北海道編

第1話 北海道上陸

車両デッキへと降りていくと、一日ぶりに愛車とのご対面だ。

大洗からサンフラワーふらのに乗船して18時30分に出航すると、翌日13時30分の定刻に苫小牧に到着するまでは、車両デッキには降りられない。

数時間ぶりに愛車の姿を捉えると、何日も会えなかったような気がして、何故か暖かいものがこみ上げてくる。


イグニッションオン!!

ギヤーのニュートラルを確認し、左足でクラッチを踏むと、右足でアクセルを数度パタパタさせてから、右足のつま先でスターターボタンを蹴った。


一発で勢い良くエンジンがかかると、気持ちよく回っている。

すぐにエンジンの回転は安定した。


前の方から車が動き始めると、前の車に続いて大きく開いた開口部から、明るい外に飛び出す。

記念すべき北海道の第一歩だ。


空はどんより曇っているが、潮の香りを含んだ空気はさわやかで心地よい。

健作は、地図を頼りに港近くのとある場所に向かった。


フェリー埠頭から走ること5分、漁港の駐車場に車を止めると傍らの古い鉄筋コンクリートの建物へと向かった。

建物の入り口には、「マルトマ食堂」という看板がでている。

以前テレビで、ホッキカレーを食通の芸人さんがおいしそうに食べているのを観て、ぜひ食べてみたいと思っていた食堂だ。


中に入っていくと、いかにも人のよさそうなお母さんがニコニコしながら出てきた。

「兄ちゃん、ごめんな! 今日はもう終わっちゃったよ!」

「ええ゛っ、東京から楽しみにやってきたんだよ。何か残ってない?」

「ごめんな。今日はもう売り切れだっ!」


「まぁ、急ぐ旅でもなし、今日中に札幌に着けばいいんだから、何か見つかるだろう。」

健作は後ろ髪を惹かれる思いで建物を出ると、車をスタートさせた。


駐車場を出て通りに出ると、すぐ道の反対側に「海の駅ぶらっと市場 食の館」と看板がでている。

早速駐車場に車を止めて、「ラーメン」と書いてある暖簾をくぐると、中は広い食堂街になっていた。


午後2時を回り、ランチのお客さんは引いたところなのだろう、健作の他に客は誰もいない。

「『北海道』とくればやっぱりラーメンを食べてみたいなぁ。」


数店舗の中から、ラーメン屋さんの前に座ると、すぐに水の入ったコップをもったお姉さんが出てきた。


「何にします?」


何も考えていなかった健作は一瞬答えに窮すると、お姉さんはメニューを健作に差し出した。


健作はメニューを受け取ったものの、中も見ようとせずお姉さんに向かって微笑んだ。


「お姉さんのお勧めは何?」


お姉さんは、健作の予期せぬ反応に一瞬びっくりしたようだったが、すぐに素敵な笑顔を浮かべた。


「やっぱり、海鮮ラーメンか、海鮮あんかけ焼きそばかな!?」


「了解! じゃあ海鮮ラーメンにしようかな。」


健作は勢い良く答えた。


「了解! 海鮮ラーメン一丁!」


お姉さんは、健作の言い方をまねると敬礼をした。

敬礼というのは一朝一夕でかっこよくできるものではない。

お姉さんの敬礼は決まっていた。


健作はお姉さんに自分と同じ匂いを感じると、答礼した。

お姉さんは一瞬「えっ!」という表情を見せたが、何も言わず厨房に入っていった。


隣のテーブルにエプロンを取りながら女性が腰を下ろすと、帰り支度をはじめた。


厨房からお姉さんが出てくると、隣の席の女性の前に海鮮あんかけ焼きそばをおいた。


「妙子さん、お疲れ様。」

「直美ちゃん、今日のまかないが海鮮あんかけ焼きそばとは豪華だね。良いのかい!?」

健作は横目でみると、湯気が立ち上りとても旨そうだ。


「そっか、あのお姉さん、直美さんって言うんだ・・・」


次に直美が厨房から出てくると、お盆の上には海鮮ラーメンが載っていた。

健作の前にラーメンを置くと、さっと敬礼をした。


「海鮮ラーメン、お持ちいたしました!」

健作は答礼した。

「直美さん、ご苦労さま。」


二人は顔を見合わせると大笑いした。


健作は熱々のラーメンと格闘を始めると、直美は水の入ったコップを持ってきて妙子の前に座った。

しばらく直美と妙子は世間話をしていたが、やがて健作に声をかけてきた。


「どう、うちの海鮮ラーメンおいしいでしょう!?」


健作は熱々のラーメンが口の中に入って思うようにしゃべれない。

頭を縦に振りながらモガモガいった。


直美と妙子は、健作の様子が受けたのかひとしきり笑った。

「兄ちゃん、どこから来たんだい?」

妙子が声をかけてきた。


「東京から。北海道をのんびり走りたくて、ついさっき苫小牧港に着いたんだ。」


直美が椅子を健作の方に寄せた。


「一人旅?」


「ああ、そうだよ。」


「あんた自衛官でしょ!?」


「そういう直美さんは自衛官なんだろ?」


「うん、もう退官しちゃったけどね。で、あんたは現役なの?」


「あ、いや僕は自衛官じゃないよ、U.S.MARINE。」


「えっ、ゆー えな ま・・・りーん?」


「アメリカ海兵隊だよ。」


「えっ、だってあんた日本人でしょ?」


「ああ、まぁ話すと長くなるんだけど・・・」


「ねっ、直美ちゃん、あんたこのお兄さんと一緒にドライブしてきたら!?」


「えっ、いや僕の車には屋根もドアもないから大変だよ・・・」


「直美ちゃん、タンデムだって平気だろ!?」


「あっ、いや、二輪じゃなくて四輪なんだけどね。」


「えっ、いったい何に乗ってきたの!?」


直美と妙子は、思わず窓から外の駐車場を眺めた。


「えっ、なにあのジープ!?」


二人は入り口から外に飛び出していった。

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