占い
翌日の夜、シャワーを浴び終えたキースとミナとターニャはリビングでお茶とケーキを囲んでいた。
夜風が網戸からふき込み、シャツから出ているキースの腕に心地よい涼感をもたらす。
時折、虫が鳴く声も聞こえる。
季節は夏に近づきつつある。
テーブル上のクルミとオレンジピール、二種類のケーキはキースが昼間焼いたものだが、実は最初の一回目は失敗した。
理由は、ミナが「手伝うわ、ヴィンセント。」と、加わったからである。
彼女のおおらかな目分量の卵、小麦粉、砂糖、バター、ふくらし粉の配合と、自由な生地の混ぜ方により、コンクリートかと思うくらいの硬いケーキができあがってしまった。
さすがにこれはまずいと思い、ミナが去った後キースは作り直した。
石のようなケーキは、自分の部屋に置いてある。もったいないから、毎日少しずつ食べようと思う。
ミナが、家事にあまり協力しない理由がわかった気がした。
「あたしと二人でつくったのよ」
ソファーに座ったミナがにこにこと笑顔でターニャに言った。
「へえ、二人でつくればなんとかなるもんだね」
ターニャはわかっているのかいないのか、そういってオレンジピール入りのケーキを頬張った。
キースは後ろめたく思いながら、三人分の紅茶のお代わりを注ぐ。
目の前のテレビで流れていた映画が終わり、数分程度のニュースが始まった。
キースはカップにお茶を注ぐ手を止めて、画面に見入った。
男性ニュースキャスターは、天気予報と株価の状況、本日起こったハイウェイでの大事故を告げて終えた。
軽く息を吐いて、再びカップにお茶を注ぐキースに、
「明日、新聞買ってくるよ」
ターニャが言った。
彼女の顔を見るが、ターニャはキースとは目を合わせようとはせず、テレビ画面を見ている。
「……ありがとうございます」
キースは軽く頭を下げて言う。
ケダン教会の修道士がさらわれてから、約三週間は経っている。
状況がつかめないから、報道されないだけなのだろうか。
ふと、視線を感じてキースはミナの方を見やった。
ミナが自分を青緑の瞳で見つめていた。
「……あなたには、分かるんですか」
キースは口に出して聞いていた。
ミナはかすかに頷いた。
「あたしが言わなくてもいずれあなたは知ることになるわ。ヴィンセント。……どちらを選んだほうが、あなたにはいいのかしら」
そういうミナの表情は、悩んでいるようだった。
キースはしばし考えた後、ためらいながら答えた。
「今、教えてください。お願いします」
ミナは頷くと、目を閉じた。
「ターニャ姉さん、少し暗く静かにできるかしら」
ミナの言葉に、ターニャがテレビを消し部屋の照明をいくつか落とした。
目を閉じていたミナは二十秒ほどそのままだったが、やがてゆっくりと目を開けた。
薄暗い中、神秘的に輝く青緑の瞳は、キースの後ろの宙に焦点を合わせていた。
「……今、あなたの後ろに二人のお坊さんがいるのが見える。二人とも、あなたが着てたのと同じ枯れ草色の服を着ている。一人は、背の高い男の人よ。私と同じくらいの肌色、同じ年かもしれない。肩ぐらいの髪で前髪を三つ編みにして顔の横に垂らしてる。……もう一人の男の人は、かなり年上。おんなじように肩ぐらいの髪で、顔の額から頬に斜めに傷があるわ」
キースは息をのんで、目の前のミナを見つめた。
彼女の能力を最後までは信じていなかった。
今、彼女は本物だとキースは知る。
「彼らは……」
「彼らは、もう生きてはいないわ」
キースの問いに、ミナは言いづらそうに告げた。
キースが息を吸い込むひゅ、という音が喉の奥でした。
「彼らの後ろにも、うっすらとお坊さんたちが見える。……四人のおじいさん。彼らは、もう次の場所へいこうとしている。……あなたの後ろにいる二人のお坊さんは、よほどあなたのこと好きだったのね。あなたが気になって仕方がないみたい」
キースは自分の頬に熱いものが流れていくのを感じた。
「……男が泣くなんて、初めて見たね」
腕を組んでミナの後ろに立っているターニャが、キースの顔を見て軽く口笛を吹いた。
「キャンデロロ……パウルは。どんな……」
かすれたキースの声に
「穏やかに微笑んでいるわ。今、彼らは苦痛を感じてはいない」
ミナは首をゆっくりと横に振って言った。
キースは顔を手で覆った。
嗚咽が漏れる。
皆、助からなかった。
「……ターニャ姉さん」
ミナが後ろに立つターニャを見上げた。
ためらう様子で、ミナは口を開く。
「ヴィンセントの後ろにいる若い男の人。彼は、姉さんのことをすごく気にしてる」
ターニャは目を見開いた。
「……彼は、ターニャ姉さんに会えたことをすごく喜んでいる」
「うそ……そんな」
ターニャは組んでいた腕を外し、ミナの座るソファーの背をつかんだ。
「拉致された修道士はグレートルイス人だったはずだろう?」
ターニャは言って、キースの背後の空を見つめた。
ミナは首を振った。
「そんな……」
ターニャは、信じられないとばかりに目を見開いてつぶやくと、そのまま背を向けて二階へと階段を駆け上がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます