四章 延命休息
04-00 彼の救いは洞穴に在り
――運命。
宿命、命運、因縁、天命、宿世、回合、天運、宿縁、天意、定め、巡り合わせ、縁。
言葉の形に違いはあれど、そのどれもがこの世に生を受けた全ての者に生じる普遍の概念。
人の意思に関わらず生を受け死に終わる、単純化すればたった二つの事柄で構成されたソレは皆平等に与えられる。
違いをあげるなら生と死の間にある課程、人生と呼ばれる時間の中でより多くの幸福を見いだせたか、より多くの不幸に見舞われたかだろう。人は誰しもが幸福を願う、怒りよりも嬉しさを。悲しみよりも楽しさを。
得られた幸福を一人で享受するも良し、誰かと分かち合うのも良し。皆が皆争う事無く命を終える事が出来る、人はそんな幸福を追い求める――だが、その反対も然り。
痛みを、苦しみを、悲しみを、怒りを、傷を。降りかかる不幸を一人で背負うと決める者がいる、共に背負うと寄り添う者達がいる。
幸福と不幸、全く正反対の思想でありながら同じ答えに辿り着く。であるなら、幸福である事の優位性、不幸を忌遠ざけようとする忌避性。その二つの感情と性質の違いに意味がある事に何の意味があるのだろうか。
だとすれば、運命という言葉が持つ本当の意味は……
「――って、元から意味があるんじゃなくて目的と答えを見いだせたから意味が出来た……になるかな?」
星明かり一つ無い暗闇の中、右も左も分からず眼前に掲げた自分の手すら見えない状況に置かれながらも、朗らかな少女の声があがる。その声に不安はなく、親しい友人と世間話をするような落ち着きがあった。
「…………お前はこんな状況下で何を言ってるんだ」
そして、もう一人。少女の呟きに対して微塵も呆れを隠さない青年の声があがる。しかし、少女の言動に呆れている青年にも慌てた様子は感じれられない。
「今日から俺達は此処で生活していく事になるんだぞ? 少しは悲観的になれ、アンナ・コウザキ」
「ネガティブに考えたら切りが無いよ、こんな時こそ明るく元気にポジティブに行かなきゃ! そんなんだから根暗街道まっしぐらなんだよ、ミー君は私を見習うべきだと思うな」
「ミー君じゃないミドだ」
「えー、ミー君の方が言いやすいし可愛いよ? それに私とミー君の仲じゃない、愛称くらい甘んじて受けてね」
「………………はぁ、火よ」
少女の緊張感の無さに頭を悩ませた青年はめ息と共に、自分達の視界を確保すべく魔法を唱える。それでも彼等を包み込む暗闇全てを照らす事は出来ず、二人の周りを数メートルほど明るくするだけ。
だが、それでも二人の姿を黒一色だった世界に浮かび上がらせるには充分だった。
小さなため息と共に紡がれた小さな灯火が照らしたのは、二人を包む暗闇にも負けない漆黒の毛皮。
青年の頭にはピンと伸びる狼耳が、長い鼻筋にそう口には鋭い牙が、二メートルは超える屈強な体躯を包む所々破れた使う古したシャツと膝下から破れたズボンの下から伸びる手足には屈強な爪が――人狼と呼ばれる魔族のミドは自らの爪で傷つかないよう器用に金の瞳をその大きな手で覆い天を仰いでいた。
「アンナ・コウザキ、確かにお前との付き合いは長い。だがお前と俺の仲、などと言われる関係性は皆無だ。共に戦場を駆けただけで友好を暖めた事など無かったぞ」
「その命がけの戦いを何度も一緒に乗り越えてきたんだよ? もう友達を越えて親友くらいには関係が進んでると言っても過言じゃ無いと思うの」
「過言だ。目的、利害関係が一致した関係でしかないはずだが? お前の頭の中はどうなってるんだ……親の顔が見てみたものだな」
「お、親の顔がみたいだなんて……もうミー君てば! いくら何でも恋人を通り越して夫婦だなんて気が早すぎるよ!! でも、そんな熱烈にプロポーズされたら私にはイエスとはいの二択しか無いね!!」
ミドの苦言も何のその、杏奈は朗らかな声に似合う柔らかな若葉色の自分の髪を頬を朱く染めながらいじる。同じ色の大きな瞳も照れているせいか忙しなく動き、漆黒のロングコートに隠れる小柄で線の細い体つきと屈託の無い笑みも彼女が穏やかな気質である事を匂わせていた……同時に人の話を聞かず自己完結してしまっている悪癖がだだ漏れではあったが。
「……異世界人が全てお前の様な人間でない事を祈れば良いのか、魔族である俺を虐げない善性に感謝すれば良いのか……はぁ」
「ため息なんかついちゃ駄目だよ、ミー君。ため息をつくとそれだけ幸せが逃げちゃうんだから――あ、そんな心配は要らないかな。今日から私達は病める時も、健やかなる時も、
富める時も、貧しき時もラブラブな夫婦として生きていくんだし」
「ため息はお前が付かせているんだ、そもそも俺とお前は――」
「子供は何人作ろうか? 男の子は何人にする、女の子は? 名前は後で困らないように早めに決めて置いた方が良いかもしれないね?」
「待て待て、話が一人歩きしているぞ。そもそも俺とお前が夫婦になることを前提に話すな。奴との戦いに負けたくらいでお前が自暴自棄になるほど弱くない事は知っている、俺などでは手の施しようが無いくらい頭の中が病んでいる事も……それでもお前は一人の女だ」
ミドの言葉も聞かず眼を輝かせて二人の将来設計を固めていく杏奈だったが、ミドは眼を輝かせる杏奈に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「この結末は俺達自身が選んだ末のもの、力及ばず敗北してしまったが後悔は無い。しかしだ、だからと言って奴の言うままに関係を結ぶのは間違っている。この先に残った生涯を望まぬ男に身体を許し子を産む必要は無い。どれだけ時間が掛かるかは分からないが、いずれ次の敗北者達も此処に来るだろう。伴侶を選ぶのなら他の者達、人間の中から選らぶ事も考えて――」
「ふふっ」
「何を笑っている?」
「やっぱり私はミー君が良いなって思っただけ、だって戦場でしかあったことのない私の事を考えてくれて……」
ミドの言葉に頬を朱く染めた杏奈は先ほどまでの勢いを潜め、寄り添うようにミドの胸に静かに飛び込む。そして、優しく包み込むように彼の大きな背に両腕を回した。それがミドに対する杏奈の答え。
「こんなにも私の事を想ってくれてる人がいてくれる……女冥利につきるってもんですよ」
「だが、俺はお前を巻き込んだ側だ、この世界の争いなど何の関係の無いお前を」
「うん、そうだね。でも、ミー君が私を拾ってくれなかったらきっと一人寂しく死んじゃってたよ」
「だが……お前を元の世界に帰すと約束した」
「うん、そうだね。でも、帰らなくても良くなった。こうして一緒に居たい人に出会えたもの」
「だが…………俺はお前より弱い、お前を護れなかった弱い男だ」
「うん、そうだね。私の方がミー君より強いね。でも、私を支えてくれたのは彼方だった。力でじゃない、魔法でも無い、私がずっと欲しかった温もりをくれたのは……ミドだけだった」
「………………」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
寄り添う二人の問答は切れ、暗闇に灯る灯りの揺らめきが静けさと共に二人を包み込む。何も喋らず、何も動かず……互いの体温と息づかいだけを感じ合う心地よい時間だけが――
「照れてるね、ミー君。心臓がバクバク言ってるよ?」
「……放っておけ、直に収まる」
過ぎる事は無かった。
黙っていれば杏奈も目麗しい少女なのだが、元来の性格から来る奔放さは良い雰囲気を秒で壊していく残念さを発揮していく。これにはミドもため息の代わりに苦言を禁じ得なかったが、その表情は灯りが灯ってから一番力が抜けた柔らかいものだった。
「もうミー君はツンデレさんなんだから、でもツンツンしてるミー君も大好きだよ! だけどそろそろ素直にデレデレしても良い頃合いだと思います!!」
「つんでれ……とは何だ? それにらぶらぶ、だったか? お前は時おり意味の分からない言葉を言う…………まあ良い、今はお前と遊んでいる場合じゃない。まずは奴が用意したと言っていた居住区を探すぞ。此処で生きて行くにしても、先立つものが無くてはな」
「そうだね、二人の愛の巣を探そう……そう二人の愛の巣を!」
「……何故繰り返した?」
「大事な事だから二回言いました、大事な事だから二回言いました!」
「まったく、お前と居ると悲観とは無縁にならざるおえないな」
自分達がいるこの場所がどういう場所なのかは分かっている、それは杏奈も同じなのだが……突きつけられた事実に臆する様子のない杏奈にミドは感心とも呆れとも取れる小さくため息を溢した。
「ふふっ、最高の褒め言葉だね!」
「馬鹿にしているんだ、気付け」
「アイタッ!?」
握り拳を作って杏奈の頭を小突き離れるミド。
対して力の入っていない一撃ではあったが、杏奈はこれ見よがしに痛がってみせる。しかし、活動方針が決まったミドは大げさな反応をしてみせる杏奈に構うこと無く暗闇を進む。
そんなミドに家庭内暴力、だの。へたれ意地っ張り、だの。ツンデレデレデレ狼、だのとやり返すように不満をまくし立てるが、ミドの後ろについて行く杏奈の顔に不満はなく満面の笑みが浮かんでいた。そしてそれは先を歩くミドも同じく、無愛想な表情を浮かべながらも杏奈の声が響く度に嬉しそうに大きな尻尾が左右に揺れる。
ミド達の進む先は未だ何も見えない暗闇ばかりだったが、何の問題も無いと連れ添い歩む二人の後ろ姿は太陽に照らされているかのように鮮明に浮かび上がっていた。
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