バザール

バザールは、いつものようにごったがえしていた。

 キエスタ各地の言葉が飛び交う中で、ヴィンセントはウーの肩をだいてかばうようにしながら、店の間を歩く。教会から車で三時間。来るのにさえ疲れるのに、妊婦を連れてくるのはどうか。


「教会で待っていれば良かったんだ。頼まれれば買ってきてやったのに」


 ヴィンセントは、ウーの腹に往来を歩く誰かの肘がぶつかりはしないかと気が気でない。

 ウーは腹の前の紙袋を大事そうに抱えながら答えた。


「……ここは物が沢山あるから面白い。毎回でもいいから、来たいんだ」

「その気持ちはわかるが」


 ヴィンセントはため息をついた。

 人混みは歩くだけで疲れる。妊婦はさらに疲労を感じるだろう。


「もう、欲しいものはないか」

「うん。十分だ。目当てのものは手に入ったし」


 ウーの胸に抱いている紙袋の中には、灸が入っている。先程、キエスタ東部の民が商っている薬物店で購入した。


「何に使うんだ」

「足首にすえるといいらしい。ターニャが言ってた。安定期に入ってから毎日すえると、安産で済むんだと。……場所によって、悪阻つわりにも効くそうだ」

「まだ、終わってないのか」


 ヴィンセントは驚いた。ウーは頷く。


「今回は、長い。前の二人の時はすぐに終わったのに」

「なぜ言わない。食べやすいものを言ったら出すのに」


 ヴィンセントの言葉に、ウーは首を振った。


「……そこまでじゃない」


 悪阻はまだ続いてはいるが、食後の悪心だけに収まっていた。

 ヴィンセントの料理を教会の皆が楽しみにしてるのを知ってる。ヴィンセントに自分のためだけに一品作らせるのも嫌だった。それなら自分で何かつくる。


「お味見いかが」


 全身を黒い衣装で覆ったキエスタ東部の女性が店先を通った二人に差し出した。

 楊枝に刺さっている揚げ物は、正体がしれない。

 受け取ろうとしたウーを押しとどめて、ヴィンセントは店の女性に東部語で話しかけた。

 ……たぶん、妊婦が食べても大丈夫なのかどうか、聞いているのだろう。

 自分はそんなのお構いなしになんでもすぐ受け取って食べるくせに、とウーはかすかに笑った。


「ウー」


 自分の名前が呼ばれるのにウーは気付く。

 ウーは、後ろを振り返った。


 キエスタ人の黒山の人だかりの中に、一際目立つ白金の髪。

 陽光に反射して光を放つ美しい淡い髪色を持つ彼の姿に、ウーは目を疑った。

 彼はプラチナブロンドを長く伸ばして背中で結わえていた。

 カーキのロングジャケットに、ワークパンツ、ブーツ。大きめのショルダーバック。

 きらきらと輝く明るいブルーの瞳は昔のままで、彼はあのころと同じ人好きのする笑顔をこぼれさせた。

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