327豚 サーキスタ迷宮への道①
「——走れ走れ走れ走れ! おい、そこ! 何だお前、その軟弱っぷりは! その体たらくじゃあ戦場じゃあ真っ先に殺されるぞ! お前らも知っているだろうが
だだっ広い草原で、大の男達が走っていた。
向かう先には大人の二倍はあろうかと思われる土の巨像が数十体は存在していた。巨像が、土の魔法使いが生み出したゴーレムであることは明らかだが、未だ動く気配はない。
そして異様な迫力を放つ彼らだ。
数百はいようかと思われる男達がゴーレムに向かって走っている。大半は体格の良い男達だが、彼らの年齢はバラバラで、手に持つ武器もそれそれ異なっている
「お前らは二次試験を超えたが、まだまだ先は長い! だが、お前らは公爵家と縁を結ぼうとする強者だ! そのための覚悟があれば、これぐらいのことは乗り越えられるはずだ! ほら、立て立て! おいそこのお前! もうへばったのか!?」
大勢の男を煽っているのは、恰幅の良い騎士の男であった。
紅の甲冑は、公爵家に所属する騎士であることを示していた。
そして、この場に集まった大勢の平民。彼らの目的は――選抜を生き残って、公爵家の雇われ騎士となることであった。
●
大陸南方において大国と呼ばれる国は四つ。
そのうちの一つが、大陸南西に位置する
建国から長い歴史を持ち、厳格な伝統と歴史を重んじる騎士の国。
中央の王都を中心に、各地でそれぞれ強大な権力を持つ貴族が存在するが、一際有名な貴族は、やはりあの
「戦場では魔法が乱れ飛ぶ! 燃えるゴーレムや洗脳されたモンスターが投入されることもある! ほうらゴーレムが動き出すぞ! 果敢に、戦え!」
諸外国からそう呼ばれるようになったのか、公爵家が他国との戦争で極めて大きな存在感を発揮したからだ。騎士国家が巨だな領土を手に入れたのは、公爵家の存在あってのことである。
積み重ねた歴史の重みが、公爵家を強くするのだ。
そしてそんな公爵家の一員になることを夢見るものは後を絶たない。
公爵家が抱える騎士の一人になること、すなわち軍隊の中で高い地位を得ることと同義だ。過酷な道だが非常に人気が高く、軍での出世を希望するものが、公爵家と縁持とうと考えるのは当たり前のことであった。
平民でありながら、公爵家の騎士見習いを目指す彼ら。
彼らを待ち受けているものは数多のゴーレム、公爵家が抱える魔法使い達が作り出した土のゴーレムである。
「あきらめるな相手はただのゴーレムだ! 体のどこかに核が隠されていてそれを壊せば一瞬で壊れる!」
「合格すれば、俺たちみたいな平民だって出世できる! それに、あの方と共にいられる!」
実戦さながらのような、異様な光景。
そんな彼らを遠巻きに見るギャラリーも数多く。ギャラリーは戦う男達の様子を和気藹々と見つめていた。彼らの視線の先で行われている光景は、デニング公爵領地で年に一度、実施される大規模イベント。
公爵領地においては、大勢の領民が見物に訪れる大人気の催しなのであった。
「なあ。あそこにいる人……もしかして、サンサ様じゃない?」
そんな中。
見物客の一人は、公爵家の騎士が集う天幕に近づく一人の女性を指さしていた。
●
「こ、これはサンサ様! ご連絡くだされば、我々が出向きましたものを! おい、休憩にしろ!」
天幕に集っていた壮年の騎士たちはその姿が見えると同時に体を硬くさせる。
この催しを運営する公爵家が抱える騎士達、貴族階級にある彼らにとっても、突然現れた彼女は遥か、雲の上に立つ存在だからだ。
女性の名前はサンサ・デニング。
何を隠そう騎士国家の大貴族、デニング公爵家において、直系に連なる非常に立場の高い女性であった。
公爵家直系と呼ばれら彼らは騎士国家ダリスにおいて名前が知られた者達が多いが、サンサ・デニングの名声は群を抜いている。
「いや、いいんだ。私は今日は休暇だ。いないものとして扱ってくれ。それにこの催しには、私以外の家族も来ているだろう? 皆、この時期が好きだからな」
サンサの登場にゴーレムと戦っていた平民達もざわめいている。
公爵家の騎士を目指す者にとって彼女の姿を知らぬ者がいるわけがなかった。
風の魔法を用いて、戦場では誰よりも早く敵を仕留める女傑。
サンサ・デニング、次期公爵に限りなく近い人間の一人。
「サンサ様。せっかくの休日、我々は邸宅でお休みになられるとばかり……」
「来たいから来たんだ。君らが気にする必要は一切無い」
壮年の騎士が言うように、サンサは忙しい。
騎士国家の軍部において将軍の位を冠されたサンサ・デニング。
公爵候補の一人としても数えられている彼女は、国の内外を問わず顔見せを行なっている。とりわけサンサは、見目麗しい女性だ。その顔を見せるだけで軍隊が引き締まるのであるから、至る場所で彼女の出席が望まれていた。
そんな彼女に与えられた、ようやくの休み。
期間にしてたったの数日であったが、サンサは初心を思い出そうと公爵家に帰ってきた。そういえばこの時期、公爵領地ではやる気に満ち溢れ、軍部での出世を目指す平民に対しての選定時期であることを思い出したからだ。
「しかし、妙だな。あの数……例年より通過者が多すぎる。これまでの試験では振るい落とさなかったのか?」
サンサの言う通りであった。
公爵家が課す選定の場。一年に一度行われるそれは、一人が合格するかしないかと極めて何度の高い試練である。しかも、魔法戦を意識したゴーレム戦であるにも関わらず、試験に挑んでいる平民の数が例年よりも明らかに多いのだ。
「一次、二次試験共に篩い落としたのですが……希望者が例年より多すぎまして」
「理由は?」
「それは、その……」
サンサが理由を求めると、壮年の騎士はどこか言いづらそうに言葉に詰まる。
しかし、サンサはすぐに答えを理解するのであった。
一人の平民からサンサに向かって、声が上がったからだ。
「サンサ様! あのお方はいつ公爵領地にお戻りになられるんですかッ!」
草原で実施されたゴーレムとの模擬戦闘。
公爵家と縁を持つ、ただそれだけを目的にした試験で、身体を傷だらけにした少年が、目を輝かせてサンサに向かって声を張り上げる。
「——噂で聞いたんです! あのお方が今日! クルッシュ魔法学園から戻って、俺たちの様子を身に来るかもしれないって! でも、それだけじゃありません! 俺、聞いたんです!」
ゴーレムと戦い、傷つき沈んでいた顔の男達が、少年の声によって活力を取り戻す。こんな情けない姿を見られては溜まらないとばかりの変化に、サンサはようやく内心で理解した。理解してしまった。
「風の神童——あのスロウ様が、もうすぐ、公爵家に帰ってくるとの話を!」
その言葉を受けて、草原に、男達の絶叫が湧いた。
その熱量は常に表情を崩さないサンサ・デニングをたじろかせる程であり。
風の神童と呼ばれた栄光の日々——スロウ・デニングの名前が、未だ国内でどれだけの威光を保ち続けているのか、次期公爵筆頭候補の一人、サンサ・デニングは改めて認識したのであった。
●
「——デニング! この先に陛下から伝えられた合流場所なんてあるのかよ! やっぱり一度引き返したほうがいいんじゃないか! こんな険しい森の中に、サーキスタへ密入国できる道が続いているなんて俺には到底信じられないって!!」
クルッシュ魔法学園の外に広がっているのは、雄大な大自然。
俺とシューヤはひたすら目的の場所に向かって、森の中を歩き続けていた。
学園を出発したのは、朝早くのこと。
空気が澄んで爽やかだなあなんて思ったのは最初だけ。すぐに枝という枝を自らの腕でかき分けて進んでいく作業に辟易とする。
そもそもクルッシュ魔法学園の外に広がる森、整備されているのは学園の周りだけだ。数分も歩けば、手付かずの大森林に迷い込む。けれど陛下はこの先に、サーキスタへ向かう準備を整えていると言っていた。
その言葉を信じて、俺たちは森の中を歩き続けている。
「それにデニング! 俺はまだお前がついてくることを許してないんだからな! 俺はこれ以上、お前に借りを作りたくないんだ! エルドレッドはお前が必要だって言うけど、これは陛下から与えられた俺の試練! 俺は一人で迷宮に潜って、そのスライムを倒す!」
「……」
いや、死ぬって。
俺たちが潜ろうとしている迷宮のモンスターがどれぐらい強いか分かっているのかよ。それに昨日、シューヤの部屋に行った時、火の大精霊さんが話題のスライムさんの強さを散々伝えていただろ。
お宝に目がない異形の収取家。
簒奪の限りを尽くし、幾つもの大国に喧嘩を売った呆れたスライム。
それに……シューヤが言う借りってのも、今さらな話なんだよ。
俺は借りを返せなんて言うつもりは無いって言ってるのに、シューヤはそれじゃあ自分の気が晴れないというんだ。
律儀なのか、生真面目なのか……。
はぁ。こうなれば、こいつに貸しを作って、返さないぐらい積み上げてやるか?
「……な、なぁ。デニング。一応確認しておくけどさ……これって迷ってるわけじゃないんだよな?」
●
俺はシューヤの声を無視し続けた。
迷っているだって?
そんなの見たら分かるだろって言いたかった。同じ場所をさっきからぐるぐると...ああそうさ、迷ってるよ!
大体、女王陛下から伝えられた場所が抽象的過ぎるんだよ! 魔法学園を出て東に二時間歩けって、それだけでわかるかよ! 目的地の地図をくれよ地図を!
だけど、俺がシューヤを相手にせず、黙々と歩き続けていると、あいつもいつのまにか騒ぐのをやめたみたいだ。
代わりに、体力が無くなって疲れたのか、うるさい息遣いが聞こえる。
というか、シューヤの荷物だよ。あいつが背負うバカでかい鞄、あれには一体何が入ってるんだ。あの鞄を背負っているから、シューヤが歩くスピードが凄い遅い。そりゃあんだけの荷物を抱えていれば、こんな森の中歩くの大変だろう。俺はあれを捨てろって何度も言ったんだよ。でも、あいつは頑として首を縦に振らなかった。
定期的にシューヤが俺の後を付いてきているか確認している。それが余りにも何度も続くから、鞄の中には何が入ってるか聞いてみた。
そしたら食料とか武器だとか。
食料はまだ分かるけど……武器?
シューヤに武器とかいらないだろ。あいつは火の大精霊さんが眠る水晶、あれだけあればいいんだよ。
それに食料だって?
あれを見れば自分の用意したものが意味がないということがわかるだろう。
女王陛下から指定された森の奥深く。
森の中を数時間歩き、枝をかき分けた先に、俺はついに見つけた。
「シューヤ、朗報だ」
俺たちの目の前に現れたのは、朽ち果てた街道だった。
そんな、どこに続いているのかも分からない街道には――。
「ここから先は……歩かなくていいみたいだぞ」
沢山の荷物が詰め込まれた一台の荷馬車。
そして理知的な瞳の、一頭の巨大な馬が俺たちを待ち構えているのであった。
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