159豚 人知を超えた第六感【前編③ sideシューヤ】
窓の外では遠くに見える太陽がゆっくりと時間を掛けて沈もうとしていた。
だというのに窓の外、狭い路地の向こうの大通りからは声を張り上げてデニングを探している大勢の冒険者達の声がひっきりなしに聞こえてくる。
露店を開いていた商人達も店仕舞いをし、もはや街の人々が総出になって探索に乗り出していると言ってもいいほどだ。
それだというのにデニングが見つかったという報告は一向にして聞こえてこない。
「シューヤ。どういうことですの? 豚のスロウが街にはいないだろうって」
ゴシゴシとタオルで髪の水気を取っているアリシアがそこにいた。
長い亜麻色の髪をかき上げ、香水の香りと共に何とも言えない色香がアリシアからは漂っていた。
洗練されたダリス貴族とも違う、これが王家の血ってやつだろうか。
「言葉通りの意味だ―――デニングはこの街にはいない」
俺は剣の手入れをしながら答えた。
火の魔法使いである俺だけど、ダンジョンの中ではそんなポンポンと魔法を連発することは出来ない。
豚公爵、デニングのような異常な魔力・才能を持っていない俺にとって火の魔法は切羽詰まった時にだけ使う必勝の切り札。
必要に迫られない限りは剣を使うようにしていた。
「え?」
「俺の考えだけじゃない。水晶も言っているしな。デニングはこの街にはいないって」
「水晶が言ってたって……さも当たり前のように言う精神がすごいですわ……違和感を持たない私もあれですけど」
俺は学園でも剣技の授業を選択していた。
平民生徒からは珍しいと言われ、男子寮二階に住む貴族の友人達からは
自分の身は自分で守る。
俺がクルッシュ魔法学園に入学した当初は近いうちに北方のドストル帝国と戦争になると噂されていたし、剣が護身のために必要だと思ったからだ。
ダリスは古い伝統を重んじる騎士国家。
けれど俺は……貴族の生まれであっても、その立場に甘んずることなく新たな力を取り入れることが大事だと思っていた。
「水晶から聞こえる声は決して俺に嘘をつかない。俺には
「私には何も聞こえませんけど……」
「当たり前だろ。こいつの声は俺にしか聞こえない、そういう契―――いや……何でもない」
「それで? そのご大層な水晶は何て行ってるんですの?」
「……それがなぁ。ちょっと可笑しいんだよ」
俺たちはベッドの上に置かれた水晶を見つめる。
曇り一つないピカピカの水晶がいつものように輝いていた。
「いつもと全く同じ……何が可笑しいのか私にはさっぱり分かりませんわシューヤ」
「ええ!? こんな可笑しいのに!」
「シューヤ。やっぱり一度病院に行ったほうがいいんじゃなくて? サーキスタには腕のいい水の魔法使いが沢山いますから紹介してあげますわよ」
「失礼な奴だな……俺は至って正常だよ」
ちなみに二人で一部屋だ。
アリシアがギャンブルで金をすったせいで、みすぼらしい路地裏の宿に泊まっている。
ダンジョン都市の中心街である第一街区から近い立地条件の相場にしては破格の値段設定。
店主は珍しい獣人の女性で語尾にデスをつける変わった人。
俺達が残った僅かの有り金で途方にくれていたところ、大通りで呼び込みをしていた店主の女性に強引に連れてこられたのだ。
「……で、この何の変哲もない水晶は一体何て言ってるんですの?」
む。
俺の大切な水晶に向かって何て失礼なことを。
……。
でも、いいんだ。
この水晶の凄さは……俺だけが知っていればいい。
アリシアの仔猫のような大きな瞳が疑心暗鬼に揺れていた。
別に隠し立てもする必要もないし、俺は大きく息を吸い込むと言った。
「逃げろ―――今すぐに、この街から逃げろだってさ」
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