強盗童話

冬春夏秋(とはるなつき)

『開頁』

足無しカカシと妖精の粉

第1話/1

 ロンドン郊外を一台のベンツが猛スピードで駆け抜ける。


 ランチャー砲のオレンジ色が着弾、コンマの間を置いて爆発音。そして建物は炎上した。それから、中に居る人々の阿鼻叫喚あびきょうかん


 地獄絵図のレシピは、適当な場所と適度な数の人間。それから兵器のひとつふたつ。それだけあれば事は足りて、この惨劇は画策かくさくした彼らにとって当たり前の結果である。


 そう。計画は綿密に練られ、今まさに実行されたのだ。


 ロンドンの活気ある平和な日常が一変する。ドラマかアニメか、はたまた漫画か。そんな荒唐無稽な展開に誰もが付いて行けず、パニックは続いている。

 そんな中、元凶であるランチャー砲を放ったスーツ姿の男が、同じ格好の仲間ふたりと一緒に悠然と建物に入店した。


 ヨーロッパから世界中に名前と商品を発信するいくつもの有名ブランド企業が競合して企画をし、新たな時代の幕開けと意気込み、本日ついにグランドオープンを果たした合同ブランドショッピングビル。それが今回のターゲットである。


 外のパニックも相当なものだが、ビル内の地獄っぷりに比べればなんと平和なことか。だって外の連中は降って沸いた大惨事に騒ぎ立てるだけだ。不幸にも中に居た人々はそんな元気はない。元気どころか声を出すための口がなかったり、わらにも縋る気持ちなのに、掴もうにも腕がなかったり、そもそも助けて欲しい命がない人だって沢山いた。


 そんな中をマシンガン片手に、テロリスト寸前の強盗たちはウインドウショッピングでもするかのような気軽さで崩壊したフロアを物色し、タイムセールに殺到する主婦さながらの豪快さで商品を手に入れ、辛うじて五体満足どころか奇跡的なまでに原型を留めた服装からショップ関係者と解かった男の胸ポケットに自分たちの名刺を差し込むというジョークも忘れず、台風のように立ち去った。おしまいに店内から外へと向けてマシンガンを掃射。群がった野次馬を追い払って、ネクタイを緩めながら退店を済ませた。


 ランチャー砲の着弾から十分以内での退散。騒ぎを聞きつけた警察の追跡が遅れたとしても、それを責めるのは少し気が引けるというものだ。


 誰だって黒塗りのベンツの窓から映画でしか見ることのない兵器が顔を出すことなんて予想できない。走り去る車からおまけとばかりに放られた手榴弾は更に被害者を増やし、それも相まって警察の対応は遅れに遅れた。


 時速二百キロオーバーで走り去る黒塗りのベンツは、なんというか高級志向のルパン三世のようだ。被害の重大さを嘆くよりも、苦笑と反応が欲しいゴシップ誌は事実、その後になって事件の記事に『インターポールの日本人警部がいれば捕まえられたかも?』なんて皮肉った文面を載せている。



 ――二十一世紀。携帯電話はすっぽり手に納まるサイズから小型化せず、代わりに電話である事の意味が危ぶまれる程の機能を詰め込み始めたこの時代。

 

 十九世紀を“開拓と蒸気機関の時代”、二十世紀を“戦争と核エネルギーの時代”というような具合に代表をふたつ挙げてみるとしよう。


 二十一世紀代表。そのひとつは紛れも無く【彼ら】だろう。


 人類史が始まって以来、貨幣というシステムが生まれて以来、かたくなに【時価】を守り続けているモノ。時にソレひとつが地球よりも重く、けれど場合によってはカビの生えたパンひとつよりも価値のないモノ。

 

 それがであり、また個々人によって著しく不平等に価値が違うモノ。

 

 どんな時間と金と人員と物資を積み立てても、守らなければならない個人があり。

 

 どんなに小さくあろうとも、時間も金も何もかもを費やすことが愚かな程に無価値な個人がある。


 そんな風に目まぐるしく変動する人命の価値の中において常に一定。世界中の誰からも一目瞭然で【命の値段】が確定している【彼ら】。人類が月に到達して久しく、地球上の未開といえば、もはや光の届かない海底ぐらしか思いつかないような二十一世紀の現代において、とても時代錯誤に。けれどこれ以上代表はない、二十一世紀代表。


 ――【賞金首と賞金稼ぎ制度】である。


 文明の駆け足みたいな進歩と共に爆発的に増えた犯罪者――有体に言って悪である。善と悪の違いについては今もって議論の余地が余すところなくあり、それこそ個人の見解というやつが千差万別であろうが、もっと簡単に。

 宗教的概念とか個人の主義だとか色んなものを考えなくても、ごくごくシンプルに【悪人とは何か】を問われれば、これに尽きる。



 ずばり【悪い事をする人】だ。


 汚し、奪い、殺し、犯し、侵し、狂い、罪で、それでいて様々なものに迷惑をかける存在。つまるところの犯罪者。世界の酷いところを挙げるならば、正義の数が圧倒的に足りない程に、量も質もこの世界では悪の方が上なのだ。


 その為に社会は。正義は。二十一世紀にもなって、科学万能な時代にもなって、そんな制度を導入した。正義が悪を狩りきれないならば、


 そんなわけで西部劇だとか漫画だとか小説だとかゲームだとかアニメの中でしかお目にかかれなかった【賞金稼ぎ】という職業が本当に産まれてしまった。


 履歴書の職歴に書くとかえってマイナス要素になりかねない、けれど一部にはヒーローで、あるいは誇りを持って「将来の夢は、賞金稼ぎです!」と言ってしまえる、そんな夢いっぱいな現代の【狩人】。

 

 世界中に彼らをサポートする機関が存在し、世界中で彼らの食い扶持ぶちを金に替える場所があって、世界中の人々に巻き込まれたくはないなぁと疎まれる。

 

 自らの価値を決められた賞金首と、それを狩る賞金稼ぎの存在する時代が、この物語の舞台である。


 当然ながら、主役は今回ロンドンを、いやイギリスを、いやヨーロッパを、いや世界中を大いに沸かせたにおいて他ならない。



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