幼馴染の自動販売機にプロポーズした経緯について。

二宮酒匂

序章 雪夕 ―ゆきぐれ―

雪夕

 田舎町に粉雪ちらちら舞う、二月十四日の夕方。


「はい! これ、チョコ!」


「う、うん。そうか」


 へどもどとうなずきながら、僕は通りに面した古びた文房具屋を見やる。対峙する少年少女が店のガラス戸に映っていた。どちらも中学生、学生服姿。少年の方は、「吸血鬼顔」などと失礼な評をされたこともある青白い細面に、冷や汗を浮かべている。

 無論、この少年が僕だ。

 さっきから自分の鏡像を凝視しているが、僕にナルシズムの気はない。見たくて見ているわけじゃないんだ。

 ……現在真正面からは、すさまじいとしか形容できない気迫が叩きつけられてきている。気圧されてついつい視線が横に泳いでいるという次第でね……


「なにが『そうか』よ、手を出しなさい! 念押しとくけど義理じゃないからね!」


 目をぎらぎら光らせた同級生の少女が、足をふんばって両手で包みを差しだしてきているのだ。

 このミディアムボブの髪型の同級生は、普通にしていればそこそこ可愛い顔立ちなのだが。いまは毛先が浮きそうなほどはりつめた雰囲気を醸しだしている。あまつさえ限界近くまでくわっと両眼を見開いているせいで、ぶっちゃけ怖い。


「えーと、その、……あ、ありがとう」


 やむなく視線を合わせ、チョコを受け取る。歯切れの悪い返事しかできなかった僕に、同級生はいよいよまなざしを鋭くして、早口でうながしてきた。


「それで!? 返事はどうなの!」


 僕の正面に仁王立ちするその少女とは、小学生三年生のころからずっと同じクラスだ。でもこんな決死の表情は初めて見る。

 世間一般ではバレンタインデーと呼ばれる今日この日、僕の放課後の行動はふだんと変わりなかった。学校帰りにいつも寄ってる文房具屋前でだらだらと時間をつぶしていた。

 それがまずかった。

 まさか僕を探して帰路まで追いかけてくる子がいるとは思わなかったんだ。


「う、嬉しいんだけど、ほら、僕らはまだ中学生で」


「なにカマトトってんの? 付き合ってる子たちなんて学級内に何人もいたじゃない!」


「ほ……ホワイトデーまでに返事するってことでいい?」


 切実にこれ以上この場でこの話をしたくなかったので、とりあえず僕はそういう。

 が、


「あんた遠い高校の試験に合格したんでしょ。月末にはこの町出てくって話のくせになにいってんの?」


 冷ややかな指摘に、ぐっと詰まらざるをえない。


「も、もちろんそれまでには返事するよ」


「男らしくないよ。この場で聞きたいの!」


 即座に却下される。おかしい。愛の告白というより決闘を申し込まれているような気分になってきた。

 ちょっとグチを垂れ流すけど許してほしい。

 ドラマや漫画なんかでは情熱あふれる少年少女が人目をいとわず好きな人に劇的に告白、なんてシーンがあるだろ。あのシチュって、「それだけこのキャラは相手が好きなんだ」もしくは「こいつはそれだけ思い切った行動をするキャラなんだ」って印象づけたい作者の思惑なんだろうけど……実際には僕らみたいな思春期はじめごろの子供の大半は、大人よりよっぽど羞恥心が強い。そうそうあんな派手なことやれたりしないんだ、仲間内でのノリっていう魔法の空気でもないかぎり。

 何がいいたいかというとつまり、告白する場面を人に見られるなんて僕ならまっぴらごめんだ。

 だって、告白される場面を見られてるだけでこんなにも恥ずかしいんだから。


「あ、あのさ……町中だし」


 ちょっと移動しようよ、と続けて申し出るつもりだったけれど、同級生には首を振られた。


「いまは誰も見てない。だからいまのうちにすっぱり決めて!」


 見てるんだよ。きみには姿が見えてないだけで。


(ばか、見るな。空気読んであっち向いててよ)


 僕は同級生の肩ごしに、威嚇と懇願の混ざった視線を送る。。

 ……そして軽く絶望。

 そこにたたずむ緋色の和服姿の女性――“自動販売機の精”は、目を丸くして思いっきりガン見だ。「うわー。うわー」とつぶやきつつ興味津々に見入ってきてる。

 泣きぼくろを目尻に添えた瞳を輝かせ、開いた蛇の目の和傘をくるくる回すその興奮っぷりが心底うっとうしい。……黙って静かにしてさえいれば「艶っぽい和装美人」の外見なんだけど、中身がこれなものでふだん色気のかけらもない。

 あげく僕にだけ聞こえる声をかけてきた。


「知識はあったけど初めて見た! これが人間の求愛行動なんだね、少年! 君たちはつがいになるの?」


 うちの神社にこの騒がしいモノノケをおとなしくさせられる御札とかないかな、と考える僕。

 ……無理かな、こいつも一応は神らしいから……


    ●   ●   ●   ●   ●


 同級生がいなくなってから、僕はいつもどおり自販機の精にコインを渡した。

 彼女は鼻歌を唄いながらそれを硬貨投入口に入れる。上品にいってレトロ、率直にいってオンボロな筐体きょうたいからがしゃこんと音がした。


  〽今日もあなたはペープシコーラー♪


 でたらめな歌を口ずさみ、自販機の精は取り出し口にかがみこんだ。彼女は長い髪が落ちかかるのを片手で押さえながらコーラの缶を取りだす。いつものように。


「なんで僕のときだけ変な歌なんだよ……僕がどの商品買ってるとか歌うなよ、顧客情報の漏えいだぞそれ」


 僕は彼女に憎まれ口を叩く。いつものように。

 ただしこの日は、そのあとがいつもとは違った。彼女は取りだしたコーラ缶をこちらに渡さないまま、不可解だとばかりの口調で問い詰めてくる。


「ところで、なんでさっきの子をふっちゃったんだい」


「……はやくよこせよ、コーラを」


「いい子だったじゃないか。ちょっと肩に力入ってたみたいだけど、それだってしょうがないと思う。だって人って恋をするといろいろおかしくなるそうじゃないか、同じ人間なんだから君はわかってあげないと」


「ちっ、マジうっせーなーこの妖怪のぞき見ババア……」


「シェイクいくよ、少年」


「やめろ! 炭酸飲料でそれだけはやめてください!」


 しゃこしゃこ本当に缶をふりはじめた自販機の精を必死で制止にかかる。揉みあってなんとか缶を奪った。

 乱れた長い髪を手で押さえつつ、自販機の精がぶんむくれる。


「ババアとはなんだい、私はまだ二十歳ちょっとだ! 外見年齢が実年齢とちょうど釣り合ったところだよ!」


「自販機の耐用年数は調べたら五年だったぞ、すでに他人様他の自販機の四倍生きてるじゃねーかおまえ!」


 あと、精神年齢は確実に伴ってない。

 ぷんすかしながら赤い小布こぎれで髪をたばねなおしていた彼女は、ぽつりといった。


「あれかな。遠恋ってやつになるから断ったのかい」


「まだ首突っこんでくるのか……別にそれが理由じゃないよ」


「あの子を嫌っていたようにも見えなかったけど。君たちは子供のころから仲良くしていたじゃない。ときどき私のところにも一緒に来てジュース買っていったでしょう」


 こいつ同情してるのかな、と僕は気づいた。あの同級生はこいつにとっても昔から(一方的にだが)たびたび見かけた町の仲間だったはずだ。

 ふられた女の子を思いやる、おせっかいな街角の自動販売機。


「そりゃ幼稚園からの友達のひとりだったんだから嫌いなわけないだろ。どっちかといったら好きだし、いい友人だったけど、だからって付き合うのは別の話だ」


 答えながらも、僕は思い出していた。最前の同級生の告白を。

『断られるのはわかってた。ケリつけときたかったんだ、返事ありがと』

 つくづく女だけど男らしいやつだった。ちょっと感傷を覚えながら僕は缶を開ける。

 プルトップを起こしたとたん、汚らしくごぽごぽとあふれだすコーラの泡。

 ……中身を落ち着かせるのを忘れてた……

 もったいねーと毒づきながら僕は缶をかたむける。むせないよう注意しながらさっさと泡を処理している僕の横で、「別の理由……」首をかしげて考えこんでいる自販機の精がぽんと手を叩いた。


「あ、わかった。ほかに好きな子がいるんだ。だから断ったんだね」


 【たんさん が 気管 に INしました】


 僕はカニよろしく泡をのどから逆流させた。

「うぐフ、ゴブっ」

 うつむいてせきこむたびにコーラの気泡が口を押さえた手指の間からあふれる――こらえようと唇を閉じると鼻から噴出。


 【たんさん が 鼻孔 から OUTしました】


「し、染みっ、炭酸がっ! 鼻の粘膜に!」


「何やってるんだい、キタナイなあ。君はほんとうに子供だね」


 悶絶する僕を前に呆れた声を出す自販機の精。この女……!

 が、殺意が高じる前に自販機の精は僕に歩みよってきた。彼女のとりだした手巾が僕の鼻に当てられて、たちばなの花に似た良い香りが鼻奥にとどいた。


「はい少年。ちーんしなさい、ちーん」


「う、うるせえ!」


 顔が真っ赤になっている自信がある。僕は自販機の精からあわてて身を離し、学生服の袖で鼻をぐしぐしとこすった。

 彼女は気にしたふうもなく手巾をしまう。


「あーあ、コーラいっぱいこぼしちゃったね。なんなら前みたいに私のぶん分けてあげようか。どうせ私は一口で足りるし」


 こいつはなにも食べないが、ただ一日一回、自分の本体から缶を買って飲まねば元気が出ないのだという。

 僕は手をふってその申し出を断る。


「そう?」


 自販機の精は自分のぶんの缶を買ってきた。柔らかそうな朱唇が、缶の飲みくちに触れる。もっと子供だったころ、僕は彼女が一口だけ飲んだ缶の余りを毎日もらって飲んでいた。そのことを思い出して今ごろどぎまぎしはじめ、僕は彼女の唇から視線をそらした。

 ……どこで道を踏み外したんだ、僕は……

 動揺を心底情けなく感じつつ、ちょっと来し方を思い返してみる。

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