祝宴
パレード用の山車にゲストと幸運者たちが乗り、大通りを一周して広場に戻った後は、本日のメインイベント、ワイン、ビールかけ祭りが始まる。
大量のワインボトルとビール瓶が広場に用意されており、山車にのっているメンバーが最初に広場の群衆に向かってシャンパンをかけるのを合図に始めるのが慣わしだ。
もったいねえ。
飲まないのかよ。
デイーは乗ってる山車の背後に積まれているワインを惜しげに眺めた。
まあ、それが醍醐味なのだろうが。
一本くすねてもいいだろうか。
「ワイン、ねえ」
シアンがため息をついた。
離れたところにいるヴィクトリアを見て、
「嫌な思い出が蘇るんだけど。……まあ、いいや」
と、傍のデイーを見上げる。
「お前、酒なに飲むの? ビール派?」
「あんまり飲んだことない」
仕事場で調理用のワインを目を盗んで飲んだことはある。
故郷では馬乳酒を飲んではいた。
「つーか、お前、未成年じゃん」
びっくりした声でシアンが叫んだ。
「こんなことしていいのかよ。炭酸水とかに代えてもらった方がいいんじゃないの」
デイーは苦笑する。
「何だっけ。キエスタの乳酒?」
「馬乳酒」
「あれ、結構オレ好きだよ。飛行機で飲んだ」
真っ黒な瞳をきらきらさせてシアンは言う。
「アルコールほとんどないし、ヨーグルトジュースみたいなもんだけど。あれでは酔えないけどな」
ゼルダ人はかなり酒豪だと聞いたことがある。シアンもそうなのだろうか。
そのときシアンの後ろにいたアルケミストが、おもむろにワインを一本取り上げて、栓を開けた。
え。
じいさん、一人で先に飲んでもいいのかよ。
彼の行動を見ていたデイーと目があった彼は、こっちに来いというように合図した。
俺にもくれんのかな。
近づいた彼に、アルケミストはワインボトルを持たせた。
そして彼の手を支えて高く掲げさせる。
そのまま、ワインボトルを傾ける。
結果、近くにいたシアンの頭の上からワインの滝が流れ落ちた。
「……てめえ、デイー」
シアンが、額に髪を張り付かせながら振り向いた。
「アルも……。オレがどんだけこれに屈辱を感じるか知ってんだろ」
低い声で言ったシアンは、手に持っていたシャンパンの口を二人に向けて栓を開けた。
噴出される芳香の泡が、顔面にぶつかる。
例年と違ったスタートの合図に広場で歓声が上がり、メインイベントが始まった。――
******
「あー、すっげえ楽しかったよ」
広場から帰路に向かう人混みにもまれながら、シアンが息をついて言った。
「こんなに笑ったの久しぶりだな。……笑ってもスッキリできるってこと、忘れてたわ」
うん、確かにスッキリして心が晴れた。
デイーはこの国に来て以来、一番心が軽くなった気がする。
シアンは……やっぱり下着は着けてた。
シャツが張り付いた姿を先程確認して、残念なようなほっとしたような気持ちになる。
「なんで、せっかくの幸運やっちまったの? もったいねえ」
シアンが非難するように言った。
山車から降りてすぐ、階段で話した老女に会った。
彼女に、デイーはエメラルドグリーンの幸運を譲った。
「……明日、用事があるから」
「そっか、つまんねえなあ。カーレース、絶対面白いぜ」
残念そうにシアンは口を尖らせる。
デイーは、とりあえずホッとした。
後は帰ってから、ボスにどういう対応をされるかが心配だ。
ビールだかワインだかでジャポジャポ音を立てる靴で、デイーは歩きながら思う。
「オレのホテルすぐそこだよ。寄って、シャワー浴びてけば。服、貸すし」
シアンの言葉に、ああそうしようかなあ、と考えたデイーは突然昨日見た夢を思い出した。
昨日の夢の最後は。
こういう展開だった。
え。
ちょっと、まて。
デイーは、心臓が鳴り立てるのを感じる。
今日一日の展開は、夢に沿っているといえばいえるし、沿ってないといえばいえるし……。
「どうするよ、来る?」
あどけない目で、シアンがデイーの方に向き直った。
彼の腕に人混みの圧力で、シアンの胸が押し付けられる。
どうしよう。
デイーは、シアンを見下ろした。
目の前の彼が、今この瞬間から彼女にしか見えない。
……キエスタでは、婚前の男女がふたりきりになってはいけない。
いや、でもこいつ男だし。
……女でもあるよな?
どうなんだ、アウトなのか? セーフなのか?
見上げてくる彼女の濡れたような黒い瞳と、かすかに上下する鎖骨の息遣いに、デイーは昨日の夢の情景が重なる。
……ここは、キエスタじゃなくグレートルイ……でもなく、カチューシャ市国だ。
家族にはばれなきゃいい話だし……と、自分にいいきかせていたデイーは、自分の背後を見たシアンが身体を強張らせるのを、触れている身体で感じた。
「シアン……見たぜ。幸運者に選ばれるとはな」
デイーが振り返ると、人の群れの中の一人の男がシアンを見ていた。
「マシュー先輩」
そばにいるシアンが微笑んで答えるのに、デイーは違和感を覚えた。
人の間に身体を割り込ませるようにしながら、男は近づいてきた。
「……オレのドミトリーの先輩」
デイーを見上げてシアンは言う。
「先輩。同じ絵のモデルをしてるデイーです」
マシューは、デイーをちらりと見てからシアンに目を戻した。
デイーは、彼を好きになれないと思った。
今までに会った、キエスタ人を見下げる人々と同じ気配を感じた。
「俺の部屋に来いよ。シャワー貸す」
マシューは言った。
「ちょうどお前に話すこともあるし」
シアンは一瞬の間の後、にっこりと微笑んだ。
「……じゃあ、そうさせてもらおうかな」
え、お前ホテルすぐそこだって言ったじゃん。
デイーの目の前で、シアンは自分から離れて彼と肩を並べた。
「じゃあね、デイー。今日楽しかった。また」
シアンは振り返って笑顔で言うと、マシューに連れられて人の群れに消えていった。
味気ない一日の最後に、デイーは空虚な気持ちで二人の姿を見送った。
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