第10話/2



/その前に。




 彼について。



 曰く。

『……僕が来た時にはもう居た、と思う。その頃の僕には居ても居なくても変わらない、窓辺の観葉植物みたいなものだった』



 曰く。

『俺がオヤジさんの世話になる前からオヤジさんのところに居た。だから経緯を知りたがるっつーような事はなかったんだよなぁ』


 曰く。

『えー? どうだろ。あたしが赤ちゃんの時に撮った写真に一緒に写ってたよ。あっ! でもカメラ見ないで横見てたっ』



 曰く。

『わん!』




 とのこと。



 年齢は三十代後半。身長は四人の中で最も高く、百九〇センチに届きそうなほど。また体格も良く、どことなく映画の始まりに映し出される海岸の岩を連想させる。



 判明しているパーソナルデータはそのくらい。おそらくは日本人で、おそらくは本名ではないその呼び名はたったの二文字。


“破壊”の技術に関しては言うまでもなく。およそ彼の所属していたであろう場所から今現在に至るまで、その破壊技術に並ぶ者はいないのだそうだ。


 どうしてそこまでの技術を獲得するに至ったか。


 なぜ、その技術を修めようと思ったのか。或いは修めることになったのか。


 それを知っているのは、ともすれば当人だけなのかもしれない。



 まるで、既に出来上がった状態で登場したかのようだ。





 それはまるで。欠落、あるいは完成までのプロセスが一切明かされずに出会い――


『油を注せば身体は動く。だけどね……私には、どうやら心というモノが無いらしい。無いものは動かせない』


 童話において少女にそう告げた、ブリキの木こりのように。






 ミリオンダラーの二番。【大強盗】OZの“壊し屋”。


 彼――スズについては今のところ、それくらいしか語ることのできる部分がない。



 もしかしたら、の話。


 彼の過去というものは、今まで彼が通って来た道のように、ことごとくが破壊されてしまっているのかもしれない。








/そうしてその朝は。




――四人中二人が文句を言いそうで、残りの二人が満足そうに頷くような、静かな時間の流れ方をしていた。



 騒ぐこと担当の二人の姿はリビングには無い。


 少女はまだ部屋で眠っているのだろう。


 青年はそもそも昨夜、このアジトに戻って来てはいない。



 立地柄、大きく作られたガラス壁の向こうには入り江の砂浜が朝日できらめいている。


 僅かに聞こえるさざなみの音。これなら、この時代に取り残されていたものを復活させた骨董品レコードに針を落とさずとも良いのだろう。


 静かではあるが、決して無音ではない朝のひと時。


 テーブルには二人分の皿――既に食べ終え、パンくずがわずかに乗っているだけである――と、湯気を立てるカップが二つ。




 一つは紅茶党の少年が愛用しているリチャード・ジノリ。中にはイングリッシュブレックファストが淹れられている。


 もう一つはマイセンの双剣のロゴが入ったシンプルなカップ。こちらにはコーヒーが入っていた。



 カップを置いて、少年が口を開いた。実に朝方の「おはよう」という挨拶以来の会話である。



「……スズはコーヒー党だよね。僕はまだ、ソレの良さがわからないや」



 ぱさり、と読んでいた新聞を折りたたみ、スズは少年……カカシの顔を見た。





「あぁ。元から好きだったわけではない、だ。それに紅茶も嫌いじゃあない、だ」



「慣れるものなの? 僕もいつか美味しいって思うようになるのかな」


 紅茶の入ったカップを眺めながら。問うているようでもあり、独白のようでもあるような言葉を拾う。


「……なんにせよ、結論は出る、だ。いつか、おれのように慣れるか。どうしても好きになれない、と遠ざけるか、だ」


 ふぅん、という小さな相槌あいづち



 スズはブラックのままのコーヒーを一口飲んで、カップを置く。




「……砂糖やミルクを入れれば、少しは飲めるかもしれないな、だ」


 それから暫く。居心地の悪さを感じさせない沈黙の後、スズはそう付け足した。



「スズもそうだった?」


 あぁ、と頷く。



「昔はどうして、こんなに苦いモノを好んで飲むのか解らなかったからな、だ」



 コーヒーがぬるくなるほどのミルクと、角砂糖は二つ。

 

 そう、男は少し、ほんの少しだけ。


 そんな些細なを、顔に走る傷に比べればあまりに目立たない、密やかな笑顔で付け足した。




「……そうなんだ」


 常に気だるそうな瞳の少年も、それを聞いて、同じくらいの小さな笑顔を浮かべた。


 その平穏はもう少しだけ続いて、紅茶とコーヒーの入ったカップが空になる頃に終わった。


 申し合わせたかのように自室から降りてくる少女、ドロシーの足音。


 遠慮なしに音を響かせ、開いた玄関の扉から現れる青年、レオ。



 それだけで途端に慌しくなるリビングに、スズは再び新聞を開き。


 カカシの眉はひっそりと寄るのであった。

 



 今日から暫く、OZの強盗行為おしごとはオフ。


 なんとも世間に優しい休日である。



――あくまで、世界を騒がす八組の賞金首たちミリオンダラーの【二番】が活動を休止していた、というだけの話ではあるが。



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