再会(2)

 ――夕立がふって、止んだ直後だった。

 森の上空にもうすぐで沈みそうな夕日がつくる虹がかかった時に、二人をのせたシルバーグレーの車が白いコテージの前に止まった。

 勢いよく車のドアを開けて外へ出たシアンは、庭を飛び交うトンボたちの間を走って、コテージへと向かいポーチの階段を駆け上がった。

 玄関のドアをそのままの勢いでたたく。

 車から出たデイーが彼女に追い付いた時に、ターニャがドアを開けた。

 シアンが彼女に一言いう。

 ターニャは、目の前のシアンの美貌に驚いたように見上げていたが、頷くと彼女とデイーを中に招き入れた。――



「来たわ」


 目の前でリンゴをむいていたミナは、ナイフとリンゴを膝の皿の上におき、ベッド上のキースを見て言った。

 彼女がむく皮の厚さに、廃棄する分の身がもったいないな、と考えていたキースはミナを問いかけるように見返した。

 その時、家の前に車が止まる音がした。


「猫よ。美しい猫」


 ミナは笑みを浮かべた。彼女の青緑の瞳がいつもに増して輝いているようだった。


「わたしはお邪魔だから失礼するわね、ヴィンセント」


 そう言って彼女は、ナイフとリンゴごと皿を持ちあげて椅子から立ち上がった。

 そのまま、ドアを開けて部屋を出ていく。

 しばらくして、いきおいよく階段を駆け上ってくる足音がした。

 足音は階段を上ってからも続き、キースがいる部屋のドアが突然開け放たれた。


「キース!」


 空気に溶けた呼び声は、懐かしい声音だった。

 ドアのところに呼び声の主の彼が立って、自分を見ていた。


「シアン」


 キースは目をみはって、彼の名前を口にした。

 泣きそうな嬉しそうな表情をしていた彼は、ぐ、と下唇を噛んでこらえるとこっちに近づいてきた。

 手に持っていた袋を、キースの胸に押し付ける。


「薬だ。すぐ、飲め。……ウーの主治医に言って手に入れさせたぜ」


 キースは胸の前の袋を見下ろした。


「ああ。……もう、必要ないんだ」


 その言葉に、シアンは目を大きく見開いた。彼の大きな目がこぼれ落ちそうである。


「……まさか、お前」


 ベッドの傍らの床に膝を落し、シアンはキースの顔を見上げる。


「切っちまったのかよ!」


「……寄生虫(ムシ)だけな。勘違いするな」


 静かに彼は訂正した。

 ほ、としてシアンは次には顔中で笑った。


「はは。キース……お前」


 シアンはキースの首に抱きつく。


「心配かけさせやがって!ふざけんなっつーんだよ!」


 キースは微笑んで、彼の背に手を置いた。


「生きててよかったぜ。元気そうじゃねえか」


 顔の横で言う彼の声が涙声なのに気づく。

 彼が泣くのを見るのは、いつ以来だろう。自分と違って、彼は滅多に泣かない。


「薬は、最近ターニャに言って手に入れてもらった。わざわざ、すまなかった」


「まだ、調子が悪いのか。だから、寝てんだろ?」


「……いや。昨日から風邪をひいただけだ」


 は、とシアンが泣きながら笑った。


「ふざけんなよ、お前」


 シアンが自分を抱きしめる手に力を込める。彼の匂いをなつかしく思い、安心感を覚えた。

 ドミトリーでは5歳から彼と同部屋だった。当たり前のように、彼が自分の一番近くにいた。


 強い視線を感じ、キースはドアの方を見やった。

 ドアにもたれかかり自分たちを見て口笛を吹いているターニャの隣に、スーツを着てサングラスをかけたキエスタ人の青年が立っていた。

 自分への刺さるような視線は彼のものだった。

 シャチの部下だろうか。随分と若い男だと思った。

 彼はターニャに促され、彼女と共に部屋をでていった。

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