第59話 急襲

 静かな夜だった。

 風はいつもよりひそやかで空は澄み、レモンのような月と満点の星が輝いていた。


 送別会が終わった後、片づけが終わり、カール修道士以外の皆は自室へと解散した。


 村人の一人が家畜の出産が長引きそうなので来てほしい、とカール修道士に頼みにきたのだ。


 カールは獣医もする。


 やれやれ、このままいい気分で寝ようかと思ったのに、とつぶやきながらもカールは村人の家に行った。


 明日の朝、ソビヤンコとドミニクは出発する。

 最後のここでの朝餉をなんとか豪華にできないものか、と厨房の食材を確認していたヴィンセントは外で何か音がしたように思った。

 厨房の勝手口に近づきランプで外を透かして見るが、月光にも照らされた外の風景はいつもと変わらないように見えた。

 カール様が帰ってきたのかもしれない、とヴィンセントは思い、部屋へ戻ろうと厨房から出ようとした。

 とたんに、走ってきたナシェにぶつかった。

 まともにヴィンセントにあたって倒れたナシェは鼻をおさえながら、ヴィンセントを見上げた。


「どうしたのですか、ナシェ」


 ナシェを立ち上がらせながらヴィンセントが聞く。


「外で車が止まっています。何人かの人の声がします」


 ナシェはヴィンセントに言った。


 一瞬思案した後、ヴィンセントは厨房にナシェを連れ込んだ。


「先生」


 不安げな声を出すナシェをヴィンセントは食材を入れる納戸の中に座らせた。


「ここで、大人しくしていなさい。私が迎えにくるまで。いいですね」


 言って納戸を閉める。



 ヴィンセントはランプを消し、厨房から出た。

 満月まであと数日の膨らんだ月の光が少ない窓から差し込んでいる。

 足音をしのばせて、厨房から一番近いソビヤンコ修道士の部屋へ向かう。


 ノックすることなく静かにドアを開けて部屋に入る。

 寝台は寝具がめくられたままで、部屋はもぬけの殻だった。


 彼はどこへ行ったのか。


 ドアの後ろに隠れていた男の気配に、ヴィンセントは気づくのが遅れた。

 後頭部を男に銃床で殴られ、ヴィンセントは倒れた。



 

******


 


 礼拝堂に修道士たちは集められた。

 ファンデイム、キャンデロロ、ソビヤンコ、サム、ビルケナウ、パウルの6人は、壁際に背を付くようにして立たされている。

 ソビヤンコ、サム、ビルケナウの3人は、寝間着のままだった。


 ターバンに鼻と口を覆う覆面をし、目だけ出してる5人の男たちは銃を持ち、彼らを囲んでいた。

 時折、彼等が交わす会話は耳慣れない言葉で、キエスタ南部の言葉だと思われた。

 ファンデイムには理解不能だったが、パウルにはおおよそ分かっているようだった。


「キエスタごが、わかるものはいるか」


 男たちのうちの一人がたどたどしいグレートルイス語で聞いた。


 ファンデイムとパウルが目を合わせた後、一歩前に進み出た。


「おまえ、みんなにつうやくしろ」


 パウルが選ばれ、銃を背中に突きつけられる。


 男たちのリーダーであろう男が話し始めた。


「……我々は、南部独立戦線の兵士である。君たちを、人質とする。君たちの国が、我々の要求をのめば、君たちを解放する。それまでは、大人しく我々の言うことを聞け」


 パウルが男の言葉の後に続いてグレートルイス語で話す。


「これで、全員か、と」


 パウルが言って修道士たちの顔を見た。


 キャンデロロを始めとして、修道士たちは男たちに向かって頷く。


 男がまたキエスタ語で何か言った。


「医務室があったが、医者はここにいるのかと。仲間が怪我をしているようです」


 パウルが告げた。

 そのまま、彼はキエスタ語で兵士に答える。


『最近まで居たが、帰還命令で先に帰国した』


 ファンデイムだけがパウルがなんと答えたのかを理解した。


「薬は好きに使っていいと。他に医療行為が出来る者はここにいないと、伝えてください」


 ファンデイムが告げるとそのままパウルは兵士に伝える。


「ここは、神の家です。血を流すようなことはしたくない。私たちは君たちの要求に従う。だから、乱暴はしないでくれと」


 ファンデイムの言葉を続けてパウルはキエスタ語で兵士に話す。


 ヤー、と答えて兵士は頷くと修道士たちの顔を見た。


 その時、二人の兵士が礼拝堂に入ってきた。

 二人はリーダーの兵士に何かを告げる。


 聞いていたパウルが言った。


「……ヴィンセントとナシェが見つかりました」


 修道士たちは驚いてパウルの顔を見る。


 リーダーの男が修道士たちに視線を移した。

 キャンデロロを真っ直ぐに見つめている。


『嘘をついた』


 キエスタ語で彼がそういうのが分かった。


 次の瞬間、彼は銃でパウルの頭を射った。




 誰かが大きな声で叫んでいる、とキャンデロロは思った。

 それが倒れたパウルにすがりつく自分の声だとは気づかなかった。


「パウル!」


 絶命した彼の身体の下に、血の海が広がり始めた。


「彼はこの国で生まれた! 戦争の落とし子ですぞ!」


 キエスタ語でファンデイムは叫んでいた。


『知ってる。見りゃ、分かる』


 男は答えた。


『人質には力不足だ』


 覆面から覗く目で彼は笑ってsorry、と言った。


 キャンデロロの悲痛な叫び声が続いていた。


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