第9話/5


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 資材搬入用の裏門から、レオは堂々と館内に足を踏み入れた。


 左手には今朝、直前になって花屋に包んでもらった、真っ赤な薔薇の花束。



 防犯用ゲートを潜ると同時に、当たり前のようにブザーが鳴る。


 裏門から来るような出で立ちでは無い格好の訪問者に、怪訝な表情を浮かべながらも担当警備員はお決まりのボディチェックを開始。


「金属類は全部見せて。アンタも【カラーズ】か? ライセンスの提示を――」


 手で開かれたジャケットの裏には――獰猛さが一目瞭然な、拳銃と呼ぶにも物々しい、銀色の銃が呑まれていた。


 思わずその男を見上げる。サングラス越しに合わさる金色の視線――瞬間。



 ゴ、という鈍い音とともに警備員は高速で天井を見上げていた。そして意識を手放す。……痛みは、お陰で感じずに済んだ。



 レオの右手には、手品のようにその拳銃――レイジングブルマキシ・オーバーカスタムが握られていた。


 銃底で警備員の顎を鮮やかに打ち上げたレオは、そのまま歩みを再開させる。



 ――“堂々と踏み込んで行う強盗行為”が売りである【ミリオンダラー】の二番を迎え撃つにあたって、ハズレくじを引かされたと思っていた裏口詰めのカラーズが、欠伸交じりにブザーの鳴った方を見る。眠気は瞬間的に吹き飛んだ。



「ま、マジで出やがった――【OZ】ッッ!」


 驚愕の隙間に食らい付くような踏み込みからの急接近。トンファーのように左手の中でくるりと反転するレイジングブル。


 賞金稼ぎは手に持った銃をレオに照準させる間も得られず、警備員と同じように顎を打ち抜かれ気絶する。……銃底と銃口の違いはあったが。


「……防弾ジャケット着てンじゃねえか。効果の程はどうかねぇ?」


 追っ手が辿り着く、その直前。レオは気絶させたカラーズを引き込み、入ったエレベーターのボタンを押す。


 閉じていく扉に刻まれる無数の弾痕。そして、最大音量で館内に警報が鳴り響いた。




 ――業者・職員用エレベーターの到着階は地下、一階、二階、そして最上階である三階。レオ……OZの獲物はその三階に納められている。


 そして、当たり前だが二階の時点でエレベーターは一度止まった。


 ミリオンダラー。世界を最も賑わす八組の劇場型犯罪者。その二番目。


 社会の表舞台にも裏舞台にも鮮烈に名前を刻む印象は『とにかく派手に行う』だ。


 その中でもアタッカーのレオと、壊し屋スズの迷惑のかけ方は度を抜いている。


 今回、今の処――ではあるが、図書館全体が無事、というのは連中OZにしては状況でさえある。



 以上を踏まえて、高額賞金首を討ち取るにあたり、二階エレベーター昇降口で待ち構えているカラーズには共通の認識が生まれていた。


 ――降伏勧告をして、生け捕りなんてもってのほか。証拠になる程度に原型を留めていさえすれば、問題はない。


 ぽーん、という間の抜けた音と共に、レオを乗せたエレベーターが開く。


 同時に、中に向けて溢れんばかりの銃弾が叩き込まれた。


 中に居た人影はレオと確認できる間もなく壁に打ち付けられ、拳銃とマシンガンの掃射が終わるまでびくんびくんと無様なダンスを踊り続けていた。


 そして、火薬の匂いにけぶる視界の中、ずるずるとエレベーターの床に足を投げ出して崩れ落ちる。



 それでも最大限の警戒を持って、二人のカラーズが確認をしようと、歩み寄り――同時に顔を引きつらせた。


「違う…………!?」


 彼らが見たのは、銃の掃射に遭ってなお原型を留めている――果たしてその用意は良かったのか悪かったのか――防弾ジャケットを着込んだカラーズの一人だった。


 言葉通りに九死に一生。呼吸すらままならないが、生きている――ことを確認できたところで、次の疑問がカラーズたちに浮かぶ。



 ――では、



 その答えは、一際大きな銃声と共に訪れた。


 一瞬で確認に来た二人が崩れ落ちる。それぞれが右肩と左肩から、花を咲かせるように血を撒き散らせながら。


 二度目の驚愕が残ったカラーズを襲う。


 やはり、その息を呑む――というタイミングを食らうように。


 扉付近の上から、姿レオは両手にレイジングブルを握っていて。


 どごん、どごん、どごん、どごん、どごん、どごん。


 テンポ良くリズミカルに、両手に持った二挺拳銃が合わせて六発。各三発ずつで、残った六人を綺麗に仕留め終わる。




「よ、っと」


 鉄棒を一回りして降りるようなアクション。乾いた靴音がエレベーターの床に響いた。


 二階到着からドアが自動で閉まるまでの三十秒。


 ――応援に駆けつけたカラーズが見た者は、二人減らして倒れ伏す同胞六人の姿だった。


 積載人数が二人増えたエレベーター内部。レオは再びドアが開くまでの間に、一挺の弾倉を入れ替える。



 そして目的地――三階のドアが開いた時。出迎えは無かった。


 深呼吸を一回。


 床の隅に置いてあった花束を拾い、レオはエレベーターフロアを抜け、


【関係者以外立ち入り禁止】とプレートが張られたドアを開ける。


 ……鍵は、かかっていなかった。




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「チャーオ。熱烈な歓迎恐れ入ったぜ。【赤】のカラーズさんよ」


 図書館というよりもオフィスのような近代的、かつ無機質な広い部屋の中心には、ガラスのショーケースに、まるで貴金属のように囲われた一冊の本がある。


「凡百の賞金稼ぎでは手傷ひとつ負わせられない、か。……ならばやはり、我らが“朱雪姫”の意向通り、汝の相手は私がしよう。“四ツ牙ライオン”、レオ」


 残る障害はたった一人。


 専業賞金稼ぎ【カラーズ】最高の『五色』が一。

【赤】を冠する、FPライダーのみで構成されたチーム<スノウクリムゾン>のサブリーダー。


 黒いロングコートに黒髪。左の額から顎までと、頬の両端までに交差した紅十字をその顔に刻む青年。


「……“魔法の鏡”、エル。そうすっと、それが噂のボードか」


 剣を立てるかのように、エルの前に立てられた大きな銀色の十字架。


 マーダーエンジェルスシリーズ。モデル<ジャッジメント>。



「空を飛べない身としちゃ、足の付く場所でライダーに遅れを取る気なんざまるで持ち合わせちゃいねえが、ショウタイムだ。――貰うぜ、その本……ッ!」


「……良かろう。我々には汝らの獲物を護る義務などないのでな。私を退けられるというのなら、その暁には持っていくが良い」


 踏み込み、銃を構えるレオに対し、同じようにエルも踏み込んだ。


 ――屋内で飛ぶもクソもない、とは思っていたが。


 まるで剣か槍かのように銀十字が振るわれる。


「その使い方はどうかと思うぜ――!?」


 


 ばしゅう、と排気音を吐き出しながら振るわれるFPボードを、踏み込んでおきながら寸でのところでスウェイバックしてかわす。


 ……八番。不思議の国ワンダーランドのマッドハッターの剣速には散々苦労させられたが。


 本来空を飛ぶための推進力を生み出すFPボードを、武器のように振るうこの相手も、やはり一筋縄ではいかない。思わず笑ってしまった。こんなもん、剣にジェット機構付けたようなもんじゃねえか!


 光の粉は踊り子の纏う薄布のように。エルは振り抜きに合わせて回転し、追撃を打ちこんでくる。


 まるで剣踊姫ソードダンサー。青年の鋭い一撃の連続は、端から見れば一流の舞踏に映るレベルでキレと艶がある。


 その猛攻をかわし、あるいは銃で受け、そのまま照準、引き金を引く瞬間に、抜けられる。


「チッ。ダンスの相手なら坊か姫にしとけよ。坊は嫌がるが、姫なら喜んで応じてくれると思う、ぜッ!」


 靴底が摩擦で床を咬む。首の骨を折らんばかりの迫力で繰り出された横薙ぎをしゃがむようにかわして毒づいたレオに、


「私としてもそれを願いたいが。こちらの姫に取られてしまってな。……まぁ、その、なんだ。手加減をして良い相手ではないと認めてはいる。だが、そんな私の八つ当たりも含まれていると思ってくれ」


 だん、とボードを肩に乗せてエルは息を吐いた。


「まったく貧乏くじっつったら無ェよな、あぁ? エルさんよ」


「同感だ。ではもうワンセット。マリアを落胆させてくれるなよ、レオ」


 ――二人の傍に居続けるのならば。と言外にエルはそう示し。


「ハッ。てめぇらが空を飛ぶより長い付き合いなんだよ、こっちは」


 ――レオは予告ホームランを繰り出すバッターのように、薔薇の花束をエルに向け。





















 ずどん、という銃声。


 がエルに襲いかかった。



「…………生きてンのかよ。しぶといったら無ェな、カラーズ」


 十字架を盾のように。花束の中から放たれたショットガンを防いだエルに、レオはいっそ呆れるように言いのけた。


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