第30話
第一月面基地との通信が回復したのは、第六層の爆発から七時間近く経った午前七時を過ぎた頃だった。
第一月面基地治安管理局、大島吾朗局長からの声明では二〇二二年、五月二日月曜、午後十一時二十八分頃。六層B8エリア第三十二区画のDで爆発があったと報告された。六層の最外縁部のフラーレンドームの一部が破壊され、その際の気密喪失に伴い、区画全体が壊滅状態にあるらしい。緊急隔壁の作動によりその他エリアへの影響は防いた。死傷者の総数については現在調査中。ちょうど爆発の起きた刻限に匿名の通報による不審者捜索のため、機動捜査隊が現場で活動中であったと報告を受けている。何らかのテロ攻撃があった可能性が濃厚であるとのこと。
西脇は慎重に(月の王冠) 一等治安管理官二人の関与を伏せてくれたらしい。
十八区の治安管理局日本エリア支部、特別捜査本部では、事件直後から中央管制室を開き、徹夜の監視作業に入っていた。午前二時の時点で(月の王冠)から救助隊が編成され、シャトルで送り出された。総勢数百名を越える大部隊である。
沢木と久保は待機組で紙コップの冷めたコーヒーを啜りながら、クロニクルズ掲示板の青白い表示を眺めていた。
地上と(月の王冠)の報道局が我先にと競って、あやふやな情報を垂れ流しにしている。午前三時までは音声を流していたが、無意味との判断で、今は映像のみの立ち上げに切り替えている。
中央の湾曲した大型スクリーンには、月の静止軌道上からの観測映像が届いていた。第一基地周辺には、舞い上がった黒い灰塵が浮遊し、雨雲が被ったように視界を遮っていた。その雲の周囲を取り囲むように、破片の落下跡が同心円状に広がっている。作業機材の非常灯の明滅だけが霞を透かし、所々に浮き上がって見えた。
久保は不安げな顔を沢木に近付けると小声でぼそぼそ囁いた。
「おい、沢木。西脇次官からはまだ連絡なしか?」
沢木は首を振り、紙コップを握り潰した。
「まだだよ。奴も今は大わらわだろ?」
久保は両手の指を組み合わせ、神妙な面持ちでため息を吐いた。
「さっきの声明じゃ、俺たちのことは上手い具合に外してくれてたようだが、時間の問題だぜ」
沢木はどこ吹く風と肩をすくめて見せた。
「何、別に気に病むようなことじゃない。予想的中だったってだけだよ」
さすがの久保も沢木の態度に苛立った。
「お前なあ、幾ら何でもドライ過ぎだろ? 大勢人が死んだんだぞ。少しは……」
そこで沢木の携帯端末にコールが入った。西脇だった。
沢木は久保を無視し、席から立ち上がると管制室の外で取った。
「西脇」
「沢木か?」
いきなり声が暗い。沢木は小さく咳払いすると、平凡に詫びを入れた。
「大変だったな」
西脇は重いため息を漏らした。
「ま、お前さんの予想通りだったってことだがな。……ぬかったよ」
「そうか。それで?」
「機捜隊で突入班を編成してドヤ街に踏み込んだんだが、いきなり自爆された」
沢木は考え込むように眉間を擦り唸った。
「わかってたってことか?」
「どうかな。何ともね。しかし、かなりの高性能爆弾だったぞ。エマルション爆薬にアルミニウム粉末、中空ガラスビーズなんかが混ぜ込んであったらしい」
「デイジーカッターか?」
「近いね。少々、小振りにした代物だ」
「あれでか?」
「ああ。全く」
沢木は少し間を置き、西脇にたずねた。
「犯人の顔は、ちゃんと見たんだろうな?」
「もちろん。突入班のケブラーヘルメットに付いた小型カメラが一部始終を捉えてる」
沢木は言葉を選んだ。
「やっぱり、あいつだったのか?」
西脇の疲れた声音が同意した。
「北上真悟、十九歳。本人だった」
沢木は聞いた。
「しかし、見つかった途端に爆死じゃ、動機もわからない。成田で公安外事三課が捕まえた時と一緒だな。あっちは服毒自殺だったか?」
「どっちもが手際いい。何より死ぬことが一番の目的だからな」
「ジハードって奴か?」
「ここはイラクじゃない」
そこで西脇は口を閉ざすと、しばし黙り込んだ。沢木に伝えたものかどうか、迷っている素振りだった。
「一つ気になることがある。小型カメラが捉えた奴の姿……」
西脇は言葉を濁らせた。
「奴の顔なんだが、な」
「どうした?」
「死に間際の、奴の顔を見てる時、誰かに似てると思ったんだ」
「誰?」
「ほら、お前が今言ったろ、成田の自殺した最初の被疑者、ジョナサン・リクター」
「イラク戦争の英雄か?」
「ああ、そう。瓜二つなんだ。親子みたいにな」
沢木は眉をしかめると、事実関係を確認した。
「しかし西脇、奴には子供はいないと言ってなかったか?」
「いないんじゃなくて、死んでる、だ。自動車事故でな」
「そうだっけ? じゃ、息子の死亡証明は?」
「捏造ってことも」
「有り得るか?」
沢木はうんざりした様子で首を振った。
「やれやれ。息子の戸籍を改竄してまでのテロ活動とはな。イカレてるぜ。危険思想の一子相伝ってところだな。……しかし、リクター親子二代の、旧合衆国自由主義者の野望はここで潰えたわけだ」
西脇はそこで少し神経質な咳払いをした。
「それが、ちょっとおかしな話でな」
「うん?」
西脇は俄かに声をひそめた。
「どうも気になってリクター一家の経歴をもう一度インターポールに問い合わせてみたんだ。再度確認して返事があったよ。どうやら奴らの書類は古いペーパー書類で、データ記載に漏れがあったらしい。ジョナサン・リクターに息子はもう一人いる」
沢木は驚いた。
「何だって? 弟か?」
「いや、そうじゃない。双子だよ」
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