* 19 *

 家に着くと、18時をすぎていた。

「ただいま」

 玄関の扉を開けて、中に入る。

「あら、遅かったのね」

「うん。まあ、ね」

 居間でニュース番組を見ていた母に、言葉を濁して答える。

「ご飯食べて、勉強するんでしょ」

 テレビを消して立ち上がった母は、まるで決定事項のようにオレのこの後の予定を組み立てている。

「………うん」

 面倒だから否定しない。

支度したくするから、着替えてきなさい」

「わかった」

 スリッパを履いて、台所に向かう母の背中を眺めながら、心の中で嘆息する。


 母の頭にある「これが正しい」という価値観。

 それを子供に押しつけてくる。

 いつも。


 心の中だけじゃ、間に合わず。

 大きく息を吐き出してから廊下を進み、階段を上がる。

 自分の部屋に入り、寝間着ねまき代わりのスウェットに着替えると、ゆっくりすることなく1階に戻った。

 台所に入ると、テーブルの上には1人分の食事が用意してある。料理の前に座って、「いただきます」と言葉にして、食べ始める。


 都内の大学に通う葉月が帰ってくるのは、もう少し後。

 父は、いつも夜9時近くにならないと、戻らない。

 母は、姉か父と一緒に食べるのだろう。

 き込むように夕飯を食べて、自分の部屋に引きげた。


 自分の部屋の戸を閉めて、肩の力を抜く。

 部屋の入り口からまっすぐ進み、西側に面した窓を開けてから、机に移動する。

 椅子に座り、鞄の中から教科書とノートを取り出して、試験勉強に取りかかる。




 横の窓から、清涼な風が入り込む。


 ふっと、情景じょうけいが脳裏に浮かぶ。白黒の視界が、鮮明せんめいになる。

 透明なオレンジ色の光が、地上に差し込む――ぞっとするほど美しい光景。

 背筋があわつ感触。


 それと一緒に、胸中をかすめるのは、名本さんの笑顔。

 こちらを圧倒するような、ぱっと明るい笑い顔。


 あまりの鮮やかさにうろたえて、勉強に身がはいらなくなった。

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