第2話/9



――障害が上に二人いる。少女は自分のリズムを整えるために、一度だけ深呼吸をした。

 上空には螺旋を描いた後、滞空してこちらを見下ろす【不思議の国ワンダーランド】の双子。更に上、太陽を背にして彼女の“居場所”とそこに居座る青いドレスの少女がいた。


 惜しげもなく光を振りまく太陽に負けじと、赤いワンピースの少女――ドロシーの駆るFPボード<サンデイウィッチ>が光の粉をリング状に撒き散らしていた。



「……ふうっ! つまり、そういうコト? アンタたちの狙いはあたしたちが狙ってるお宝じゃなくて、カカシ。あはっ! 随分と欲張ったじゃない」

 見上げる目が穏やかでないのは逆光のせいだけではない。頭上のライダー全員に、隠そうともしない敵意を込めてのものだった。それを涼やかに受け流しながら双子――ハンプ=ティーとダンプ=ティーは互いを見やって返答する。


「ご名答、ご名答だよドロシー! アリスがさ、どうしてもカカシが欲しいって言うんだ! じゃあボクたちは乗るしかないよね。だよねえダンプ」


「そうともハンプ! 【怪盗】不思議の国ワンダーランドは、狙った獲物は逃がさないんだ。それがたとえ、生きてる人間だってさ!」


「「でも、アリスはお前らOZはいらないんだってさ。だからドロシー、お前はここで落ちちゃえよ」」


 巨大な翼を広げるように二手に分かれる双子。大幅な旋回は容易く視界から消え去り、ドロシーの両耳に<ジャバウォック>の轟音だけが響いた。ドロシーはギリ、と歯噛みする。

 ――こんな奴らの相手なんてしてる場合じゃないのに。早くあたしは、カカシの所に――

 光の粉が爆発した。サンデイ・ウィッチが跳ね上がる。荒波を進むモーターボートのような豪快なエア・ライド。視界から消えたなら追わない。そんな事よりも、優先させるべき事項があるのだ。

「おいおい! 無視すんなってばドロシー!」

 右から双子の一人が現れた。ハンプかダンプか。ドロシーに双子の見分けはつかない。真横からの突進を、

「うっざいのよッ!」

 更なる加速上昇でかわす。猛牛の突進を受け流すマタドールのような華麗さはない。どちらかと言えば、猛牛は少女の方だ。少女のワンピースも赤いが、それよりも赤い――真紅の飛行艇に向かい、愚直ともいえる程シンプルで素直な、それ故に手の付けられない上昇速度をもって一撃をやり過ごす――!

 


 それがドロシーのスタイルだ。小手先のトリックなんかは身に付けず、がむしゃらに“上”を目指して飛ぶ……FPライダーの原初にして、飛べば飛ぶほどに遠くなる空に、誰もが諦めてしまう道。ミリオンダラーに位置づけられるよりも前。強盗を始めるよりもずっと昔から。ドロシーはそのスタイルを貫き続けていた。

 

 地上から見上げる人々は一様に、をドロシーの上昇に連想していた。

 カカシの乗る飛行艇――レイチェルが近い。もうすぐ届く。カカシの顔が見れる。そうしたら笑おう……だって、それが彼女の、唯一ともいえる役割なのだから。









 ――だが。それを易々と許すほど、不思議の国のティー兄弟は安い障害ではなかった。


「トリックトゥ“ラウンド・アンド・ラウンド”――」

 上しか見ていないドロシーはまだ気づかない。地上で見上げる人々だけがそれを見ていた。ドロシーを仕留められなかったハンプは加速も針路変更もせず、その先に待ち構えていた自らの分身……ダンプの手を取り――

「――“エルグランド・ホイール”ッ!」

 ダンプはハンプのスピードを原動力に、自分を軸にして、分身を旋回させる。一回転、二回転……三回転目で、双子は繋いだ手を放した。回転により蓄積された推進エネルギーを得たハンプの上昇は、容易くドロシーの上昇スピードを追い抜き――

「駄目駄目! 駄ぁ目だってドロシー! そんなんじゃ!」

「きゃっ!」

 

 次いで生み出した暴風が、彼女のを完全に封殺した。間も置かずに追撃するダンプ。一度は詰めた距離が、再び開く。ドロシーはまず、動きを止められた。

「相っ変わらずストレートだねえドロシー! 昔と何にも変わっちゃいない! カカシへの執着もさ!」

「それはどうかなハンプ。そっちに関しちゃ、今の方がもっと酷いんじゃないかな」

「それもそうだねダンプ。でもでも、わっかんないなぁドロシー。ボクが、ボクらがお前の立場なら、間違ってもそんな風にはできないよ!」

「そうともハンプ。ドロシーは残酷だよ、ドロシーは残酷なんだね」

「残酷というよりは鈍いんじゃないのかな、ダンプ」

「な、に……よ」

 睨み上げるドロシー。にやにやと笑いながら見下ろす双子の言葉が、ドロシーの心も止めた。


「「カカシをのは、お前だろう? それがどうして、隣で飛びながら、笑ってられるんだい?」」

「――――」

 突き刺さる。

 実を言えば。双子のトリッキーな動きなんて、上昇を止められてもまだ、いらつくだけだった。ドロシーにとってはその程度の存在だった。毒づいてやりたい相手は、そんな相手に遅れを取る自分自身の未熟さだけだったのに――

「可哀想なカカシ。アイツには“空しかない”って、ドロシーが誰よりも知っていたはずなのにねえ!」

「あぁハンプ。もしアリスがカカシで、ボクらがドロシーだったらどうだろう。ボクは駄目だよハンプ。ショックで自分の足を切ってしまう!」

「ボクだってそうさダンプ。たとえそれがアリスの望んだ結果だとしても、その重みってヤツだけで、ボクは空が飛べなくなるさ!」

 

 言葉の軽やかさとは裏腹に、少女を追い詰める双子の顔からは、笑みが抜け落ちていた。

 代わりにあるのは軽蔑の眼差し。ドロシーに向けられた敵意は、その二人分だけであるというのに……彼女は、双子の口を通じて、怨嗟の言葉を投げかけられているように感じていた。



「ねえ、どんな気分なんだい? アイツからおきながら、隣で自由に空を飛ぶ気分ってのはさ」



「カカシには聞いてみた? ホントはとっくに飛べない自分の横で、楽しそうに飛んでるヤツをどう思うのかってさ」

「――――、――――」

 見上げる少女の目には、力がない。ただ太陽が眩しいから、という言い訳でも用意しないと説明ができないほどに弱々しく、細められていた。


「だからさ――責任取って、落ちちゃえよ」

「そうそう、なんたってお前が」







 そうして、ついに瞳が伏せられた。風に揺れる飴色の髪。小さく震える、小さな肩。


 双子は、とどめの台詞を口にした。


























「「――お前がなんだからさぁ!!」」

 その名前に、どれだけの意味があったのか。



 見上げることをやめ、伏せられた瞳に宿ったモノを双子が理解するのは、そのすぐ後の事だった。

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