第19話 お盆

ステージの袖で最初から観ていた支配人は、健作たちが引きあげてくると、満面の笑みをたたえながら右手を差し出した。

健作も右手を差し出すと、支配人は健作の右手に左手を添えて力強く握った。

「健作くん、度肝を抜かれるとはこのことだね。なんと素晴らしかったことか。未だかつてこのクラブで、お客様全員が最後にはカチャーシーを踊るなんて無かったことだよ。」

「ありがとうございます。支配人さんに『好きなようにやっていい』と言われて、みんなでどんな曲にするか話し合って、こんな形になりました。スタンダードな曲が一曲も入っていなかったので、ちょっとどうかなとも思ったのですが。」

「いやいや、 『スタンダード』とは主観的なものだ。人によって受け取り方、感じ方は違う。見事な融合と調和だったよ、私も感動させてもらった。これこそウチナーの新たなスタンダードの誕生だ。」


健作たちの演奏は瞬く間に評判となり、健作たちのステージのある日は席の予約が取り辛い状況になっていった。

反響が大きく、当初お盆が終わる8月半ばまでという約束で来ていたが、リゾートホテルからもシーメンズクラブからも要請があって、8月一杯沖縄でステージに立つこととなった。


8月も半ばとなったある日、健作たち4人はリゾートホテルでの仕事が終わって、外人住宅のリビングでくつろいでいると、典子の携帯の着信音が鳴りだした。

「あっ、お母さんからだ。

・・・もしもし、うん、明日はお休みだよ。

・・・うん、あっ、そうかウークイね。わかった。それじゃあ明日の午後一度帰るわね。」

典子は電話を切ると3人からの視線を感じた。

「のりちゃん、お母さんがとうかされたの?」と智子が聞くと、典子は電話の次第を説明した。

「私お盆のことすっかり忘れてたわ。内地でも田舎ではお盆に親戚が集まったりするでしょう。沖縄では、ご先祖さまのことを大変大切にしているの。だからウンケーからはじまって中日のお中元配り、最後にウークイをするのよ。」

他の3人はまるで外国語を聞いているかのようにぽかんと口を開けて聞いていたが、健作が意を決したかのように口を挟んだ。

「のりちゃん、ちょっ、ちょっと待って。『ウンケー』に『ウークイ』って何?

それにお中元て、普通7月中にデパートとかから送ってしまって、こんな時期に配らないよ。」

「あらごめんなさい、ついついうちなー口になっちゃった。お盆って、ご先祖さまがお家に戻ってきて家族とともにすごし、またあの世に帰っていくのは内地もウチナーもいっしょね。」

3人は「ここまでは理解できたぞ。」という表情で首を縦に振って聞き耳を立てている。典子は続けた。

「ウチナーでは旧正月もお祝いしたりして結構旧暦を大切にして季節の行事をするんだけど、まずは旧暦の7月13日にご先祖さまをお迎えする行事を『ウンケー』っていうのよ。お盆の間はご先祖さまとエイサーを一緒に踊ったりして、楽しむわ。」

「そういえば、私の田舎では『迎え盆』ていうわ。」と智子が口を挟むと、典子はつづけた。

「へー、内地ではウンケーのこと、『迎え盆』って言うんだ。

うちなーでは、ご先祖さまをお迎えするウンケーは、お仏壇に花やお供物をお供えして夕方には提灯を灯して始まるのよ。

全員で外に出ると、家長がろうそくに火を灯すとお線香15本に火を移して、家族全員で外に向かって手を合わせてご先祖さまをお迎えするの。

そこで家長が住所と名前を名乗ってご先祖さまに挨拶すると、全員でお家の中に戻って、お線香をお仏壇に供えるわ。

『中日』は「なかび」と言って、海苔や鰹節のお中元を持って親戚のところを配って回るのよ。」

典子が一息いれると、智子は感心した様子で口を開いた。

「へー、お中元とお歳暮ってお世話になった人たちに贈り物をする習慣かなって思っていたけど、最初は親戚に配るところから始まったのね。」

「うん、お盆をお迎えするお礼として親戚に配るんだって聞いたことがある。

中日が終わると、最後にご先祖さまがあの世に帰っていくのをお見送りする『ウークイ』があるわ。

親戚一同集まって夕食を食べながら、もちろんお酒を飲みながら皆さんで団欒を楽しむの。」

再び、智子が「それは内地では『送り盆』だわ。」と口を挟むと、典子はうなずいて話しを続けた。

「親戚中での宴も夜が更けてくると、全員お仏壇の前に集まって座るの。そして全員でご先祖さまと一緒に楽しく過ごせたお盆に感謝して、また来年も来てくださいねってウートートー・・・あっウートートーってお祈りするっていうことだよ・・・して、お仏壇のお供物やお線香を持って外に出ると、「また来年もお越しください。」と言ってお祈りするの。

持って出たお供物はご先祖さまのお土産として玄関先に置いておくわ。これが沖縄でのお盆の行事の流れです。」

典子が説明し終わると、3人は一様に感心したように典子を見つめていると、修が柄にもなくしんみりと話し始めた。

「こういう伝統行事って大切だよな。親父、おふくろがいたから僕がいるわけで、じいさん、ばあさんがいたから親父やおふくろがいるわけで・・・ご先祖さまに感謝しなくちゃな。」

「そうだな、おれは親父は早く亡くなって、親戚も少ないからこういう家族の『つながり』ってとっても羨ましいと思うよ。」

「健作さん、それじゃあ私明日ウンケーがあるから自宅に帰るんですけど、ご一緒に来て伝統行事を見ていかれませんか?」

「えっ、いやいや親戚でもないのにそんなところに入っていったら迷惑だよ。遠慮しておく。」

「そう、それじゃあ私は明日の午後実家に帰って、明後日のお昼までに戻ってきますね。」


・・・4人の話しはとめどもなく続き、夜は更けていった。

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