第1話 6:05
見上げた先の時計の針は、もう朝の7時を超えている。
ミカは、ようやく重い腰を上げ、兄のミツキの部屋へ向かった。
コンクリート打放しのこの家は、どこにいても、冷たい。
この家でただひとつ、小さな窓があるミツキの部屋にだけ、太陽の光が差し込む。
一筋の陽を浴びている目覚まし時計は、6時5分で永遠の時を止めていた。後ろ側半分が無残につぶれた時計を、ミカは今月いくつゴミ箱に投げ込んだだろうか。ガコン、という音が部屋に鳴り響いても、ミツキは目を覚まさない。まだ7月だというのに、ろくに布団もかけず、無防備な姿を晒していた。
「ねぇ」
ミカはミツキの肩を揺するが、起きない。
「ねぇってば」
軽く頬を叩く。起きない。死んだように眠るとはこうゆうことか。
「こら、起きろ!」
腕と脚を掴み、ベッドから引きずり落とした。全身を強打したミツキは、ようやく目を覚まし、床からベッドに這い上がってきた。
「いってぇ~・・・お前なぁ!なにすんだよ!!」
「1度で起きてくれない兄さんが悪いよ。もう7時20分だからね」
「うそだろ・・・それを早く言えよ!!」
ミツキは飛び起き、部屋着を脱いだ。
だいたい、毎日がこの繰り返しだった。ここまではごく普通の、幸せな、家庭に見えるだろうか。
スクールの制服に着替えたミツキは、パンをくわえながらタブレット端末を操作した。上へ下へ、右へ左へ、ミツキの動く指先を、ミカは見つめた。オレンジジュースを飲みながら。
「今日も、ある?」
「俺達の仕事は、年中無休だろ」
ミカの手元に置いてある、タブレット端末の画面が光った。映し出された文字や、写真を、ミカは見ない。
「そいつが、今日の
タミアという性は、何十年も前から人々に恐れられ、嫌われている。依頼ひとつでどんな人物でも迅速かつ丁寧に”
「ミカ~。18時には絶対に家にいろよ!」
「それはこっちのセリフでしょ。いつも遅れるのは兄さんの方だよ」
「あ、そうだっけ?じゃ、学校遅れるから、先行くねー!」
ミツキはヘラヘラと笑いながら重たい扉を押し開け、飛び出すと、すぐに姿が見えなくなった。兄を見送ったミカも、静かに靴を履く。
日中は普通の子どもと同じように、学校で授業を受ける。勉強なんてしたって意味がない、友達を作ってもしょうがない、ミカはいつもそう呟くが、父は必ずこう言う。”物事に意味を求めるな”って。小さい時から教え込まれたそれは、幸せを導く魔法の呪文であるような、不幸を招く死神の囁きであるような。
大通りはスクールに向かう生徒で溢れている。制服のバリエーションは豊富で、女子は流行のフレアスカートを着用している人が圧倒的に多い。夏の日差しにふわふわと揺れるスカートとは対照的に、八分丈のタイトなパンツを愛用するミカ。ほんの少しだけ、露出した恐ろしいほど白い肌が、まるでそれを照らしているかのように、アスファルトの端に咲いた小さな小さな花を見つけ出した。その名も分からない、”雑草”というものかもしれない。ミカの瞳に捕らえられた、その名もなき花は、当然何も言うはずが、ない。
「痛い 痛い どうして 助けて」
ミカはすぐに目を逸らし、首に掛けてある大きなヘッドフォンを、耳に当てた。小さな花の真上に、足を振り上げ、身体がそのまま固まる。何かを思い、そのまま花に背を向け、スクールに向かった。何を思ったかは、忘れた。
ころしやさん 渡瀬八重 @jeremy_88
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