第69話 なにもしないことがしあわせだってこともある。

「ちょっと!

 そういうことは兵長に相談してから――」


 万桜さんが、そこまで言いかけたときバルドさんが現れる。


「構わんよ。

 その女の実力では、昴に傷ひとつ入れることは出来ないだろう。

 かみさま、万桜。

 お前らは万が一のため昴と一緒に行動してやれ」


 バルドさんが、そう言うとかみさまがうなずく。


「わかった。

 その万が一が起きないことを祈る」


 かみさまは、そう言うと足を進める。

 それに万桜さんも続く。


「じゃ、行くわよ。

 昴君にカイ」


「うん」


 俺は、カイの方を見る。

 カイは、少し照れた様子で昴の方を見た。


「ああ」



 ――喫茶店



「ここが、ソラが働いていた喫茶店か?」


 カイが、静かに昴に尋ねる。


「うん」


「そうか……

 あのソラが……」


 カイが、息を呑む。


「ソラさん……ですか?

 でも、ソラさんよりも髪の毛が長いですね」


 そう言ってマスターが現れる。

 マスターとは、喫茶店のマスターのことである。

 このマスターは、色んな噂がある。

 ソラから聞いた話によるととても強く。

 その強さは、バルドさんよりも強いという噂だ。

 本当かどうかはわからない。

 だけど、ただならぬ力を持っていそうだ。


「私は、ソラの姉のカイだ」


「カイさん?」


「ああ」


「ソラさんから話を聞いていますよ。

 ロングヘアーの優しい姉がいると……」


「私は……優しくなんてない」


 カイが、静かに首を振った。


「私は、絶対服従の魔法をかけられたとはいえソラを見殺しにした」


「そうですね。

 貴方はやってはいけない罪を犯したのかもしれないですね。

 だったら、その罪を償いませんか?」


 マスターは、にこやかに笑う。


「なにをすればいい?」


「喫茶店で働きませんか?」


「それが罪とどんな関係があるのだ?」


 カイの質問にマスターは、小さく答える。


「ここで働きソラさんの生きた証を見るのです」


「ソラの生きた証?」


 カイが首を傾げる。


「ソラさんは、ここで色んな話をしていました。

 昴さんのことはもちろん。

 万桜さんのこともです。

 はじめて友達が出来たと喜んでいましたよ。

 それも嬉しそうに」


「友達……」


 万桜さんが、少しかなそうな顔をした。


「昴君に至っては、幸せそうに良いご主人様に巡りあったと言っていました」


「俺は、なにもできなかった……

 なにもしてあげれなかったぞ?」


「なにもしないのが幸せだってこともあるんですよ」


 マスターの言葉に俺は少し救われる。

 確かに、ジルみたいに人を傷つけるだけの存在は多かったのかもしれない。

 でも、本当になにもしないが幸せなのか?


「本当に幸せだったのか?

 俺はもっとアイツを幸せにしてやりたかった」


「その想い……

 少しでもいいので、カイさんにもあげてください」


「え?」


「カイさんも愛に飢えているように見えますので」


「私は……私は愛に飢えてなど……」


「無理しなくてもわかりますよ。

 貴方は人からの愛に飢えている。

 だから、ソラさんが羨ましかったのでしょう?」


「それは……否定出来ない」


 カイが、そう言って首を横に振った。

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