302豚 多分、火の大精霊さんは激おこ
口をパクパクさせて、声にも出せないシューヤがいる。
だけど、その反応は俺には手に取るように理解できるんだ。
何故ならシューヤだって、自分が火の大精霊に寄生されていると確信を持ったのはつい最近のことだろうからな!
「なっ……デニング、お前急に何を言い出すんだ――ッ!」
「はは、信じられないって顔してるな。だけど、真実だぜ?」
アニメの中ではシューヤが火の大精霊の存在に気づけた理由。
それは命を失う危機を何度も不思議パワーで乗り越えたことでシューヤが自分自身に疑問を持ったから。
だけど、今回はきっと違う。火の大精霊が自分を殺そうとする者達の動きに気づき、自分からシューヤに語りかけたんだろう。
大精霊さんも自分自身の命は大事ってわけだ。
「俺はな、シューヤ。もっと前から知っていた。具体的に言えば、お前の中に何かがいるって確信を持ったのはモンスターが学園を襲撃したあの夜かな」
今のパターンはアニメの時とよく似ている。
だってアニメの中ではさ。自分の力の源に確信を持ったシューヤは自分を殺すように仲間に迫ったからな。
最もアニメとは大きく違う点が一つあるけど。
それはシューヤが願う相手がアリシアじゃなくて、俺ってところだ!
アニメの中ではあれ程対立していた豚公爵、俺に救いを求めるなんて今のシューヤがどれだけ追い詰められていたか分かるってもんだな!
「嘘だ……デニング、俺だって、知ったのは最近なんだ……お前が……知ってたなんて……そんなのあり得ないだろ……」
分かる、分かるぜ、お前の気持ち。
シューヤにとっては寝耳に水の話だろう。
俺がシューヤが知るよりももっと前からあいつの中に眠る
だってほら見てみろよ。あいつの顔。呼吸を忘れ、息も荒い。
畳みかけるなら今しかないよな?
「嘘だと思うなら、聞いてみればいい。なあ、
「…………嘘だ、嘘に決まってる……」
「だからさ。信じられないなら大精霊に聞いてみろって、シューヤ」
現段階で。
火の大精霊がシューヤにどれだけ自分のことを教えているのかは分からない。
けど、確実に言えるのは今のシューヤと火の大精霊の間に信頼関係はまだ皆無。
そして俺の泰然とした姿を見てかシューヤが黙り込んだ。
俺の言葉は真実だ。大精霊に確認すればすぐにわかること。
「
黒龍が学園にやってきたあの夜。
今、思えば火の大精霊がシューヤの身体を操って戦わなかったのは奇跡だ。
大陸に散らばる六体の大精霊の中で、
幾らシューヤにその意思がなかったとしても、強敵を前にすれば迷宮都市のようにシューヤの身体を強制的に動かすぐらいの事は簡単にしただろう。
結果的に龍を落としたのは俺なんだけどさ。
もう少し俺の到着が遅かったら、確実にシューヤが黒龍を殺していただろうな。
「エルドレッド……じょ、冗談だろ――デニングに気づかれていた可能性があるなんて……お前、一度もそんなこと――言わなかっただろッ!」
あの夜、運命を掴んだのは俺だった。
だけど少しでも運命がずれれば、龍殺しになっていたのはシューヤだったかも。
もしかすると、あそこからアニメとは異なるシューヤの物語が始まっていた可能性があった。
「ふざけんなよ、エルドレッド! お前はずっとデニングが気づいてるかもしれないって知ってたのかよッ! は? 気づけなかった俺が悪いだって!? 好き勝手なこと言いやがって!」
あーあ。喧嘩が始まったよ。
大精霊さんとシューヤの言い争い。
これまた、アニメの中ではよく見た光景であった。懐かしいなぁ。
〇 ● 〇
混乱の極みにあるシューヤさん。
あいつは俺には見えない誰かに向かって声を荒げている。
その姿はやばいの一言、嘗ての真っ黒豚公爵を超える奇人っぷり!
俺の言葉を受け、心に潜む大精霊と会話をしているんだろう。
そして、俺の言葉が真実であると大精霊は認めたんだろう。
「で、デニング! お前だって何を考えてるんだよ!」
目は口ほどに物を言うらしいが、今のシューヤの目に恐怖が浮かんでいた。
俺から一歩、距離をとったのが何よりの証。
そしてシューヤの混乱に乗じ、火の玉が浮かんでは、俺がそれを消していく。
力の解放、あれもまた火の大精霊が出てこようとしている証だ。混乱に乗じて、火の大精霊がシューやの身体を根本から作り変えようとしているのだ。
「……俺の中にいるのは火の大精霊だぞ! 火の大精霊に纏わる伝承、お前も知ってるだろ! 全てを滅ぼす悪魔が俺の中にいるのに、お前はなんで平然としていられたんだよ!」
「確かに火の大精霊の伝承は恐ろしいよ。あいつが現れるだけで街が崩壊するとか国が傾くとか言われてるしな――だけどシューヤ……お前は雑魚じゃん」
「俺が……雑魚?」
「雑魚だろ。お前が俺よりも遥か格下の雑魚だから、まだ何とかなると思ったんだ。だから火の大精霊さんの存在を、お前たちを、俺はずっと見守っているつもりだった。でも迷宮都市で火の大精霊さんがハッスルして、お前が良いように操られた。さらに最悪なことに、迷宮都市に偶然居合わせたダリス貴族にお前の姿が見られちまった」
「……」
「全てはシューヤ、お前の自業自得なんだよ。お前が未熟だったから、火の大精霊の所在がばれ、ダリスは
こいつが火の大精霊さんからどんな情報共有を受けているのかは知らないけど、この結界の外に布陣しているのは正規の軍人だ。
傭兵じゃなく、歴とした人を殺すための訓練を受けた集団。
数千人規模の彼らを、たった一人を相手取るために投入している。
最も末端の兵士には
「……デニング。何が言いたいんだよ、お前」
未熟。
それこそが火の大精霊が暴れだした原因であるし、こうしてシューヤに語り掛ける理由でもある。
迷宮都市の一件がなければ、こんな結末にはならなかった。
仮定の話だけどさ。
もう少しシューヤのメンタルが強ければ、迷宮都市に三銃士レベルの猛者が現れていなければ、火の大精霊さんもまだ落ち着いていただろう。
「例えばだけどさ。シューヤ、今のお前を救う方法があるって言ったらどうする?」
〇 ● 〇
「――え」
シューヤは勘違いをしている。
自分は、皆に被害を与える前に消えないといけないと思い込んでいる。
だけど、それは大きな勘違いだ。
確かに今まで誰も成し得なかった事だけど、アニメの中でシューヤは完全に火の大精霊を
今のシューヤにとっては寝耳に水の話だろうが、それは出来るんだ。
「俺を、救う……?」
「これまでの流れを教えるとな、迷宮都市の一件で
「……」
「だけどさシューヤ、この状況はどうだ。生徒の避難はほぼ完了したってのに、誰も闘技場にやってこないだろ。この闘技場を囲む結界はな、あの
「……確かに」
そうだ。
あれ程喧しかった声が、今は何も聞こえない。
「実はな。陛下を説得して、お前に自分は無害だと証明する
「…………は?」
シューヤはさっきまで闘技場に潜んでいた
彼らはシューヤを殺すためじゃなく、この場にいた生徒を守る盾だ。
王室を守る精鋭が、平民を含めた生徒を守るためにこの場にやってきた。
それがどれだけの異常事態かは置いといて――。
「俺には可笑しくってさ。だって、お前が国を害するそんな人間か? 少なくとも、このクルッシュ魔法学園ではとびっきりのアホで良い奴だろお前」
実際にシューヤを殺す矛は結界の外、俺の姉上と共に布陣中。
あれが動くかどうかは大精霊さんを身に宿すシューヤ次第ってところだ。
「なあ、覚えてるか? 俺がここで好き放題してた時のことだ。大勢の生徒がいるってのに、向かってきたのはお前ぐらいだった。そういう点も踏まえて、陛下を説得して、今、俺はこの場に立っているんだ。お前を殺すべきだという貴族の声なんてものはな、
「陛下の権力って……お前、何したんだよ」
「お前が害のない人間だってな、寝る間も惜しんで陛下に訴えたんだよ。まじで感謝しろよ。お陰でかなり痩せちまった。この借りはいつか返してもらうからな」
「……どこが痩せたんだよ、そんな感じには見えない、平常運転だろ……」
「良い話してるんだから、余計なこと言うんじゃねえよ」
この世界では、何の変哲もないただのシューヤ・ニュケルン。
だけど、別の世界では、世界を救ってみせたシューヤ・ニュケルン様。
俺の記憶には、救世主となったこいつの姿が焼き付いている。
「……俺が害のない人間って、まさかあの恐ろしい陛下が……信じたのかよ」
「完全に信じていたら、森に軍を布陣させないだろ。まだ話半分って所かな。だけど、理解はしてくれた。
「…………よく分かんないけど、俺は試されてるのか。デニング。お前が面接官ってわけか」
「さすが、察しがいい。最も、面接官は俺一人ってわけでもないけどな」
今のシューヤ相手に一人で挑むなんて無謀もいいところ。
生憎、俺はそこまで馬鹿じゃない。それにあいつの同級生である俺だけの証言じゃ、シューヤの有用性を示すのは信用が足りない。
「外に布陣する軍を指揮しているのは俺の姉上だ。あの人には邪魔をするなと伝えてある。中には姉上の命令を聞かない血気盛んな奴らもいるだろうが、結界の外にいる俺の協力者にはことが終わるまで誰も通すなと伝えてある」
今、シューヤの背中よりもずっと向こう。
向こうの観客席で、眼鏡をかけた女性がさっきから俺に向かって大きく手を振っている。
「シューヤ。ここまで言えば、俺が何を言いたいか分かるな」
乱れた髪の毛と共に、険しい表情の彼女がこちらに何かを伝えようとしている。
あそこにいる彼女が今回のキープレイヤー。
「……デニング。俺はさ、生きるためにはお前を殺して、この国を出るしかないと思ってたんだよ。それが
恐らく、尋常ではない危険に見舞われる
相手にしなければいけない敵の強大さは、結界外に置いた
だけど、アニメ知識を持った俺だからこそ、彼女と連絡を取り、短い間で信頼を勝ち取り、協力を取り付けることが出来た。
今も何かを訴える彼女を無視して、俺はシューヤと語り続ける。
「
「へえ、シューヤ。お前が将軍か。初めて聞いたよ。そんな大それた夢を語る奴」
結界の中に一人、結界の外に一人。
たった三人でシューヤこと火の大精霊を抑え込む、それが今回の俺の任務。
「公爵家直系の中でも、軍の将軍になれるのは一握り。だけど、そんなでかい夢があるならさ…………お前が戦う相手が誰なのか考えるまでもねえだろ」
限りなく難しい仕事だけど、達成した暁には――俺はこの国の
例えばカリーナ姫の
「シューヤ。俺が出来るお膳立てはここまでだ。あとはお前が決めろ――」
「
俺の声を受けてあいつがはっきりと顔を上げた。
その姿を見て、俺は再認識するわけだ。
「だから、デニング。俺が生きるために何をすればいいか――教えてくれッ」
そこにはこれまでの悲壮感は欠片も見られず。
一筋の希望を見つけたら、そこに向かってひた走る、
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