PARTⅣ
PARTⅣの1(34) ″母″に仕事を頼まれて
茨木童子の話に、人間達はみな「そうだったのか」と感慨深げにうなずいた。茨木童子はこう付けくわえた。
「でも、実を言えば、こういうお金のシステムは、あんたたち人間の知恵を借りた結果だったんだよ」
それを聞いた人間達は「え、うそ!」「そうだったの?」「知ってた?」「いや ・・・」などと声を立てた。
天波高志はみんなに言った.
「ぼくはそのことを知っています。
一九三〇年代にそういう知恵に基づいて
今後また世界恐慌が来ても、そういう知恵を応用すれば人類は生き残れるんです。
インターネットのぼくの会社のサイトに、最近ぼくがこのテーマで話した講演を文字に起こしたものがありますから、
興味のある人は人間の世界に戻ってからでも読んでみて下さい。
今は、その気になりさえすれば、電子マネーを使って私たちは『価値が減って行くお金』を容易に使いこなす事も可能なんです」
謡、ヒカリ、高志、レイコの家族は自分たちの部屋に戻った。レイ子は高志に言った。
「私、生き方を変えたいってはっきり思った。
私、わかったのよ、あなたや謡と別れ、ヒカリを失って、そういう中で広がっていった心の隙間を埋めるためにマネーゲームに没頭してたって。
でも、今はこうして家族全員がまた一緒になれて、もうそんなゲーム、どうでもよくなっちゃった。
私、そういうことしながら、本当は感じてたのよ、
儲ければ儲けるほど、心の隙間は埋まるどころかますます広がって行く一方だってことを。
わかっていながら、他にどうしてようもなくて、ドラッグやアルコールやパチスロに依存するように、
マネーゲームという刺激的なギャンブルに依存して生きるしかないと思いこんでのめり込んでいったのよね。
でも、ニュースの写真でヒカリを見てから状況が動き始め、こうして家族全員一緒になれた今、マネーゲームなんてどうでもよくなったわ」
人間達は寝床に就き、夜中になった。
眠っていた謡は肩をゆすられて起こされた。起こしたのは、2号をいれたリュックを背負ったヒカリだった。
「あれ、ヒカリ、何? どうしたの?」
謡は布団を
「″母″の声がぼくの中に響いてきたんだ。ねえちゃんに会いたいから連れて来てって」
「わかった。今起きて着替える」
謡はガバッと上半身を起こし、
着替えて、ヒカリと2号のあとについて、両親を起こさぬように静かに部屋を出た。
ヒカリと2号は謡を御殿の中庭にある池にかかった石の橋の真ん中に連れて行った。頭の上の方に満月が出ていた。
「ここからどうやって″母″のところに行くの?」
謡が尋ねるとヒカリは水面を指さしながら、
「あそこが入り口だよ」
と答えた。
指の先を見ると鏡のように平らな水面に大きな満月が映っていた。謡はヒカリの顔を見て、首を傾げながら、
「あれが?」
「そう。ここから先はおねえちゃん独りで来て、って」
「わかった。でも、どうやって?」
「見ていれば自然にわかるよ。ねえちゃんがここまで来てるって、今から伝えるよ」
ヒカリは目を閉じてメッセージを送った。
見ると、水中に白くまぶしく光る太陽のような球体があった。
それは近づいてきて、水面に映る大きな満月と重なり、満月は黒いシルエットになり、周囲だけが輝く金の
――ダイアモンドリング!
謡はそう思った。心に神秘的で優しい声が響いてきた。
「輪の中に飛び込むのです。私を信じて、さあ」
謡は
水に飛び込んだ感触はなかった。ふわりと真っ暗な空間に抱きとめられて、頭からゆっくりゆっくり動いて行った。
何というか、時間はうんと早く進んでいるようにもうんとゆっくり進んでいるようにも停まっているようにもその全てでもあるように感じられ。
自分はうんと小さいようにもうんと大きいようにもそのどっちでもあるように感じられ。
下降しているようにも上昇しているようにもそのどっちでもあるように感じられ。
やがて前方に針の先程の光が見えてきた。
それはどんどん大きくなって白い光の球体となって自分を呑みこみ。
気がついた時、謡の周囲はどこまでも続く白く光る空間の中で静止しているようだった。あの声がまた響いて来た。
「ようこそ。あなたは今、私の中にいます」
「あなたが″母″ですか?」
「ええ」
「私に会いたいってヒカリにおっしゃったそうですが?」
「ええ、あなたに話したいことがあって」
「なんでしょうか?」
「私の代わりに助けてあげて欲しい者がいるんです」
「え、代りになんて、そんな ・・・」
「大丈夫、あなたならきっと助けてあげられます」
「そうですか ・・・ で、誰を?」
「金のコウモリを操って一連の事件や現象を起こし、あなた達を襲撃した黒幕の
「助けてあげるんですか?」
「そうです。戦ってやっつけて滅ぼして欲しいのではなく、助けてあげて欲しいというお願いです」
「 ・・・ 黒幕の本体っていうのは?」
「黒幕は私を英語にした″マザー″を名乗っていますが、実は私とは全く別物の、妖怪なのです。
金融機関の電脳ネットワーク全体が妖怪化したものなのです」
「そうだったんですか?」
「お金に依存しマネーゲームに依存する人間達は実は『ありのままの自分では絶対に愛されない』と思い込まされ、思いこみ、
それゆえに心に虚しい隙間を抱えている人達です。
その虚しい心の隙間を埋めるために貯蓄やマネーゲームに依存しますが、
儲ければ儲けるほど虚しい隙間は埋まるどころかどんどん大きくなっていく一方なのです」
謡はレイ子がさっき同じようなことを言っていたのを思い出した。
「マネーゲームによって生み出されるお金はゾンビやミイラを生み出す冷血で
人の世にあるそういった虚しいお金の全体というのは、人間達の虚しい心の隙間の全体にほかなりません」
現在では虚しいお金の総額は
京というのは〇が一六個もつく単位だ。兆が一万で京だ。七京五千兆円というのは気の遠くなるほど
その七京五千兆円に匹敵する人類全体の虚しい心の隙間はこれまた気の遠くなるほど巨きいのだ。
「・・・」
「そしてその虚しい心の隙間の奥にはまず
ありのままの自分を愛してもらえないことへの怨念が。″マザー″はそういう怨念の妖怪なのです」
「金のコウモリや人間化したカードは、その妖怪の分身とか使い魔とか、そういったものでしょうか?」
「そうです」
「″マザー″は私達を、地球を、どうするつもりでしょうか?」
「このまま放っておいたら、自分の虚しさの中に全てを呑みこんで消滅させることになるでしょう」
「そんな ・・・」
「そして怨念のもっと奥の中心には、打ち捨てられ押し込められ冷たい孤独の悲しみに凍えているもう一人の座敷わらしがいるんです」
「封印された、もう一人の座敷わらし?」
「そうです。いわば個々の人間の封印された
「本体って、その座敷わらしなんですね?」
「そうです」
「その座敷わらしが『助けて』とか『そんなことやめて』とか『ここから出して』とか叫んでも、″マザー″にはその叫びが聞こえないんですね?」
「そうです。肥大化した虚しい空間が壁となって。
そして″マザー″はただひたすらマネーゲームに
人間を
人の子ども性やその集合体である座敷わらしは命の源であり、存在あるがままなんです。
チャレンジしたり何かを創り出したり変化させたり進化させたりできる力の源なのです。
それを封印し凍えさせてしまうと、お金という
私と正反対に。ですから、″マザー″はアンチ″母″と言った方が正しいと私は思います」
「どうしたらいいんですか?」
「存在あるがままの封印を解いて、それでいいと無条件に認めてあげ、無条件に抱きしめて暖めてあげる以外に方法はありません」
「それが、戦ったり滅ぼしたりするのでなくて、助けてあげるということなんですね?」
「そうです。全てを呑みこみかねないほどにまで肥大化した冷たく虚しいお金はそのまま、
封じ込められたあの子のほとんど断末魔の絶叫に近い悲鳴なのです。
助けてあげたい。でも、私が直接助けることはできません。人間の心が産み出した問題を解決できるのは人間だけです。
あの子を助けるのはあなた達自身を助けることに他なりません。
どうぞ、あなたの仲間達とその同居の家族にも力を貸してもらって、もう一人の座敷わらしを助けてあげて下さい。
それができなかったら、私もあなたもあの子も全ての生きとし生けるものも含めて宇宙全体が、虚無に呑み込まれて消えるでしょう」
「あたしに、できるんですか?」
「できますとも」
「どうやったら、助けられるんですか?」
「心の奥から響いてくる声に耳を傾けなさい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます