エピローグ

《《》》 ◇◇◇◇◇



 東オルガン市警の一室で、冷たいパイプ椅子に座らされたロミオは、テーブルを挟んで座る前の警察官ににやにやと笑ってみせた。


「あんた、ガラナ族の儀式用のヤク、試したことある?」

「……」


 警察官の男は答えない。


「あれは、すげえ。ガンガンに感じる。試した女はみんな最高だって」


 それでも答えず自分を見つめるだけの彼に、ロミオはハッと息を吐いて横を向いた。

 両手にかけられた手錠の鎖を、膝をリズミカルに揺らし、カチャカチャと音を立てる。


「……西オルガンの事件も君か」

「ああ。あのおっさん、ハゲの弁護士」


 ロミオは彼の姿を思い出して笑った。

 フレデリック=コーンウェル。カエルみたいにつきでた腹のイケてない男だった。


「あの、おっさんの弱みを握ってた。涙流しながら、ホイホイ言うこと聞いたぜ」


 彼、フレデリック=コーンウェルは、デルラの消えた姉の子供だった。

 デルラと連絡をとりあっていた彼の存在を知ったロミオは、フレデリックを恐喝することを思いついた。

 弁護士であった彼にとって、自分のルーツがガラナ族だと知られることはそんなに恐ろしいことだったのだろうか。

 彼を使って、先住民グループ『ガラナン』と商売を始めたのはスリルがあって楽しかった。


 しかしそれにしても、西オルガンでの事件発覚後、新たに暴かれたフレデリックが持っていたもうひとつの秘密には驚いた。


 あのおっさん、秘密ありすぎなんだよ。

 まあ、オレも、おっさんとあのガキは絶対血がつながってねえだろうとは思ってたけどな。


 ドアをノックする音がして、一人の女性警察官が入ってきた。


「テオ」


 彼女はロミオの前に座る警察官の男に呼びかける。


「トイレよ。来て」


 近づいてきた彼女はロミオの傍に立ち、そう言いわたした。


「平気だ。まだしたくねえ」

「いいから」


 彼女はロミオの腕をつかみ、立たせる。

 前の椅子に座っているテオと彼女は視線を交わす。

 彼がかすかに頷き、彼女はロミオへと目を戻した。

 立ち上がった彼の腕をつかみ、彼女はロミオを部屋の外へ連れ出した。


「……それで、俺、何日くらい拘置所にいなければなんないの?」


 廊下を歩きながら、ロミオは背後にぴったりとくっついている彼女に聞く。

 彼女は答えず、前だけを見てロミオを男子用トイレへと連れていく。


「俺の見たいの? さすがに目はそらしてくれるよね」


 便器の並ぶトイレに共に入った彼女に、ロミオは振り返った。


「……」


 ふいに彼女が手を離し、腰のホルダーから銃を取り出した。


「選んで」


 彼女はやや自分より背の高いロミオを見上げ、そう述べた。


「あたしが撃つか、自分で撃つか」


 冗談かと軽く鼻で笑い返したロミオだったが、彼女の変わらぬ表情に顔に浮かんでいた笑みを消した。


「……嘘だろ」

「あなたは、規則をやぶった。『彼女』は気付いていたけど、いままであなたが子供だからと見逃してあげていただけ。今回は、さすがに『彼女』の堪忍袋の緒が切れたの」


 彼女は銃をロミオに差し出したままだ。


「バカなことしたわね。『彼女』がいつまでも許してくれると思っていた?」

「マ……ママを」


 ロミオが銃と彼女の顔を交互に見ながら、ふるえる声で言った。


「ママを呼んで。ママを!」

「あんたのママとパパは今、フェルナンドで映画祭の真っ最中でしょ。それは無理」


 彼女は遮断した。


「……お、お願い。助けて……」


 懇願の瞳でロミオは彼女にすがりつく。

 彼女は無情にロミオを見返した。


「断っても、どうせあなたは塀の中で死ぬだけよ。どちらがいいと思うの? 塀の中で一番強いのはキエスタ人よ……自国の女たちを食い物にしたあなたを彼らは決して許さない」

「……いやだ……! ママ……おねがい、ママを呼んで……!」


 彼女が小さくため息をついた。


「『彼女』は責任を『』に示さなければならないの」

「ママ……! お願い、助けて!……ママ……!」


 銃声が一つ、東オルガン市警署内に響いた。






 〜SKY WORLD 「グレートルイス フェルナンド編 後編 」 につづく 〜


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