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それから約二ヶ月が経ち、現在に至る。
世界は今、滅びの予言を受け入れようとしていた。何せ、人間達は「世界が滅びる」という抽象的な予言を聞いただけだ。どのようにして世界が滅ぶのか、その原因を誰も知らない。誰も分からない。故に手の打ちようがない。世界は、誰にも救えない。
世界各地で犯罪が多発し、治安という言葉の意味すら分からなくなってしまう程に、世界は生きるということに諦めていた。
そんな中、俺が通う私立大帝徳高校は一学期の終業式を迎えていた。
七月二十日。
世界の終わりまであと三十六日という、この日に。
終業式は厳かに執り行われた。
きっと夏休みは終始お葬式ムードなんだろうな、とそんなことを考えていたおかげか、終業式は思ったよりもすぐに終わったように感じた。だけどその後のHRが長かった。担任教師の別れ話とも汲み取れるような、夏休みの注意事項についての話が鬱陶しいくらいに長かった。担任が今にも泣きそうになりながら「金銭の管理はきちんとしましょう」と俺達生徒に話す姿は見るに堪えなかった。ちなみに夏休みの課題は出された。教師達の「始業式に会えるように」という願いがあってのことだろう。だがまあ、俺達生徒からしたら、世界が滅べば課題をした分は無駄になるし、かと言って課題をせずに放置して世界が滅ばずに二学期が始まれば、教師陣からお怒りを受けることになるだろうから迷惑以外の何物でもないと思うが。
HRが終わると俺はすぐに寮の自分の部屋に戻った。この部屋は学校の成績優秀者だけが入寮を許される数少ない部屋の一室だ(とは言っても他の部屋とは大して変わらない。違う点があるとすれば寮の通常部屋はトイレと風呂が共用なのに対しこの部屋は個別にトイレと風呂場があることくらいだ)。そんな寮の五階一番奥の部屋が俺の部屋だった。
俺は自分の部屋のドアの前に立ち、小さく溜息をついた。
「人類滅亡まであと一カ月、か。久し振りにゲーセン通いでもするかな。ゲーセンが開いていればの話だけど」
俺はそう言いながらズボンのポケットから部屋の鍵を取り出し、鍵穴に刺した。
がちゃり、と。
ドアの施錠は簡単に外れた。
「……」
俺はただいまと言わなかった。
自分の部屋に誰もいないのは知っている。
だから、帰宅の言葉なんて言うだけ無駄だ――
「お帰りなさい」
そう思いながらドアを開くと、目の前に赤茶髪の少女が立っていた。
バタン。
俺はドアを閉めた。
……うん?
誰だ今の。記憶にないぞ?
……ん、あ、そうか。あれは見間違いだ。
そうだよ見間違いに違いない。
俺の知り合いにあんな髪の毛の色のオンナノコがいるわけないじゃないか。
ふふふ、幻想妄想もいい加減にしてくれよ?
あと少しで世界が滅んじゃうからって何変なこと考えてんだよ俺。
まったく、現実と妄想が混じるだなんて俺そんな子供じゃないんだから
がちゃぁ……
「お帰りな」
バタン。
……あれ、妄想にしてはやけにはっきりしてね?
いやいやいや。落ちつけ俺。
よく考えるんだ。
思い返すんだ。
状況把握状況把握だぞ俺。
ちゃんと今までの行動を思い返せば何か分かるはずだ。一つずつ思い出してみろ。回想だ。レッツトライ!
えーっと、まず俺は終業式に出ていたな。うん、それは間違いない。それで予言者がどうのこうの世界がどうのこうの考えていたな。うんそうだ。その通りだ。我ながら格好良く「まるで、自分の役目を終えたかのように」とか語っていたな。今考えると恥ずかしい限りだがこの際それはどうでもいい。
終業式の後はHR。これにも俺はちゃんと出席していた。これにも間違いはない。
ふむふむ、今のところは何も問題はないな。HRが終わると俺はすぐさま寮に戻ったな。うん、戻った戻った。
で、その寮の扉を開けたら目の前に少女がいました。うん、いたいた。
はい、回想終わり。
「……やばい、何も状況がわからない……」
結局、何で少女が俺の部屋にいるのか分からないじゃないか。
え? 何コレ? 理解できない俺の頭が悪いの? それともこの世界が悪いの? いや、世界が悪いから滅びるんだろうけどさあ。
「とりあえず、この扉を開けないと何も始まらないよなあ……」
俺は再びドアノブを握りしめた。
この扉を開けた先にはおそらくあの少女がいるのだろう。なんで、何故、どうして、女の子が俺の部屋の中にいるのか不思議でならないのだが、それ以前に鍵が掛かっている筈のドアからどうして入れたのか不思議でたまらないのだが。もしかして俺が掛け忘れたのだろうかどうだろうか。いやそれはないだろう俺はちゃんと鍵を閉めた筈だ。だってさっき鍵を刺してドアを開けたじゃないかでは何故
「ああもう! 開けてしまえ!」
考えても無駄だ! 一気に開けてしまえば怖くない!
ぎぃい、と。
俺は勢いよくそう言ったものの、ドアに体を密着させてゆっくりと確かめるようにドアを開けていた。
なんてチキンなのだろう、俺は。偉大なる鶏様でもこんなにビビったりはしないだろう。ということは鶏よりも臆病な物の例えが今の俺には必要だ。それはなんだろう。「借りてきた猫の様」ではまた意味が違うから相応しくないとしてでは他に
と、そこまで考えたところでドアが全開になった。
俺はそこで考えることを放棄した。
とりあえず、彼女と顔を合わせてからまた考えよう。準備準備、頭をすっきりさせて挑むのだ。下を向いていた俺はゆっくりと顔を上げて彼女と目を合わせた。
そして、
「お帰りなさい」
決まりきった常套句のように。ドアの向こう側にいる、俺の目の前に立つ少女は、そう言った。満面の笑顔だった。穢れ一つない、幸せそうな笑み。
俺には一生できないような――微笑みだった。
「た、だいま」
俺が口にした言葉はそれだけだった。
何故だろう。他にも色々と言葉がある筈なのに、俺の頭から漏れ出した言葉はそれしかなかった。
「え、えーっと……」
何を言えばいいのだろう。
どうやって俺の部屋に入ったのか、だろうか。
いやまて、まず何で俺の家にいるのかその目的を聞かなければならないんじゃないか。いやいやそれ以前にこの俺の目の前に居る少女が一体誰なのか聞くべきではないだろうか。うん、そうだろう。まずは身分を証明してもらわないと困る。これはどこの世界でも同じ筈だ。そうだ、そうに違いない俺は間違っていない。
「えっと、君は、誰、かな?」
……かなりぎこちない台詞となってしまったがそれも仕方ない。俺は人見知りなのだろう。いや、人見知りに違いない。きっと人見知りだ。そうなのだ。そうだと思いたい。
俺は彼女から目線を逸らした。
聞いてみたものの、どんな返事が来るのかわからない。というか、どんな返事が返ってきても俺は困る。なんて言えばいいんだ?
そんな俺の動揺や不安をよそに、彼女は可愛らしい笑顔のままこう言った。そう、笑顔で。
「私、『予言者』っていうの! 突然だけど、あと残り三十六日で世界を滅ぼしてくれないかな?」
「……は?」
俺は一瞬、いや、一秒、もしかすると一分の間、思考が完全に停止した。目の前の少女が一体何処の星の何処の国のどの言語を発しているのかわからなかったのだ。
おそらくわかったとしても内容の理解はできないと思うが。
「え、えっとですね、はい。はい?」
意味がわからなすぎてもう自分が何を言っているのかもわからなかった。え、なにこれドッキリ? ドッキリなら大成功だから早く看板持った奴ら出てくれ頼むから早く。
「……」
だが、少し待っても看板を持った人達が現れる気配はなかった。どうやらドッキリではないらしい。
「あのー、えっとですね、ではもう一度聞きますね。貴方様は今何と仰ったのでしょうか。私にはさっぱりわかりませんが」
最早自分が何を仰っているのかわからなかった。何でそんな敬語なんだよ。
だけど目の前の少女はやっぱり俺のそんな状態を気にしようともせず、
「うん! じゃあもう一度言うね! あと三十六日で世界を滅ぼしてほしいんだっ!」
笑顔でそう言うのだった。
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