カジノ

 シェリルシティーの中心地。

 いくつかのカジノ、ホテルが隣接するこの地域には、地方からの観光客が多く訪れていた。

 グレートルイス南部に新しく出来た遊興施設に客がとられ、年々客足は遠のいてはいるが、それでも昔ながらのリピート客が多い。

 つまり、年配の客が多かった。


 エレベーター前で、フロアをモップで磨いていたキースは、カジノ帰りの団体に場所を譲った。

 きゃあきゃあとはしゃぐ円熟した女性グループがエレベーターに乗り込むのを、モップに軽く体重を預けながら待つ。

 グループの一員ではなかったのか、エレベーターに乗らず後に残った一人の女性がキースに声をかけた。


「ねえ、部屋まで荷物運んでよ」


 五十代には入っているだろう彼女の、金に染めて大きくカールした髪で覆われたその顔は、それなりに美しかった。

 着ている服も上質で、指にはめられている指輪は大ぶりのサファイアだった。


 ベル・ボーイに頼めばいいものを。

 と、キースはちらりとホテルの入り口を見たが、生憎彼は別の客の相手をしていた。

 キースは少し迷ったが、頷いてモップを壁に立たせると、彼女のスーツケースを預かった。

 エレベーターに乗り込み、彼女の言う階を押した。


「ここへは何回目ですか」


 後ろに立つ彼女に、キースは聞いた。スパイシーだが落ち着いた香水の香りがした。


「数えきれないくらいよ。毎年、来てるわ」


 階に着き、彼女の後からエレベーターを降りる。


「あなたみたいな清掃員て、いるのね」


 前を歩く彼女が言った。

 部屋の前に着き、彼女が鍵を開けながら聞いた。


「何時に終わるの?」


「……レストランは、十一時までです。ルームサービスは……」


「そうじゃなくて、あなたに聞いてるんだけど」


 ドアを開けて振り向くと、彼女はキースにチップを渡した。


「気が向いたら、来て」


 軽く微笑むと、彼女はキースから荷物を受け取りドアを閉めた。


 ……驚いた。

 キースは、彼女からもらったチップを清掃員用の制服の胸ポケットにしまう。

 この格好で、清掃以外に稼ぐ方法があるとは思わなかった。


 もと来た道を戻り、降りてきたエレベーターに乗り込む。

 ホテルスタッフのキエスタ人メイドが乗っており、キースにお疲れ様、と笑顔を向けた。

 キースも微笑んで言葉を返す。

 メイドがエレベーターを降り、キースは軽く息を吐いてエレベーターの壁にもたれた。

 ……自分のことを女性スタッフが特別に親切にしてくれるのを、キースは肌で感じていた。

 おかげで、同性スタッフは自分に冷たい。支配人にいたっては、嫌われていると感じている。

 今、キースの髪はよくある金髪に染め、瞳には青いコンタクトを入れていた。

 それは、失敗だったかもしれないとキースは思っていた。シアンのように黒髪にして地味にすれば良かったのではないかと後悔している。

 どっちにしても、周りの人々への影響に大差はないということにキースは気付かない。


 エレベーターがもといた階に着き、キースは降りた。

 フロアの片隅で、白い服を着た長身の女性が目についた。

 彼女は観光客数人に囲まれ話しかけられていた。どうやら、彼らに写真を撮らせてくれと頼まれているらしい。


「私が撮りましょうか」


 キースは背後から声をかけた。

 彼女が、振り返った。


「あ、お願い」


 ショートの黒髪をすっきりと耳にかけ、珍しい型の白い服を着た彼女は涼やかな声で答えた。

 彼女の側には、スーツを着たキエスタ人の青年が立っており、彼もキースに目をやった。


 キースはカメラを受け取ると、彼女を挟むようにして立つ老夫婦にレンズを向けた。真ん中の彼女は、にっこりと笑みを作った。

 老夫婦の次には、子供連れの夫婦が、キースにカメラを渡した。

 彼らの子供たち、兄と妹の二人が彼女の傍らに立つ。

 彼女はしゃがんで、子供たちを顔の近くに抱き寄せてポーズをとった。

 シャッターを切り、キースがカメラを彼らに返すと、彼らは満面の笑みで彼女とキースにお礼を言い、去って行った。


 ……老若男女、万人に好かれる彼(・)は、特別な人間だと思う。


 キースは、横で彼らに手を振るシアンを見下ろした。


「カチューシャ教徒の礼拝服に似てるな」


「おう。キャロルと作ったんだよ」


 シアンは答えてキースに向き直った。


「カチューシャ市国に行ったけど、やっぱりお前が言ったとおり手に入んなかったからな。どうだ、イケるだろ」


 全身真っ白な生地で覆われた彼女は、いつもにまして美しかった。


「物珍しいんだろな。とてもキレイだから、写真撮らせてください、て頼まれちまったよ」


 はは、とシアンは笑う。

 長袖立て襟の身体のラインに沿う上衣のワンピースは、ウエストより上の位置からスリットが入っており、銀糸で花柄の刺繍が施されている。下に履く丈が長いパンツは光沢のある白い生地で直線的に裁断されている。


「お前、刺繍出来るのか」


「なわけないだろ。キャロル姐さんの手柄だよ……お前、もうあがりだろ。デイーに、車で送ってもらえよ」


 シアンの言葉に、後ろに立っていたデイーは露骨に嫌な顔をした。

 ……彼にも、どうやら嫌われているらしい。


「いや。バスで近くまで帰るから」


 キースは首を振った。


「そうかよ。じゃ、お疲れさん」


 ぽん、と軽くキースの肩をたたきシアンはキースに手を振った。

 キースは背を向けると、立てかけてあるモップの場所へと戻る。


「……もったいないよな。本当ならこんな仕事してる奴じゃないんだけどな」


 シアンはつぶやき、横に立つデイーのむっつりした顔を見上げた。


「なんだよ、お前そのツラ」


「あいつ、嫌いなんだよ」


 デイーは表情を変えず、答えた。


「なんだよ、美男子同士仲良くしろよ。つーか、なんだ、お前。その怖い顔。子供が怖がるだろうが」


 シアンはデイーの頬に手を伸ばし、頬の肉を両側からつまむ。

 いて、とデイーは眉をしかめた。


「ここはボスのホテルだぜ。ここにいるかぎり、お前はサービス業に従事しろっての。せっかく、イイ顔してんのに。笑えよ。……あれだ、今すぐカチューシャ市国に戻って、あのときの可愛いデイー君連れてこい」


 言って、自分の頬から手を離したシアンを、デイーは頬を抑えながら見下ろした。

 彼女は、カチューシャ市国にいた時の自分をわりと気に入っていたらしい。

 俺も、戻れるものなら戻りたいぜ。

 心の中でつぶやいて、デイーは彼女を見つめた。


 この服を着たシアンを見たとき、可愛すぎて死ぬかと思った。

 シアンは白が一番似合うと思う。

 黒髪、黒い瞳には白が一番映える。

 白いワンピース姿も良かったけど、今着てるカチューシャ教徒の礼拝服姿といったら。

 きゅう、と鳴く胸をデイーはおさえる。

 清楚で、スタイル良すぎて、可愛くて、だれよりも綺麗だ。

 ちくしょう、俺も写真撮りたいぜ。

 先程、シアンをカメラにおさめている家族たちを眺めながらデイーはそう思った。

 デイーの視線を知ってか知らずか、シアンはふふ、と笑った。


「ボスのところに行こうぜ。……腹、減ったよ」


 頷いて、デイーはシアンと連れ立ってエレベーターに向かって歩いた。

 エレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。


 ボス――シャチは、食事に対して独特の価値観を持っていた。

 彼の出身キエスタ東部は、食文化がかなり他の地域と異なっていることで有名だが、彼の生まれた『緑の目を持つ人々』と呼ばれる民族は、その中でも際立って異質だった。

 食事というのは、彼らにとっては神聖な儀式のようなもので、特に愛する異性との食事は特別なものであるらしかった。

 外食はなく、主にシャチは自分の城での食事を好んだ。


『残念。レストランカイザーに行くのは難しそうだな』


 シアンはシャチを理解した後、そうさびしそうにつぶやいた。


 ――『気をつけろよ』


 家族(ファミリー)に入ってしばらくした後、デイーの世話役だった家族(ファミリー)の一員の男が、苦笑してデイーに漏らした。


『ヘタすりゃ、女を寝取るより、女と食事した方がボスの逆鱗に触れる』


 その言葉にデイーは神妙に頷いた。うっかり、シアンとジャンクフードでも食べ合ったのがばれた時には、自分は次の日には川に浮いてるのかもしれない。

 とはいえ、例外はあるもので、ティータイム等の間食はそれには当てはまらないらしい。

 そのへんの違いがよく分からないが、シアンは、


『良かったよ。スイーツぐらい、好きなように食べたいぜ』


 と、デイーとケーキを食べながら喜んでいた。――



 最上階につくと、二人はエレベーターを降りて部屋に入った。

 高価な調度品でそろえられた室内の中央のテーブルには、すでに食事が並び置かれ、シャチが座っていた。


「おまたせ」


 シアンは微笑みながら言うと、シャチに近づいた。

 スーツを着たシャチは相変わらずサングラスをしたままだったが、シアンの姿に見入っているようだった。


「……いいな」


「良かった。ゼルダで友達と作った服。カチューシャ教徒風。……気に入った?」


 シアンはシャチの開いた脚の間に体を割りいれると、シャチを見下ろして彼の肩に手を置いた。

 シャチはシアンの背に腕を回し、彼女を見上げた。


「気に入ったが……まだ、飾りが少ないな」


「この服はあんまり、アクセサリーつけないほうがいいと思うよ」


 シアンは言って、シャチの額に軽く口づけた。


「耳ぐらいならどうだ」


「西部の女のひとがつけてるみたいな、でっかいやつ?」


 ふふ、とシアンは笑うと、デイーを振り返って微笑んだ。


 あ。


「失礼します」


 二人に見とれていたデイーは我に返りあわてて、ドアに向かった。

 ドアを閉める瞬間、シアンがシャチのもとで膝まずくのが見えた。


 ……なんの食事だってんだよ。

 心の中で毒づいて、デイーはかすかにひきつれる胸の痛みに唇を噛み、ドアを閉めた。――

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る