カチューシャ市国編

99話 夢の国

 飛行機から、近づきつつある下の国を見下ろしてシアンはうっとりした。

 西オルガンにこの間初めて行ったときにも、往復空路だったから、これで飛行機に乗るのは三回目だ。


 でも、さすがにカチューシャ市国の飛行機は違う。

 座席が広いし、ふわふわの絨毯だし、CAのおねーさんは破格に綺麗だし、一回くしゃみしたらおねーさんが毛布もってすぐ自分のもとにきたし、機内食はうまいし、飲み放題の酒類は種類が豊富だ。

 ゼルダ産ウォッカからグレートルイスのワイン、キエスタの馬乳酒にいたるまで置いてある。


 おのぼりさんなの、バレんじゃん。


 何杯目かのワインを口に含みながら、シアンはしゃっくりする。


 でも、仕方ないか。

 オレ、国外旅行初めてだもん。

 そりゃあ、浮かれるよなあ。


 ほろ酔い気分でカチューシャ市国を見下ろし、シアンは微笑む。


 やっと、来た。


 ドミトリーに入ったころ、図書館でキースとカチューシャ市国の写真入りの本を読んだ。

 いつか、二人でここに行こうって約束したっけ。

 可愛かったよなあ、あの時は。オレも、あいつも。


 先に叶えたのは外務局に入ったキースだった。

 少し遅れたけど、オレもついに来たわ。


 ……意外に早かったのだろうか、それとも遅かったのだろうか。



 シアンは、ぼんやりと夢の国を見つめた。

 カチューシャ市国、乾杯。

 シアンはグラスを少し持ち上げ、中身を飲み干した。


 ******


 スーツケースを引きながらシアンは空港内を見渡す。


 すげえ。

 本当に、半分は女だな。


 当然なのだが、自分の国とは違う風景にシアンは違和感を覚える。


 少女も、成人女性も、老女も。

 物珍しくつい目を向けてしまう。

 西オルガンではほとんどが美女だったけど。


 目の前に、黒いスーツにストライプシャツを着た背の高い男性を認めて、シアンは微笑んだ。

 灰色の髪に眼鏡をかけた男はシアンに向かって手を上げる。

 シアンは駆け足気味で男に近づいた。


「アル」


 笑顔で彼を見上げると、アルケミストも微笑み返した。


「ようこそ。……君とこの国で再会できるのを心待ちにしていた」


 シアンはアルケミストの首に片手を回し彼の顔を引き寄せる。

 キルケゴールとよく似て全然異なる彼。

 そのまま彼の唇に口づける。


 彼とは数回しか関係を持ったことがないけれど、他の誰よりも深く結びついていた。

 自分と一番魂が近い存在だと感じている。

 彼とは同類だ。

 この国に対する激しい執着心、憧れに。


 顔を離すとアルケミストは静かに笑った。


「君といると目立つ。注目を浴びるのは苦手なんだが、仕方ないな」


 周囲からの視線を感じて彼は言った。


「……ありがとう。来たよ」


 シアンは言って、顔中を笑顔にしてアルケミストに抱きついた。





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