第7話/3


――それでは。彼女セイラの話した、ノンフィクションの顛末を。





「失礼」


 開かれた扉の向こうでは、絢爛を絵に描いたような世界が広がっている。

 そこに足を踏み入れる前に、文字通りの門番の仕事に付き合う。今夜の来賓の、誰もが通る、最初のチェックポイントだ。


 ガードマンでなければ、まるで傭兵か特殊訓練を受けた軍人か。やましい事などひとつもないのに、見つめられるだけで目を横に逸らしてしまう類の屈強さを持った白髪の大男に招待状を見せる。


 扉に構えるもう一人も、系統は違うが雰囲気としては似たり寄ったりなものだ。こうも物々しい出迎えは、今夜の催しを考えればほんの少しだけているようにも思えた。


 各界の最重鎮が出揃う、とは言い難い規模。けれどそれなりに立場のある人々が集まっているし、きちんと出入りの確認をチェックする、というのもこういった社交の場では当たり前でもある。高級車を駐車場に運ぶ、専用のキーマンも雇用されていて、彼らのようなガードマンと連携を行う警官も居て然るべきというところ。



 だが。催される夜会の規模に対して、その警戒レベルは本来の数段上に設定されている。ドレスコードはしっかりと守らせているものの、会場である豪邸の中に外に居る“来賓”ではない連中は、社交界に相応しくない物騒な香りと物を装着していた。


 専業賞金稼ぎ――通称【カラーズ】。一概に彼らがこういった場に現れる事は無い、とは言えない。彼らの中でもに分類されるであろう者たちも居るには居る。けれどもやはり、本来はカラーズの側からしてみれば『用が無いイベント』だ。


 ついでに言うのなら、配備された警察官の大半は地域密着型の地元国家公務員――ではなく。有事の際に彼らを指揮、連携するだけの規模と力を持った司法の番犬……【世界警察】のバッヂを胸にほこる、である。



――さもありなん。入場が始まり、もう少しすれば主催者の挨拶に盛大な拍手で溢れるであろう今回の夜会は、来賓がそれぞれ持って来ている招待状とは別の、ある一通の『予告状』が加わっただけで、この有様になったのだ。



 欧州を活動拠点に、世界中を沸き立たせる八組の劇場型犯罪者が一。


 ミリオンダラーの八番。【怪盗】不思議の国ワンダーランドの予告状である。


 当然ながら警戒レベルは想定をぶち抜き、あれよあれよと言う間に対策本部まで設立され、ようし任せろ出番だな、というわけでカラーズまでもが礼服に身を包んで参上。来賓をチェックする最初のガードマンの質がこうも物騒なものに変わったのも納得だ。


「……確認が取れました、ミス・キャロル。失礼ですが、お連れ様の招待状も拝見させて頂けませんか。なにぶん、今夜はなもので」


「あら。どうしましょう、彼の招待状はないの。今夜はお父様の代わりに、わたくしが足を運ぶ事になって……」


 ガードマン二人が顔を見合わせる。当の男だけが、そっと息を吐いた。


「キャロル嬢。彼らも仕事だ、あまり貴女の悪戯心でそれを妨げてはなりません。

……失礼。私は確かに招待状を持っていないが、こちらで確認を」


 質の良い燕尾服の裏から、白手袋の指に挟まれて提示させられる銀色の金属製のカード。受け取った大男が耳に当てた無線で照合を行い、もう一人が組み合わせを不思議がるように赤毛の美男子を見た。


「……貴方は、カラーズ?」


「はい。キャロル嬢とは縁がありまして。それで、例の予告状でしょう? 彼女の父君から、別途給金も頂けるとのことで、護衛を兼ねて同席させて頂くことになりました。他の同業者には悪いのですが、仮に【八番】を取り逃しても私だけは損をしない、得な役周りなんですよ」


「確認が取れました。カードをどうぞ。ミスター・オリヴィエ。それではどうぞ、良いひと時を」


「ありがとう。さぁ、行きましょうオリヴィエ」



 


 煌くシャンデリア。歓談に笑う来賓たち。招かれた楽団の奏でるセレナーデ。足音を立てずに、用向きに応え会場を回る給仕たち。内外と手首に当てた無線で遣り取りをする幾人かのカラーズ。



 そうして二人は夜会に足を踏み入れる。

 ミステリーでは無いので、特に隠すような話でもないだろう。


――かくして、


 これより暫くの後。この郊外の屋敷からパリの凱旋門まで、悲鳴と大歓声が一直線に走り去ることとなる。


 今はまだ、物騒さを押し隠すように人々は話に花を咲かせ、ガードマンは逐一来賓のチェックを行っては迎え入れる。


 それだけの、わりと平和な時間だった。


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