PARTⅢの3(21) 2号もちょっとすごいかも

 午後七時、磐船一徹は約束の広尾のフレンチレストラン、楽天人に着いた。


 このレストランの建物はレトロな洋館ようかんだった。


 大正から昭和にかけて大蔵大臣や総理大臣などの要職ようしょくを務めた「たぬきさん」というあだ名の大物政治家、大崎理一郎おおさきりいちろうが昭和九年に建てた。


 それを子孫が改造してレストランにしたもので、広尾の高台の閑静な住宅街の中にあった。


 大崎は楽天人とも呼ばれていた。


 幕末ばくまつ生まれの彼は昭和の急進派きゅうしんは軍人ぐんじんによるテロのターゲットとなったこともあったがなんのがれて生き延びて、


 昭和二十一年に天寿てんじゅまっとうした。


この洋館は太平戦争中たいへいようせんそうちゅうのアメリカ軍の空襲くうしゅうにも無傷で生き残り、何度かの改修かいしゅうを経て現在に至った、


 数少ない古きよき時代の建物のひとつだった。


 一徹は若いころ縁あってこのレストランと大崎が生前せいぜんに繰り返し言っていた「人間出世の目標は精神的であって、物質的ではない」という言葉を知って魅かれるものを覚えた。


 以来もう四十年以上、ここを自分の大事な人間達をもてなすために利用してきていた。


 一徹が着いた時には既に大浜、山岡、謡、奏は壁際の広いテーブルに着席して彼の到着を待っていた。


 ヒカリと長身・大柄で長い髪を後ろで縛った鼻の高い男も一緒だった。


 ヒカリの座っている椅子の背に水色のリュックがかかっているのが一徹の目に留まった。


 このレストランは全席予約制になっていて、大浜の顔を見て騒いだりマスコミに通報したりするような客は出入りしていないはずだという信頼感があった。


 席についた一徹に、大浜は鼻の高い男を紹介した。


「こちらは神戸岩彦かんべいわひこさんとおっしゃって、ヒカリ君の友達で、すごく強い人なので、きょうはあたしたちの護衛のために一緒にいらしてくれました」


 紹介された男は無言で一徹に頭を下げた。


 一徹は「はじめまして。どうぞよろしく」と挨拶を返しながら、相手に独特の威厳いげんを感じた。


「一徹会長」

 と彼に声をかける者があった。みなは一斉いっせいに声の主を見た。


 ロマンスグレーで福耳ふくみみの小柄でやせた初老の紳士がだいぶ年の離れた美しい女性と一緒に、一徹の脇に来ていた。


 謡も奏も大浜も山岡も、カップルの顔には見覚えがあった。


 初老の紳士は現職げんしょく財務大臣ざいむだいじん花枝誠二はなえだせいじ、女性はその妻でもと女優の花枝美奈子はなえだみなこだった。


「おお、久しぶりですね」

 一徹は気さくに応じた。


「ご無沙汰しております」

「君も美奈子君も元気そうで嬉しいよ」


「会長もお元気そうで何よりですわ」

 花枝美奈子はそう言ってほほ笑んだ。


 彼女はもともと一徹に見出されて世に知られるようになった女優だった。


 前妻を失くして以来仕事一筋に生きていた花枝に見染められプロポーズを受けた彼女は親代わりでもあった一徹に相談した。


 一徹は花枝に面談して『この男なら彼女を幸せにできる』と判断して、「いい人と巡り合ったね」と賛成し、二人は晴れて夫婦になった。


 昨年のことだった。


 一徹は新婚旅行から戻った二人をこのレストランに招待し、以来、花枝夫婦にとってもここがお気に入りの店の一つになっていた。


「では、私達は席に戻りますので、な、美奈子」

「ええ、では」

 二人は自分達の席に戻って行った。


 フルコースを食べながら一徹は大浜に、

「どうだね。だいぶ落ち着いたかい?」

 と尋ねた。


「はい、お陰さまで」

「それはよかった。山岡君は優しくしてくれているようだね」


「ええ。それはもう」

 大浜はうつむき加減に嬉しそうに答え、山岡も頭をいた。


「いや、嬉しいな。わしは自分の大事な人間達が幸せそうにしているのを見るのが一番嬉しい。花枝夫妻といい、君達といい、もっと幸せになって欲しい」


「ありがとうございます。会長も、もっともっと幸せになって下さい」

「おお、もちろん、そうなりたいね」


 一徹はさっき偶然に再会したトミの顔を思い出していた。


「ところで」 

 と大浜は謡に尋ねた。

「田川さん達からはその後連絡あったの?」


「ええ。あのあとすぐに同居を再開したって、電話がありました。


 これからはじっくり子作りに再チャレンジしたいなんて、まだ全然独身のあたしに言うんで、困っちゃいましたよ」


 謡が照れながらそんなことを言ったので、みなは大笑いした。


 デザートのケーキをみなで食べ始めた時、入り口のドアがバタンと乱暴に開け放たれた。


 店内の客や従業員がびっくりしてそちらを見ると、ドヤドヤもの凄い勢いで大勢の人間達がなだれ込んできた。


 彼らはみな手にピストルやライフルやマシンガンを持っており、あっと言う間に店内を埋め尽くし、客や従業員に兇器を突きつけた。


 そして二組の男女がつかつかと謡達のテーブルに歩み寄ってきた。


 彼らの顔を見て謡はわが目を疑った。森野夫妻と田川夫妻だった。


 なんと祖母の粟乃まで賊の一員としてピストルを向けていた。田川浩一郎は店内を見回しながら、


「俺はこのグループのリーダーだ。このレストランは俺たちが占拠した。このテーブル以外の者達は解放するからすぐに外に出て行け」


 と謡達のテーブルを指さした。


 田川の配下の者達が他の客や従業員達を兇器きょうきで小突きながら外へ追いやった。


 花枝夫妻は途中で謡達を見ながら立ち止ったが、小突かれてやむなく外へ出た。


 壁際のテーブルに腰掛けていた謡達は賊たち全員からピストルやライフルやマシンガンを向けられた。


「田川さん、森野さん、おばあちゃん、みなさん、操られてないで、眼を覚まして」


 謡が叫んだ。


「うるさい、俺たちは操られてなんかいない」

 田川が怒鳴り返し、粟乃も他の賊たちも「そうだ、そうだ」と唱和しょうわした。


 みな一斉にそうしたのが実に不自然だった。彼らの頭に金のコウモリは取りいてはいなかった。


「どうするつもりだ?」

 山岡が尋ねると森野泉がすごみのある低い声で、


「これからあんた達全員をあたしら全員でハチの巣にするのさ」

 と答えた。


「やめて下さい。正気に帰って下さい」

 謡は叫んだ。


「うるせー、問答無用だ、それ、殺っちまえ!」

 田川が号令をかけた。


 謡、奏、大浜、山岡、一徹は身をすくめて恐怖に震えながら目をギュッとつむった。


 しかし、ヒカリと鼻の高い大男は動じることがなかった。大男は高い鼻をフンと鳴らした。


 賊たちは一斉射撃を開始した。


 しかし全ての銃弾は謡達のテーブルの手前一メートルほどで見えないシールドにぶつかって弾き飛ばされ、バラバラと床に落ちた。


 七人の賊たちが銃を置いてアーミーナイフを抜き、わめき声を上げながら謡達に向かって突進したが、見えないシールドにぶつかって倒れた。


「やっぱり神戸岩彦さんについてきてもらってよかった。さてと、次は君の出番だ。頼んだよ、2号」


 ヒカリは椅子の背にかけたリュックに向かって呼びかけた。


 リュックの中からは、言葉や鳴き声で答える代りに草色の光がほとばしり出て、レストラン中に広がった。


それを浴びた賊たちは次々と倒れ込んで、カードに戻って武器と共に床に落ちた。


 入れ替わりに彼らのサイフやポケットに入っていたカードが床に落ちて本来の人間の寝姿に戻り、彼らはすぐにあくびをしながら目覚めた。

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