303豚 やっぱり激おこでした

 俺に助力を求めた――その声から始まった。

 だけど、あいつには決断してもらわなければならなかった。

 火の大聖霊エルドレッド の言われるがままになるのではなく、俺の手をとると。


「デニングッ、逃げ、ろォォォォォ!」


 シューヤが決断した瞬間と同時に突如、炎が膨れ上がる。

 膨れ上がる重圧。肩にのしかかる殺気。だけどシューヤの声よりも、俺は早く動いていた。予感があった。動かなければならなかった。見れば、俺が立っていた場所でジュウジュウと何かが溶ける音。巨大な柱のような、炎の やじり がそこに突き刺さっている。早いなんてものじゃない。そして「ッ!」炎のやじりは止まらずに次から次へ。シューヤが自分じゃないって大声で言っているがそんなことは分かっているッ!

 これは、火の大精霊エルドレッドによる攻撃だ!


「で、デニング! エルドレッドがお前を敵認定してるんだけど、いいのかッ!?」


「覚悟の上だッ! 風よウィンド手足の支えとなれエアスプライト


 手足に風を纏い、次へ備える。

 しかし火の大精霊さん。目論見を崩されて、激おこだな!


 ははっ! 声を大にして――ざまあと叫びたい気分だぜ!


 シューヤを自分の思い通りに動かそうと、入念な策を練っていたのだろう。森の中に公爵家が指揮するダリス軍、守護騎士選定試練ガーディアンセリオンすら自分を殺す罠であり。そんな状況下で、孤立無縁のシューヤを思い通りに動かすことはさぞや簡単だと考えたに違いない。現に、シューヤはほとんど大精霊さんの言う通りに動く寸前だった。

 唯一、俺に自分を殺してくれと頼む以外はな!


「デニングっ! 大丈夫かよ!」


「この状況で人の心配が出来るやっぱりお前は大物だよシューヤ!」


 崩壊する足元をぴょんぴょんと避け、大精霊さんの攻撃と渡り合う! いや、これは逃げていると言ったほうが正しいな!

 俺が着地した建物がどんどん崩壊。せっかく先生が作り出した陣地、崩れ去った建物はもはや廃墟と化している!


「なぁデニング!」


「今度はなんだよ!」


「エルドレッドがお前を殺して、外の奴らも滅ぼしてやるって言ってるんだけど! これやばいんじゃないのか!」


「だから覚悟の上だって言っただろ! 火の大精霊エルドレッドを相手にするんだ――それぐらい想定内なんだよっ!」


「ほんとか!? お前、スッゴイやばそうな顔してるけど!」


 崩壊して足の踏み場もなくなった廃墟群、ロコモコ先生がどこにいるのかも分からない。ああ、まずい。轟音を立てながら建物が連鎖して崩壊していき、重力に従って俺も落ちる。たかが炎の矢だって言うのにどんなに威力だよ。しかも10,20,30! 数えるのはもう止めだ! とにかく膨大な火の玉が俺に向かって降り注ぐ! その向こうには外見が、シューヤそっくりの別人も落ちている。シューヤ、お前もかよ! だけど、違う。全然別物だ! 何故ならシューヤが、この状況であんな冷静に、俺を底冷えさせる笑みが出来るわけない!


「ていうか凄いな。お前あの攻撃を全部避けるなんてさ!」


「うるさい黙れシューヤ! 俺を褒める暇があったら自分をなんとかしろ!」


「何とかって言ったって! お前も知ってるだろ! これは俺のせいじゃない!」


「馬鹿野郎お前の身体だ! お前の意思で動かせないわけがないだろ! いいかシューヤ、俺はこれから 火の大精霊エルドレッド を相手にする! その間にお前が大精霊を制御コントロールしろ!」


制御コントロールってどうすればいいんだよ! あっ、やべえデニング! でかい魔法がくる! そんな気がする!」


「分かってる! 空に浮かぶあれを見たらな!」


「空!? 嘘だろ! あんなのを、俺が!?」


 崩れた足場の中で、空を見上げる。見上げざるを得なかった。なぜならそこには龍がいたからだ。炎が龍を形作っていたからだ。きれいだなぁなんて、俺に向かってタックルを仕掛けてこないなら素直に賞賛するところなんだけどな!


「お前の力じゃなくて火の大精霊エルドレッド の力だ! お前も今の自分がどういう状態か、少しは分かってるだろ!」


「いや正直自暴自棄になってたから、噂ぐらいしか知らない!」


「ふざけんな! いいか、火の 大精霊 エルドレッドは寄生者を洗脳し、自分好みに造り上げる! だけど、説得に応じない場合は強引に身体を操って暴れだす!」


 火の大精霊エルドレッド がシューヤの身体を操って、敵を倒す。

 それが『シューヤ・マリオネット』の前半部の物語。

 アニメ視聴者からも主人公はシューヤじゃなくて火の大精霊さんだろと言われたぐらい、初期のシューヤは役立たずだった。


「デニング! 俺はどうすればいいんだよ!」


「安心しろシューヤ! 俺はお前を信じている! 絶対に 火の大精霊エルドレッド の呪縛から、抜け出すってな! 記憶にないだろうけど、お前は迷宮都市で十分に抗ったんだから!」


 炎の龍が俺に向かって灼熱の息吹を吐き出した。右手を掲げて、防ぐ。何て力、何て圧力。これが火の大精霊の力、迷宮都市で半人半魔の亡霊リビングデッド を倒した力の一端が俺に向けられている。轟々と燃え盛る炎を目の当たりにして、生半可な魔法じゃ、あれには抗えない事実を確信。

 しかし、まあ。こちらに向かって落ちてくる龍の姿を見ていると。

 ダリスという国家が撃退を考えるのも当たり前だよなあと思うぐらい、恐ろしいものだった。


 〇 ● 〇


「エルドレッド! 止めろ、俺の身体は勝手に動かすなッ! あと、デニングに攻撃もするなって!」 


 騎士国家、ダリス。

 俺の祖国がシューヤ討伐を極秘裏に計画している。

 そんな極秘情報を俺が手に入れたのは、運命の悪戯と言うべき偶然だった。


「くそ、エルドレッド! お前昨日までは俺の理解者だって言ってただろ! 急にどうしたんだよ! え、なんだって!? お前だって儂の言うこと聞かないんだから、同じだろうって!? はあ何だよその理屈!」 


 きっかけは王都で起きたカリーナ姫誘拐事件。

 王都でカリーナ姫が誘拐されそうになって、俺が寸前のところで食い止めた。


 あれから毎日のように彼女の部屋にお呼ばれし、俺は少しずつ王女様の考えを知っていった。

 アニメでは完全に表に出てこなったカリーナ姫。たしかに彼女はちまたで言われているような引き篭もり姫としての素質を持っているんだろう。

 けれどそれだけじゃなかった。

 もし本当にそれだけだったら、絶対、彼女は教えてくれなかっただろうから。


『スロウ君。クルッシュ魔法学園を救った君には権利があると思うから、教えるよ。お母様がシューヤ・ニュケルンの名前を君に聞いたのには意味がある。あの人は君の友達を殺そうとしている』


 そして、俺は教えられた。

 カリーナ姫の母親――あの女王陛下エレノア・ダリスが、シューヤ・ニュケルンの抹殺を考えていることを。


「エルドレッド! お前昨日は誰も殺さないって俺の意見を聞いてくれたじゃないか! お前の力を使ったら誰も殺さずに俺は逃げきることができるって! だけど何だよ、お前デニングが殺す気満々じゃないか!」


 あの時は焦ったもんだよ。

 最初は何かの間違いかとも思ったんだ。

 けれど、女王陛下が公爵家デニング王室騎士団ロイヤルナイツを連携させ、シューヤ抹殺に動いていたのは事実で。

 そしてあの日から、今もやかましいあいつを助けるための毎日が始まった。


「エルドレッド! お前、自分に関係する噂は全部作り上げられたものだって言ってたじゃないか!」


「馬鹿かシューヤ! 本当に火の 大精霊 エルドレッドの言うことを信じてたのかよ!」


「信じてたさ! 一人も殺すことなく逃げ切れるって!」


「いいか、 大精霊なんて存在はな! 人間の事情なんてちっぽけも考えてないんだ! お前はそんな常識も知らないのか!」


 本当に、あの馬鹿野郎は!

 その能天気な頭に、あの日から俺がどれだけシューヤのために尽力したか教えてやりたいぜ。

 寝る間を惜しんで書物、文献、過去の記録。説得に足る資料を集めに集め、陛下に直訴した。


 火の大精霊エルドレッドと人間は共存出来ると。

 そして、シューヤが大精霊を制御コントロール出来た日には、この国は莫大な力を得ると。


 だけど、陛下は中々首を振らなかった。

 無理もない。俺の考えは、クルッシュ魔法学園にいる生徒全員を人質にすることと同じだったからだ。

 それでも諦めず、連日俺は陛下に訴えた。どれだけ邪険にされようとも 諦めなかった。なぜ俺がこれほど必死になって、シューヤを助けようとしているのか、陛下からそう問われたとき、俺は答えた、


 シューヤ・ニュケルンには、借りがあると。

 今では国の英雄となった俺に、ただの同級生がどのような恩を売りつけたのか、陛下はそこに興味を持ち。

 ――ここが押し所だと理解した。


 そして、俺は陛下へシューヤへの恩は生涯をかけても返さない程だと伝え。

 最後のダメ押しとばかりに王室騎士ロイヤルナイトの白外套マントを着ることで、覚悟を伝えた。


「こいつ嘘ばっかりだ! 噂通りの戦闘卿 バーサーカー だ! やめろエルドレッド! もしお前俺がデニングを殺してたら絶対に許さないからな! ああもう! 全然俺の言うことを聞かない! ――逃げろデニング! 俺の力じゃ、こいつは抑えられない!」


「何、情けないこと言ってんだよ! いつもの威勢のいいお前はどこいった!」


 風を感じる。もはや空中戦だ。風の支えを得て、三次元的に追尾する炎群から逃げるしかない。実際に空を飛ぶわけじゃないが、土の魔法で強引に空中へ足場を生み出し、蹴って、行く。追尾機能を備えた炎。体感時間が自然と圧縮、一秒だって気を抜けない。うわ、あぶな。今、頬を掠ったぞ。しかし、俺が逃げに徹することになるなんて。これがシューヤか、火の大精霊と一体化した武の化身か。アニメではドストル帝国との戦争において、大陸南方の旗印に掲げられ、救世主になった男。ダリスという大国が滅ぼすことを選ぶわけだ。


「デニング! 視線がずれてる! 龍は空にいるんだ! そっちを見てどうするんだよ!」


「的外れな忠告、ありがとよ。だけど、もう充分だ」


「充分? 何が 充分なんだよ! くそデニング! 逃げろ! 逃げてくれ! やっぱり、俺には無理なんだっ!」


 情けないなあ。

 完全に今のシューヤは火の大精霊に操られ、どうしようもないみたいだ。あいつの言葉には諦めムードが漂っている。はあ全く、やっぱりダメダメだよな。一度も覚醒イベントを乗り越えてないから、メンタル面の成長もからっきしだし。

 今のあいつに期待するのは無理か。

 やっぱりまだ、俺が一肌脱がないとダメか。本当にさ、シューヤ。お前はどこまで俺に迷惑をかけるんだよ。


「デニング、何ぼけっとつったってる! 逃げろ!」


「いや、もういいんだ。シューヤ」


「なんだよ! 俺にあんなことを言っておいてお前が諦めたのかよ!」


 龍を操っていたシューヤが近づいてくる。

 それはまるで人知を超えた夢の光景として思えなかった。炎の龍があのシューヤの、次なる命令を待っているのだから。

 シューヤの言葉一つで、すぐにでも俺に襲いかかってくるだろう。


「違う。もう逃げる必要なんてない。火の 大精霊 エルドレッドは俺の手中に落ちた」


「――かかかっ、言いよるわ小僧! この儂を前にして、大した自信じゃッ!」

  

 そして、シューヤの口から。

 火の大精霊さんが、初めて老齢な声を出すのであった。

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