第25話
二〇二二年、四月二十八日木曜。
沢木亨二、久保隆志、両一等治安管理官は、第六方面本部に戻ると、中央管制室のクロニクルズ掲示板に見入っていた。
「おっと、動きがあったか?」
と、久保が声を上げた。
掲示板の青白い配列文字が、久保の黒いサングラスの表面を流れて行く。沢木はアポロキャップを外し頭を掻きながら、ぼんやりとモニタを読み上げた。
「月の極軌道上衛星の解体班編成、か。どうやら三国共同作戦みたいだな。ええっと、俺たちの名前は、……入ってないと」
「当然だろう。俺たちは特別捜査本部付きだぜ」
間接照明で薄暗く照らされた差渡し十五メートルほどの半円形の管制室では、十数名のオペレーターが働いていた。中央に据えられた湾曲する大型スクリーン。警邏エリアを巡回中の治安管理官が登録ナンバーの明滅でマップ上に表現されている。オペレーターたちは担当エリア別に管理官を振り分け、その行動を把握しながら適格な最新情報を個々に繋げた。
二人は代わる代わるに皆に挨拶を交しながら、左後方のコンソールに付いた女性オペレーター、小野 恵に近付いた。
「ただいま。恵ちゃん」
沢木が声を掛けると、ショートボブの快活な笑顔が振り返った。
「あら、お二人さん。珍しい。お帰りなさい」
かすれ気味のハスキーボイスだった。ブルーのスーツスタイルの制服が初々しい。
「近頃は特別捜査本部に掛りっきりみたいですね」
沢木は曖昧に返事をした。
「ま、色々とね」
「あんまり見掛けないから、もう配置替えになっちゃったかと思いましたよ」
久保は手を振って否定した。
「俺達のホームグランドはこっちだぜ。時には恵の顔を拝んどかなきゃなあ」
管制オペレーターの小野 恵は、細く描いた眉を持ち上げると、愛想笑いを浮かべた。
「上手いこと言ったつもりですか、久保さん? なーんにも出ませんけど」
「期待してませんって」
三人は控えめな軽口を叩いた。
沢木は恵のコンソールのモニタを叩いた。
「恵ちゃん、クロニクルズ見せて」
「どれですか?」
「えーと、……あった。これ、これ」
沢木は極軌道上衛星解体班の項目を指した。恵は選択すると詳細をクリックした。
沢木は顎を擦りながら読み上げた。
「何々、二月二十一日、両月面基地にて観測されたテレメトリ・コマンド・レンジング系通信云々……あー、この辺はおいといて、……ここだな。月の上空約百キロの極軌道上衛星を特定。許容範囲+-三十キロ。周期十六時間四十二分、軌道傾斜角九十度で順行中。投入時期は未確認。推定では二〇一三年より以前と考えられる。機体の外見から旧合衆国製である可能性が高く装備は不明、だそうだ」
「おー、そんなことになってたかい」と、久保。
沢木は何かを思い出そうとするように、ゆっくりと指を回した。
「何だっけ、(全方位型支配政策)の忘れ形見か?」
「何ですか、それ?」
小野 恵が口を挟むと、沢木は首を捻った。
「今も変わらず、旧合衆国は我々に脅威を与えているってことさ」
「月にアメリカの軍事衛星が?」
「そういうこと」
沢木は身を起こすと帽子を被り直した。小野 恵の視線が興味津々と、それを追い掛ける。沢木は続けた。
「一週間後に調査と解体のためチームが送られるみたいだね。(月の王冠)からも三国共同で編成されるらしい」
彼女は不思議そうな顔をして頬に人差し指を添えた。
「良くわからないものでも解体なんですね。またまた莫大な経費」
「テロの危険に繋がる動きは抑えなきゃならない」
久保の言葉に恵が目を丸くした。
「テロですか?」
「だから危険性、だよ」
恵は二人の顔を交互に見比べ言った。
「お二人は行かないんですか? 志願するとか?」
久保は苦笑いした。
「志願? あり得ないね。俺たちは別の仕事さ」
「例の0・3Gステージの気密漏れ事故ですか?」
沢木はうなずいた。
「ああ、オヤジがうるさくてね。霧島局長は二つの事件に関連があると踏んでいる」
「沢木さんたちの予想は?」
「さあ、どうかな。今のところわからない。成田で容疑者を見つけて、そいつを死なせたばかりだし」
「ええ? テロリストを?」
「俺達のミスじゃない。公安外事三課。文句はそっちに言ってくれ。そいつが主犯かどうかも全くの不明だ」
恵は少し呆れ気味に呟いた。
「それって、はっきり言って大失態なんじゃ?」
久保は咳払いした。
「俺達にも一つ手の内はあるんだぜ」
沢木は手を振って久保を遮った。
「まだそれは、……何ともね。ただの目撃情報だけ」
恵は察し良くそれ以上は踏み込まず、にっこりと微笑むと話をまとめた。
「ま、とりあえず頑張ってくださいね。先輩」
恵は、モニタを警邏エリアに切り替えた。
沢木は身を乗り出すと、いつもの軽い調子で提案した。
「恵ちゃんさあ、今度、食事でもどう? 日頃の感謝の印にさ?」
「考えときます」
「いつがいい? 今週末とか?」
小野 恵は完璧な作り笑いを浮かべた。
「考えときますって」
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