* 38 *

 4時限目の授業終了と同時に教室を飛び出して、一目散いちもくさんに食堂を目指す。


 休み時間になると、噂の真相を知りたがる奴らが姿を見せる。

 廊下から様子をうかがう複数の生徒。

 室内に堂々と入ってきて、直接オレに訊く奴。名本さんをつかまえては、根掘り葉掘り聞き出そうとする女子。

 否定をするごとに、むなしさが溜まっていく。

 名本さんは動じた素振そぶりも見せないで、受け答えをしている。噂など、どこ吹く風って感じだ。


 ――面倒で、うざったい。


 昼休みだけは、このわずらわしさから解放されたかった。

 人影のない2階の廊下を、東に向かって足早に歩く。校舎の東階段に差しかかった時、背後から声をかけられた。

「なあ、森井」

 フレンドリーな口調だが、知らない男子の声。


 ――来た。

 ……いい加減、放っておいてくれないかな。


 厄介やっかいだから振り返らないし、返事もしない。

「名本さんと付き合ってるって、本当?」

 階段を下りるオレの横に並んだのは、果然かぜん知らない顔。

「違う」

 強く即答するが、相手はにたにたと笑ったまま「本当に?」と、しつこく付きまとってくる。


 ――好きだけど、付き合ってない。


 心の中で、言い返す。

「……」

 付き合っていない。

 噂のことでそう返す度に、思い知らされる。

 名本さんから、何も言われないことを。


 ……こういう状態を、生殺なまごろしって言うのか。


 しょうもないことを考えて、らしする。そうでもしないと、この状況に苛々しそう。

「で? 本当のところ、名本さんとはどうなってるのさ」

「…さぁ」

 面白がって訊く奴をぞんざいにあしらい、階段を下りようとした瞬間。

 ドン。

 背中を強め押されて、階段を踏み外しそうになった。冷や汗が背中を伝い、はらえかねる。

 感情に突き動かされて振り返ると、こっちに向かって歩いてくる小谷野の姿があった。

「やっと追いついた。歩くの早いって」

 怒鳴ろうと思っていたが、楽天的な小谷野の笑い顔に気がそがれる。


 ――前にも同じ状況があったっけ。


 4月の時もこんな風に、絶妙のタイミングで割り込んできた。

「本当…早すぎ」

 小谷野の後ろから聞こえたのは、ぶっきら棒な北上の声。

 前の時は、米倉さんだった。

「森井、話がある」

 北上はズカズカと大股でオレに近づく。

「ご飯食べながら、話すれば?」

「そうだな」

 オレの隣にいる男のことが視界に入ってないのか、小谷野と北上がどんどん話を進める。オレの意思さえ度外視どがいししている2人。


 ――また、助けてもらった。


「食堂に行くよ、和哉」

 北上と並んでオレの眼前で立ち止まった小谷野が促す。

「だから…脩。手加減しろって」

 心にかけていてくれることが嬉しくて、くすぐったい。それを悟られたくなくて、文句もんくをつけた。

「行くぞ」

 北上はそう言うと、オレの脇を通り階段を下る。北上に続いて小谷野も歩き出し、オレも2人の後を追う。

「…悪い。助かった」

 階段の踊り場を歩く北上たちに謝罪する。

 彼らがオレに話があっても、普通ならあんな風には切り出さない。助けに入ったのは、明白。

「気にしない、気にしない」

 こちらをかえりみて、小谷野がしゃべる。


 ――本当に、助かった。


 食堂に向かいながら、しみじみと思った。

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