンスターの首につかまって、馬鹿なことをしているじゃん。

 

 アリシアとシューヤはアニメの中で恋仲になった。

 俺の頭にはあいつらの仲いい姿が焼き付いている。でも、俺が未来を変えたから、そんな未来は今のところ来る気配が一切ない。


 アリシアが大迷宮に向かう理由、俺には到底分からない。

 でも、あいつの様子を見れば、分かることがあった。


「目の下のクマがひっどいな。ここ数日、碌に眠れてなかっただろ」


「……な、なんで、そんなことが分かるのよ」


 そりゃあ、分かるって。俺は、こいつをよく見ていたから。


 ●


 クルッシュ魔法学園に留学生としてやって来た時から、俺が真っ黒豚公爵として暴れながらもアリシアの様子はよく観察していた。留学生という物珍しさとその可愛らしい外見から人気が出るも,かみつく凶暴性からすぐに友達がいなくなって。

 シューヤと友達になってからも、ずっと――。

 

「ちょ、ちょっと! スロウ、来ないで! わ、私は、本気なの……よ!」 


 俺に向かって、アリシアは杖を構える。

 時間をかけるつもりは無かった。

 アリシアの力、水の大精霊の力。発動には時間が必要なことを俺は知っていた。それにほら、強気な言葉のわりに近づけば、眼のふちに涙が溜まっている。

 自暴自棄、そんな言葉が不意に頭に浮かんだ。


「か、返しなさいよっ! 私の杖!」


 アリシアから、杖を取り上げる。

 昔、俺が渡した誕生日プレゼント。まだ俺たちが婚約者として、繋がっていたころの名残。シャーロットのことを好きになる前に、渡した贈り物。

 そう言えば……こいつ、まだこれを使っていたのか。


「返しなさいって! 馬鹿ッ!」


 取り戻そうとアリシアが手を伸ばす。 

 俺はその細くて白い手首を掴んだ。弱弱しい目だ。今にも、つぶれてしまいそうな。いつも強気なアリシアにしては、珍しい。

 それに俺に向かって杖を向け、この纏わりつく気配は間違いなく――。


「はあ……降参だ。お前を悪魔の牢獄にも連れていく。だから、杖を降ろせ」


 ●


 どこの国にも、王族と祭り上げられる奴らは必殺の力を持っているもんだ。

 それが無くては民の尊敬を勝ち得ない。

 騎士国家であれば、光の大精霊の加護や守護騎士の力とかか。


 王族と呼ばれる奴らは、大昔、そんな力を持って、国を築き上げたんだ。

 そして、水の国サーキスタには、あれだろうな。サーキスタの王族は全員、水の大精霊から力を引き出せる。

 だけど、それを使うことは滅多にない、あれは諸刃の剣だからだ――。


「……え? ……本気?」


 アリシアは俺の言葉が信じられなかったのか、目を瞬いた。


「本気になったお前を、止める方法なんて俺は知らないからな」


 アリシアが悪魔の牢獄に行く。

 サーキスタの王族が、大迷宮に自ら赴く。その意味は計り知れないほど、大きい。間違いなく国際問題になるだろう。アリシアの同行。サーキスタの王女様を悪魔の牢獄に連れて行ったなんて知られたら、俺の立場は終わりだ。 

 でも、本気のアリシアを止める方法なんて俺は知らない。

 それならこいつと協力関係になるほうが余程、マシだ。


「……後悔するわよ。今頃、クルッシュ魔法学園は大騒ぎになってるだろうし」


「大騒ぎ?」


「私、学園長に約束したの。もう、勝手に学園を逃げ出したりしないって……きっと明日には、サーキスタに私が学園を抜け出したって情報が届くから……スロウ。私が言うのもなんだけど……引き留めるなら今のうちよ」


 はぁ。分かっている、分かっているさ。 


 前回はシューヤとアリシアは勝手に迷宮都市に行って、アリシアはきついお灸をすえられたらしい。だけど、迷宮都市だ。


 今回は悪魔の牢獄。サーキスタの大迷宮だ。


 都市に向かって偶然、巨大な抗争に巻き込まれることとは大違い。俺は明らかな危険があると分かっていながら、アリシアを迷宮に連れて行くのだ。


 分かっていながら、アリシアの強い覚悟を見たら、断り切れなかった。

 それに、こいつが水の大精霊の力を使おうとするなんてよっぽどのことなんだろう。でも、だからこそ分かった。俺とシューヤが悪魔の牢獄に向かう理由があるように、こいつにも俺が知らない大事な理由が大迷宮にあるみたいだって。


「引き留めない。お前が並大抵の覚悟じゃないことはよく分かった。ほら、これ返すよ」


 俺は、アリシアの手に杖を返す。

 杖の先には、俺が選んだ宝石が填め込まれている。この杖をプレゼントした時は、本気でアリシアと結婚する未来もあると思っていたんだけどな。


「私が悪魔の牢獄に行く意味、公爵家の貴方なら分かるでしょ……スロウ。今の私たちは別に婚約者でも、何でもないのよ。ただの同級生で、それ以上でもそれ以下でもない……」


「そうだな。俺たちは、ただの同級生だ。クルッシュ魔法学園じゃ積極的に絡むことも無かったし、お前とシューヤみたいに特別仲が良いってわけじゃない。でも、やっぱり、本気になったお前を止める方法が思い浮かばない。強いて理由を挙げるならそんなとこかな」


「……私を連れて行った責任を取るなら、間違いなくシューヤじゃなくて公爵家のスロウ。サーキスタは公爵家あなたたちのことが嫌いだから……公爵家から追放になるかもしれないわよ」


「それなら願ったりかなったりだ。常々、デニング公爵家の人間としての生き方が向いていないって思っていたんだよ。俺はサンサ姉や他の姉弟と違って戦場にも出てない落ちこぼれだから、俺がいなくても公爵家は何の問題もないだろ」


 民から愛されるアリシア王女を振った騎士国家ダリスのスロウ・デニング、それはそれはサーキスタの国民や貴族から嫌われているらしい。

 今度はアリシアを危険な迷宮に連れていったことが知られれば、奴らは鬼の首を取ったかのように俺の処罰を騎士国家に求めるだろう。

 

「……ありがとう」


 そう言って、嘗て宇の俺の婚約者フィアンセは、一粒の涙を零したけど、俺はそれを見なかった振りをして、荷馬車に詰め込まれた荷物確認に没頭した。


 しかし……本当に、感情の揺れ幅が大きいやつだな。

 さっきは俺に杖を向けておきながら、今度は俺の心配をするなんてさ。


 ●

 

 それから俺とアリシアは揺れる車内の中で、せっせと情報交換に勤しんだ。


 アリシアが持つ大迷宮の地図、その使い方やサーキスタが大迷宮に送り込んだ冒険者の歴史など。だけど、お互いが何故大迷宮に潜るのか、その理由はぼやかしたまま、俺たちは語り続ける。


 そして俺はアリシアと話し合いながら、頭の中では別のことを考えていた。


 ――もう、後戻りは出来ないなぁ。


 あの八腕鬼蜘蛛ハッケイダラスに渡された女王陛下エレノア・ダリスからの指令、というよりも要望。


 今回のサーキスタ遠征には、間違いなく陛下の私情が交じっている。 

 予感があった。女王陛下の勅命は、布石だ。ドストル帝国という強大な仮想敵がいなくなり、南方四大同盟の必要性が薄れている。騎士国家が今まで通り、南方四大国の盟主で在り続けるために、俺とシューヤの力が利用しようと考えているのだろう。


 ……ま、いいけどな。

  


 俺とアリシアは時間を忘れて語り合う。するといつしか夕方になった、馬車が急に急停止。荷馬車の外からシューヤの喧しい声が。「なあデニング! そろそろ飯にしようぜ! お前のことだから、つまみ食いとかしてないだろうな! 確かめてやるよッ!」的外れで明るく、失礼な声が響き渡り、カーテンが開かれる。

 急に車内へ差し込む光。光と共に――シューヤの姿が現れ。


「…………な」


 あいつはゆっくりと、目を見開いて。


「……なんで…………アリシアがいるんだよッ!!!!!!!!」」


 思わず耳を覆いたくなるような、シューヤの絶叫が響きわたった。

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