* 16 *
休み時間の
昼休みは解放されたくて、授業終了と同時にクラスから抜け出た。
行き先は、学生食堂。
冨永につかまらないうちに、と足早に向かう。
前にも似たようなことがあったっけ。
頭の片隅でそんなことを思いながら。
食堂に到着して、食券販売機でメニューを確認しないまま、日替わり定食を購入した。
「お願いします」
食堂のおばさんに食券を渡すと、てきぱきと食器に盛りつける。
「お待たせ」
「ありがとうございます」
がやがやと、だんだん大きくなる足音と声に、学食の入口を見ると食券機の前には順番待ちの生徒が並び出していた。
その行列を横目に、日替わりのチキンカツ定食が乗ったトレーを持って、生徒のいないテーブルの間を歩いていく。
食堂の奥の席に座って、味噌汁を飲んで、チキンカツに箸を伸ばすと、学生が1人接近してきた。
「
テーブルを挟んで立ち止まった山谷が、オレの前の席を指して訊く。
「空いてるよ」
「ラッキー」
短く答えると、山谷はトレーを置いて腰を下ろす。話もしないで、食事を始めた。
そんな彼を不審げに眺める。
今まで、ろくに接点を持ってこなかった。お互いに。
どういう風の吹き回しだろう。
「なあ。森井って、彼女いないの?」
ラーメンに箸をつけながら、山谷が質問をする。好きな食べ物でも訊くような感じで。
「っ。……はぁ?!」
突拍子もない内容に、むせそうになった。
――何で、そんなことを聞いてくるんだ?
「…いないよ」
素っ気なく答えを返して、残りのチキンカツをさっさと
食べ終わると同時に椅子から腰を上げて、チャーハンを口に運ぶ山谷を見る。半ラーメンと半チャーハンのセットを選んだ山谷は、ラーメンはもう
「先に戻るから」
それだけ伝えると、山谷の返答を聞く前に、トレーを持って席から離れた。返却口に食器を戻して、ごった返す食堂を後にした。
教室に戻ると、堀が1人でスマホをいじっていた。
「もう、食ってきたの?」
「まぁね」
席に座ったオレの方を向いて声をかける堀に、適当に返事をする。
バタバタと走る足音が近づく、と思っていたら、
「森井。話、終わってないんだけど!」
山谷が室内に飛び込んできた。
彼としゃべること自体、
まだ話があるという。
「何?」
「――いや………」
「どうしたのさ」
山谷に促した後で、ふと気づく。
――さっき、話終わってない。
そう言っていなかったか。
もはや、後の祭り。
「森井って、好きな子いないの?」
オレの前の席を陣取り、山谷は遠慮なしに問いただした。
「……別に…」
――関係ない。
「高橋さんは?」
「そうだよ。お前、ホントに高橋を振ったのかよ」
不服だと言わんばかりの語気。
「…………」
いちいち、うるさい。
「高橋って、美人じゃんか。言うことはキツい時もあるけど、そのギャップがイイのによ」
熱く語る彼を見て、うんざりしてきた。自分の意見を他人に押しつけて、何が楽しいんだか。
――だったら、堀が付き合えばいいだろう。
「それなら、堀が高橋と付き合ったら?」
オレが思ったことを、山谷が声に出す。
何でオレは、こんな話をしているのだろう?
大して親しくもない、同じクラスの男子に。それも、昼食後の貴重な休憩時間に。
……いや、それよりも。
山谷って、高橋さんのこと好きじゃないのか?
――違うのか。
山谷の言葉に驚いたが、無意味なこの話をいい加減切り上げたい。
「堀の主観を、森井に押しつけてどうするのよ。それより先に、高橋千秋に自分の気持ちを伝えたら」
オレの背後から投げつけられた威圧的な声は、米倉さんのもの。
「堀くんって、高橋さんのことが好きだったのですか?」
驚いた口調で確認する声に、オレは振り向く。
教室に戻ってきたばかりか、クラスの後ろの出入り口付近に、米倉さんと名本さんが立っていた。
「な、何で。綾子女史が、俺の気持ち知ってるんだよ?」
「誰も気づいていないなんて、思っていたの? 校内で知らないのは夕香と森井だけってくらい、有名よ。高橋千秋、本人の耳にも入っていると思うわよ。ご
「森井くん。今度の委員会のことなんだけど」
教室の前のドアを開けて、高橋さんが顔を見せた。
高橋さんの声を聞いた
絶妙なタイミングなのか。
「どうして、堀くん逃げ出すように出て行ったのでしょう」
「逃げ出したくなる状況なのよ」
不思議そうに呟く名本さんに、米倉さんは楽しそうに答える。
「綾子女史。さっきの話…本人の耳にも入っている、ってヤツ。嘘だろ」
確信めいた口調で言った山谷に、米倉さんは艶然と笑みを浮かべていた。
「山谷も、頭の回転は悪くないのね」
米倉さんらしい発言だ。
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