鈴の音が聞こえる戦場

夏目りん

第0章

鈴の音が聞こえた少年少女



───チリン……チリン

───どこからだろう

───鈴の音がする



   ◇ ◇ ◇



 呼び名もなく、地面以外の何もない広大な荒野こうやに、数え切れない数の争う人々。

 

 その戦いの中にいる者の大半は、未だ十代ほどの少年少女。そんな中でも、一際ひときわ目立つ強さを見せる男女二人がいた。しかし、その二人もまだ十五、六の顔つきだった。

 少年は彼の身長には分不相応な程の大きな両手剣を一本、腰に短剣を二本と拳銃を一丁提げていた。一方少女は二丁拳銃を一セット、腰には投擲用とうてきようのダガーナイフが提げてあった。

「ギャアァッ」

「なんなんだよ! あのガキどもはっ!」

「二人でこの十人以上の人数をたおすなんて、『悪魔』じゃない……ヒッ!」

 三人の敵の声が、二人の耳に届いた瞬間、少女がその三人の方に顔を向けた。

「っ……」

 その三人は少女が装備している拳銃の三発の弾丸で、二度と地面から身体を起こす事が出来なくなった。

「アヤ、見ろよ……」

「何、サク……」

 『アヤ』と呼ばれた少女は、『サク』と呼ばれた胡桃くるみ色の髪の少年が見ている方向を、自分のカフェオレの様な色のつややかな髪を揺らめかせて振り向くと、先程まで涼しい表情を浮かべていた整った顔は、限界までココア色の大きな両目を見開き、驚愕の色を浮かべていた。

「うそ…………終わったの?」

「ああ……敵は全員────死んだよ」

 オォ─────

 割れんばかりの歓声で広大な荒野が埋まった。

 その声の中で、先ほどの二人も涙を浮かべて顔を見合わせた。

「サク、やっと帰れるね……」

「やっとだな、アヤ……」


  20××年 5月7日


──この日、6年間もの年月がかかったにも関わらず、一般市民に知らされる事のなかった戦いが最期まで人知れず幕を閉じた。



   ◇ ◇ ◇



「何年ぶりだっけ……6年くらいか?」

「そうだね。今思えば、私もサクも9歳の時に出兵させられてたんだね……お母さんとお父さん、元気にしてるかな?」

 大人数が乗車できる、という理由で、大型トラックのバンボディの中に収容され、同じ方向へ向かう出兵先からの帰還者たちが同じ故郷同士で固まりになって喋っていた。先ほどの少年と少女は、同じ街の人間で、かつては出兵した人々は少ないながらも少し居たのだが、今日まで生きていた者は、もう城代きしろ彩羽あやは(アヤ)と春宮はるみや咲夜さくや(サク)の二人しか残っていなかった。他のグループもだいたいは同じ様なものだった。

 しかし故郷に帰る者たちの中で、沈んだ顔をしている者はほとんどいなかった。やはり、6年ぶりに家族と再会できるのだ。嬉しくない訳がない。

「でも……本当はみんなで戻って来たかった」

 遠い目をして彩羽は少し哀しげな表情を見せた。そんな彩羽の隣に肩を並べ、枯茶色の瞳で彩羽を見つめた。

「そうだな……でも、アヤだけでも残ってくれて良かった。俺一人じゃ耐えられなかった」

「私も同じよ、サク。一人で戦ってたら、もう絶対生きてなかった。サクに背中を任せられたから今も生きてるんだから」

 なんか俺たち運命共同体みたいだな、とからかい混じりの笑顔で咲夜は微笑した。



   ◇ ◇ ◇



 トラックで6時間ほど揺られて、そこから三十分程度歩くと、二人の懐かしい田舎っぽい街並みが見えて来た。

「あっ! ここの商店街、まだ有ったんだ。懐かしいね、サク!」

「ああ、あそこの店、昔アヤがこの店を通るたびに『店長さんの顔が怖い』って泣いてた店だよな」

「幼馴染みって、こういう時に嫌になっちゃうな……」

 六年前とあまり変わりのない商店街に、彩羽と咲夜の思い出が詰まった場所であった。昔より少し古びた雰囲気が時の流れを感じさせた。


「これから、どうするんだ? 二人とも別々で家に帰るか? それとも、二人で会いに行く?」

「そうだね……二人で行かない? 実は私、一人で家のインターホン押せる自信がないんだけど」

「それ、俺も同感。出来る気がしない」

「じゃあ決まりね。私の家からで良い?」

「もちろん」


───────


 インターホンを押すと、ハァイ? と、間延びした懐かしい声と共にパタパタと床を歩く音が聞こえ、数秒後に扉が開いた。

「どちら様でしょ……」

う、まで言わずに固まったアヤの母にアヤは笑って言った。

「ただいま、お母さん」

「お久しぶりです、おばさん」

「あ、彩羽、咲夜、くん……っ!」

 感極まったのか、二人に飛びついた彩羽の母、めぐみは涙混じりの声で言った。

「もう、連絡も寄越さないで……!」

 恵の言葉に、彩羽も涙ぐんだ。

「心配させてごめんなさい。でも私、帰って来たわ」

「そうね……帰って来てくれたわね。彩羽も咲夜くんも、おかえり」

 恵が、そう微笑みながら言うと、二人もはにかみながらも声を合わせて言った。

「ただいま」


───────


 咲夜の家に行くと(行くと言っても彩羽の家の隣なのだが)、咲夜の母、陽子ようこは彩羽と咲夜を見て、涙は見せず、飛び切りの笑顔で出迎えてくれた。

「母さん、ただいま」

「まあ、咲夜も彩羽ちゃんも……よく帰って来たわね! 彩羽ちゃんのお家には行ったのかしら?」

「はい。サクに一緒に来てもらってました」

「大きくなったわね、二人とも……ここで立ち話もなんだし、彩羽ちゃんも上がっていって?」

 彩羽にとっても嬉しい提案だったが、今日のところは遠慮した。

「いえ、今日は結構です。サクもやっと帰って来たんですし、家族で過ごして下さい」

 彩羽の説得に納得すると、陽子は微笑みながら手を振っていた。

「あら、そう? なら、今日は彩羽ちゃんのお母さんとお父さんも家に呼んで、バーベキューパーティしようと思ったんだけど……聞いて来てくれる?」

「そういうことなら、分かりました。聞いて来ます! じゃあサク、また後で」

「ああ。またな、アヤ」

 彩羽は会釈して、春宮宅を後にした。


 陽子の提案を彩羽から聞いた恵は、すぐに承諾した。

「そうと決まれば、お父さんがお仕事から帰って来るまでに用意しとかないとね」

と、張り切った様子で言っていた。



   ◇ ◇ ◇



「それでは、咲夜さくや彩羽あやはちゃんが元気に帰って来てくれたことを祝して……乾杯!」

「乾杯!」

 仕事から戻った彩羽と咲夜の父親達も春宮宅の庭に集まり、彩羽と咲夜の帰還パーティが始まった。

「しかし、彩羽も咲夜くんも大きくなったね」

「そりゃあ、六年も離れてたんだからなぁ」

 親共々、仲の良い城代家と春宮家は彩羽の父、悠人はるとと、咲夜の父、健也けんやも、咲夜達が小さい頃から二人でちょくちょく居酒屋に呑みに行っていた。

「彩羽ちゃん、昔から可愛い顔立ちだったけど、随分ずいぶん綺麗な顔になったわね〜」

「そうね。でも、咲夜くんも男の子らしい体つきで、顔も凛々しく育ってるわ。だんだんお父さんに似て来たんじゃない? ほら、彩羽達が小さい頃……」

 四人とも肉を焼いて、酒を飲んで、楽しく昔の事を語らっていた。それを見ながら肉や野菜を食べていた咲夜が、ふと思いついた様に、しかし親達の四人には聞こえない様に口を開いた。

「そういえば俺達って──どういうで通ってるんだ?」

 隣に座っていた彩羽がそれに答えた。

「えーと、確か……ってことだったよね?」

 本来ならば、高校一年生か働くかしている年齢だ。しかし、戦争に出兵していた子供達は、勉強する場はあっても学校はなかった。

「彩羽は学校、行きたいか?」

「ん〜……行けるのなら、行きたい」

「……父さん達に、頼んでみるか?」

「…………へ?」

 彩羽は、驚いて声を上げた。

「だって俺ら、勉強が出来ないならまだしも、少しは出来るんだ。なんとか入らせてくれるさ」

「い、いや……この時期に転入なんて、目立たない?」

「でも、彩羽も行きたいんだろ、学校?」

「う……」

 彩羽が反論に困った、その時──

「いいんじゃないか? 学校に行きたいなら、すぐに手配してあげるよ」

 悠人がそう言った。

「お、お父さん⁉︎ なんで……」

「俺の同級生に教師をしている奴がいてね。その人に頼んだら、きっと入れてもらえるよ。もちろん、転入の時にテストはあるだろうけどね」

「おじさん、それ本当っ?」

 咲夜が期待に満ちた目で悠人を見た。

「ああ、必ず約束しよう」

「やった! 彩羽、学校行けるよ!」

「う、嘘……本当に行ける? 気味悪がられない?」

 感情に任せて本当の『コト』を言ってしまいそうな彩羽の震える肩に、恵はそっと手を置いた。

「大丈夫よ。外国で何を言われたかは知らないけど、そんなこと言われたら、お母さんに言いなさい。私が守ってあげる。それに、なら、ちゃんと分かってくれるから」

「お母さん……」

 彩羽は、恵の胸に顔を埋めて泣き出した。普通の同年代の人達の様な生活など、自分は出来ないと思っていた分、その事に大きく戸惑ってしまったのだ。


「ごめんなさい。折角せっかくのパーティを台無しにしちゃって……」

 彩羽は散々泣いた後、恥ずかしそうに頬を赤らめて謝罪した。

「そんな事、気にしなくて良いんだよ。俺だってそう思うだろうし。何も考えないで喜んでる、咲夜が馬鹿なだけだって」

「父さん、それヒドイ……」

 反論を上げる咲夜を無視して、健也は続けた。

「それと、学校でも咲夜とは一緒にいてやってくれよな? 彩羽ちゃんみたいな、しっかり者がいないと、友達作りたくても作れないヤツだし」

 ニカッと笑う健也に彩羽も、まだ目元が赤いまま笑顔で返した。

「はい!」


「アヤにも父さんにも、スッゴイけなされてるんだけど……」

「よしよし、サクはちゃんと面倒見てあげるから」

「やっぱりヒドイ!」

 寒空の下に、暖かい笑い声が響いた。



   ◇ ◇ ◇



──咲夜達の転入の約束から一週間後

すめらぎ高校、一年三組にて


「ねぇ、聞いた? 転入生の話!」

「へぇ、こんな時期に珍しいね。誰から聞いたの?」

 後ろの席の女子が、前の席の女子に話し掛けた。

「今朝ね、職員室に寄ったら先生達が話してるの聞いたんだけど──」

 今日、一年生の教室に転入生が来る、という話題が出た。

「──転入して来る人、もいるんだって!」

「そうなんだ。男子? 女子?」

「ごめん、そこまでは知らない。でも、一人は絶対に女子だよ。先生達が、ウチの校長の知り合いの娘さんと……って話してたから」

 女子だよ、と聞いた途端とたん、聞き耳を立てていたのであろう男子達がピクリと反応した。そして、一人の男子が二人の女子に質問した。

「なぁ、それ本当なのか?」

「ん? あぁ、多分そうだよ。どうして?」

 それを肯定すると、教室にいたほとんどの男子が色めき立った。

「女子かぁ……可愛い奴なら良いよなぁ」

「俺は断然だんぜんキレイ系が良い!」

「こんな田舎なんだし、病弱なお嬢様とかねぇかなぁ」

 男子の方がある意味、な妄想をしているのを尻目に、他の女子達も話に加わった。

「もう一人はどんな人?」

 一人の女子がそう聞いたのだが、後ろの席の女子は申し訳なさそうに首を振った。

「う〜、ごめん。後は聞いてなかったから分かんない」

「そっかー。でも、ウチらの教室にも一人は来て欲しいよね、転入生」

 そう言ったポニーテールの女子を肯定する様に、眼鏡の女子も嬉々として言った。

「そういえば、このクラスの人数って他のクラスと比べて、丁度ちょうど二人足りないよね。それに、昨日まで無かった机の空きが二つあるし、二人とも来るんじゃない?」

 しかし、一人の少女が眉を下げて言った。

「でも、机がある席見なよ。転入生の人、じゃない? あの人達の隣……」

「はい。お喋りはその辺にして、皆さん席に着いて下さーい」

 生徒達の陰湿になって来た会話を遮ったのは、いつの間にか教室に入って来た担任、長谷川はせがわ夕実ゆみであった。



   ◇ ◇ ◇



「二人のことは校長先生から聞いています。私は二人の担任で、国語科を担当している、長谷川夕実です。困った時は何時いつでも声を掛けてね」

「はい、よろしくお願いします。長谷川先生」

「今日から、よろしくお願いします」

 彩羽と咲夜は今日から、このすめらぎ高等学校に転入する事になった。自分達の担任になった目の前の教師は、長い黒髪を綺麗に纏め、健康的で快活そうな綺麗な人だった。

「じゃあ早速だけど、今から教室へ行くから、自己紹介の内容考えておいてね」

「あ、はいっ」

 長谷川に彩羽が小走りで着いて行っていると、咲夜が彩羽に耳打ちした。

「教室、どんな奴がいるんだろうな」

 彩羽は咲夜に笑顔で答えた。

「仲良くしてくれると良いね」

 長谷川が前に立って廊下を歩いていると、長谷川が顔をこちらに向けてこう言った。

「二人とも先に言っておくけど……」

「はい」

「なんですか?」

「ウチの教室に、チョッと目立つ子が二人いるんだけど、あなた達なら仲良く出来ると思うわ」

「……え?」

 独り言の様に言った長谷川の言葉を聞き返そうと、二人は疑問の声を上げたが、長谷川は顔を前に戻し、歩いて行ってしまった。

 彩羽と咲夜は顔を見合わせたが、一向に言葉の意味は解らなかった。しかし、戦場で備わったが、コレは何かある、と思わせた。


「さあ、着いた。ドアの前で、私が呼ぶまで少し待ってくれる?」

「はい」

 先ほどの事には一切触れず、二人は大人しく教室の前に立っていた。

「さっきみんなが話していた通り、ウチのクラスに転入生が来ました。しかも……二人!」

 よっしゃー! と、ノリの良さそうな男子の歓声や女子の催促する声が、彩羽達の耳に届いた。

「それじゃあ二人とも、入って来て」

 長谷川の呼ぶ声が聞こえ、彩羽達が教室に入ると、教室がシン……と静まり返った。

 彩羽と咲夜が緊張した表情を見せていると、ワッと歓声が上がった。

「二人とも顔キレーじゃん!」

「夕実ちゃんナイス!」

「平内君、長谷川先生と言いなさい! それと、これから二人が自己紹介してくれるので、静かにしてね!」

 突然の事で驚いた彩羽達だが、長谷川に自己紹介を促された為、黒板に名前を書いて、教室内を見回した。しかし次の瞬間、彩羽と咲夜は絶句した。窓から二列目の、後ろから一列目と二列目の席の二人の男女を見て、長谷川の言っていた言葉の意味を理解した、否、させられた。戦場でつちかった空気の読みは、この場の誰よりも敏感だが、それが必要ないほど普通の人間とは次元が違った。

 二人は悟った──アレが本物の『バケモノ』なのだと。

 少年少女の二人ともが、ハニーブロンドと表現できる程の明るい髪に、天色あまいろの瞳。そして滑らかな陶器の様な白い色の柔らかそうな肌。しかし顔立ちは日本人。そんな珍しい容姿もそうだったが、纏っている空気が、この場には不自然な程、鋭いとげの様だった。彩羽達は、それに息を飲んだ。


 しかし、そんな事は表情に出さず、感じの良い笑顔で咲夜達は自己紹介を始めた。

「今日から一緒に勉強させてもらう、春宮咲夜です。趣味は、音楽鑑賞ですが、最近の曲はあまり知らないんで、教えてくれたら嬉しいです」

「私の名前は、城代彩羽です。最近の流行には疎いですが、皆さんと沢山たくさんお話しできれば良いな、と思っています」

 二人の話が終わると、歓迎の拍手が盛大に送られ、席に案内された。二人の席は、先ほどの男女二人と隣の席であったが、彩羽達は、よろしくね、と愛想の良い表情を浮かべて席に着いた。耳にピアス、首に金属製の飾りが付いたネックレスという出で立ちの、少し軽薄そうな服装の少年の方はにも、男子にしては女顔な顔立ちに微笑を浮かべてどうも、と返事をしたが、少年とそっくりな顔立ちだが、無機質な人形の様な表情の少女は返事もせず、咲夜達をジッと観察する様な視線を向けたが、やがて顔を前に戻した。



───────


 ちなみに、四人の席は、後ろが少年と隣の席の彩羽、前が少女と隣同士の咲夜です。


 『鈴の音が聞こえる戦場』を読んで頂き、本当にありがとうございます!

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