03-03 落命の胎動(1)
(……俺達を監視するだけが役目では無いはずだが、ここまで待っても動かないとなると戦闘要員が別にいると考えて置いた方が良さそうだな)
ティニーへの尋問を終えた名無は静かに部屋の天井を眺めていた。
『振無波断(ネアン・ウェイヴ)』を解除せずカーテンを閉め切っていては眼で外の様子を確かめる事は出来ないが、マクスウェルが赤外線センサーによる哨戒を続けている事もあり天井に向ける視線に過度の警戒は浮かんではいない。
何処か脱力しているようにも見える姿は一緒に居るレラとティニーに、いつ敵の襲撃があるか分からない中でも程よい安心感を与えていた。しかし、脱力しているように見えても名無の頭の中にあるのは監視者達の動向の意図への思考だった。
(今のところマクスウェルの警戒網に掛かる様子はない。別の場所で待機して俺達が動くのを待っているのだろうが……どうする)
このまま相手の出方を待つのも手ではあるか長期戦という選択肢は最初から無い。
ラウエルでの滞在期間は一週間、そのうちの一日を消費し残りは今日を含めて六日間。監視者が付くくらいなのだから、向こうもティニーをラウエルの外に出さない為に必ず仕掛けてくるはずだ。
状況的には向こうが有利、しかし時間的にはこちらに分がある。
先にしびれを切らすとしたら向こうなのだが……この膠着状態を維持するのもあまり好ましくない事も確かなのだ。
(落ち着きを取り戻してきてはいるが……)
客室の天井から視線を下に落とす名無。
「紅茶はどうでした? 美味しかったですか?」
「うん……おさとう、たくさんいれてくれたから……あまくておいしかった」
「ティニーちゃん甘い物が好きなんですね。今度は簡単な物になってしまいますけど、お菓子も準備しますから楽しみにしててくださいね」
「……うん!」
名無の眼はお茶を飲み終え和やかに会話をするレラ達の姿が映ったが、その表情はあまり好ましくないものだった。
(レラと話をしている間は問題無い。だが、ずっと話をしていられるわけじゃない)
監視者達相手に自分達の行動や情報を与えないために部屋を閉め切っているのだが、それはティニーにも同じ事が言える。
自分はマクスウェルが索敵を続けている事を知っているし、レラも何かあれば自分が動く事を知っているため特に慌てる様子を見せることはない。しかし、ティニーは違う。
如何に自分達から危害を加えられないと理解出来ても、自分の身を狙っている輩に関して何も分からない状態だ。そこは隠さず現状がどのようなものなのか話せば良いだけではあるが、それを話してしまっては要らぬ不安を抱かせるだけ……もしかしなくてもまた泣き出してしまうだろう。
状況が急変した場合、ティニーに取り乱されていては予想もしない行動を取られる可能性もある。言い方は悪いが敢えて知っておいて欲しい情報でも伝えることはせず、自分の判断に身を委ねさせるよう誘導しておいた方が色々と動きやすい。
とは言え、ティニーの精神安定を図るには、このままこうして物理的にも精神的にも閉鎖的な空間に居続けては良いとは言えない。
(向こうは俺達の元にティニーがいる事を分かってはいても、どうやって宿屋まで運んだ方法まで分かっていないずだ。俺の予想に反して仕掛けてくるにしても、俺にとっての魔法のように向こうも俺の能力へ完全には対応しきれないだろう)
このまま動かずティニーを消耗させてしまうよりは、危険性が高くとも外に出た方が気分転換にはならなくとも気休めくらいにはなるはずだ。
「レラ、少し良いだろうか?」
「何かあったんですか、ナナキさん」
「特に何かあったわけじゃない無い、ただ何時までもティニーに俺の服を着させておくのはどうかと思ってな」
「それは……そうかもですね」
「…………?」
名無とレラは小首を傾げるティニーを見て互いに苦笑を浮かべる。
元々ローブの下に着ていた服もお洒落とは無縁な病衣を思わせる物を着ていたティニーにしてみれば、同じく実用性を追求した名無のベースウェアに不満を溢すどころか何も気にしていない事は彼女の反応を見れば分かる。そうでなくても実年齢が三歳では、身に付けている知識も外見に見合った物とは言い切れない。
現に下着以外に身に付けている物が男物のインナー一枚でもあっても文句の一つ言わない時点で、二人がティニーの事を放っておけるはずが無かった。
「食事は部屋で取るにしても手持ちの物資が些か心許ない。買い出しに出ようと思う、その時にレラには幾つか布地を見繕ってティニーの服の制作を頼みたいんだが……良いだろうか?」
レラの料理の腕は心許ない材料でも味、質共にしっかりとした物を出せるほどである。
言うまでもなく潤いに乏しくなる旅の食事情を十全に潤してくれている。しかし、裁縫に関しては目にする機会に恵まれなかった。
裁縫が出来なかったとしても何か問題があるわけでは無いが、今回は周りの眼を警戒して一からティニーの服を自作しなければならない状況だ。自分では裁縫どころか簡単な料理も怪しい、そうなると頼みの綱はレラだけ。
急な提案になってしまったが、名無は何とか出来ないだろうかとレラに頼み込む。
「はい、お裁縫も任せてください。お店で売られてるものと同じとまではいきませんけど、頑張ってティニーちゃんに似合う可愛いお洋服を縫ってみせます!」
名無の心配も何のその、レラはやる気に満ちた表情を浮かべむんっ! と胸の前で握り拳を作った。一時凌ぎとは言っても、やはり同じ女としてティニーの服装には思うところがあったようだ。
「でも、ティニーちゃんはどうしましょう……お留守番させるわけにはいきませんよね」
「ティニーも一緒に連れて行く、ティニーの傍を離れるのは極力避けたい」
もともとティニーの気分転換を兼ねての外出だ、此処で部屋に置いていっても状況は悪い方にしか向かない。
「ティニーにはまた『拡縮扱納』掛けて付いてきて貰う、それなら周りの目を気にすること無く出歩ける。それに彼女の服を作るんだ、どんな物が良いのか好みもあるだろう……ティニーもそれで構わないか?」
「お外にでたい……けど……けど……」
「大丈夫だ、少し変わった魔法で君の姿を隠す。自由に動き回させてやれないが、それなら周りの人間達に気付かれる事無く外に出られる。外に出るのは気が進まないかも知れないが、部屋に籠もりっぱなしは身体に良くない」
「……………………わかった、ナナキお兄ちゃん達とおでかけする」
「ありがとう、ティニー」
外に出る事でまた襲われてしまうかも知れない恐怖と、名無に対する信頼度。
この二つを天秤に掛け数秒、だが決して短くない葛藤の末に自分の提案を受け入れてくれたティニーに礼を言いながらティニーの頭を撫でる名無。
原因がはっきりしない中、怖がられている身としては悩みながらも自分の意見を受け入れてくれた喜びが漏れ出た結果だった。それに対しティニーは口元を僅かに綻ばせる名無をじっと見上げる。
「……………………」
「と、いきなりすまなかったな」
ティニーの何か物言いたげな視線に名無は自分が断りも無く頭を撫でてしまったことに気付く。あくまで感謝を伝えようという善意からの行動だったのだが、心穏やかでは無いのだろうと慌てて手を離そうとする名無。
しかし、意外にもティニーが離れ掛けた名無の右手を小さな両手で押さえつけた。
「……もう、ちょっと……」
「……そうか」
頭を撫でるという行為に姉であるティファとのやり取りを思い出したのか、感傷に晒される感情が無難な慰めを求めたのか……自分の手を振り払うどころか撫でることを求めたティニーの心の内を正確に捕らえる事は出来ない。
だが、こうして抵抗すること無く撫でさせてくれているティニーの顔に嫌悪感は無い。怖がられていても拒絶去れていないのだと知った名無は、そのまま優しくティニーの頭を撫で続けた。
「…………………」
「…………………」
「あ、あの……ナナキさん? ティニーちゃんも……」
そして数分。
名無とティニーの互いに無言で撫で撫でられる微笑ましい光景が、数分の沈黙と共になんとも言えない奇異さをおびてきた状況に声を掛けるレラ。
もう少し和気藹々とした声が行き交い笑い合っていればレラも心配すること無く、ティニーが満足するまで見ていることが出来ただろう。しかし、名無達の間に言葉は無い。
二人には見ての通り大人と子供の身長差がある。加えて遠慮がちに頭を差し出すティニーの顔は俯きがちで、名無は名無で上から頭を撫でる状態だ。そのせいで視線が合う事も表情を見る事も出来ない、それが頭を撫でる際に出る微かに漏れ出る髪が擦れる音が聞こえる程に静まりかえる状況を見てしまっては声を掛けずにはいられなかったのも無理は無かった。
『マスター。やめるタイミングが分からないのは仕方在りませんが、そろそろ外出の準備を。レラ様も困っていますので』
「すまない、こういう風に子供と接するのは慣れていなくてな……もう大丈夫か、ティニー?」
「……うん、だいじょうぶ」
名残惜しそうに返事を返すティニーではあったが、こくりと頷き一先ず満足したようだ。その様子に名無は頭を最後にもう一撫でして名無はティニーの頭から手を離す。
『物資の補給を兼ねてティニー様の衣服の調達との事でしたが、情報収集等はどうしますか?』
「立ち寄った店で不自然になりすぎない程度に探りを入れてみる、あと昨日騒ぎを起こした店の様子も確認するつもりだ」
『乱闘騒ぎ、とまでは行かなかった一件の店舗ですね』
「全員とは言わないが昨日の客が居れば情報を引き出しやすいだろう、知りたい物で無くてもラウエルの事をあまり知らない俺達に取っては有益な情報を得られるかもしれない……予定としてはこんな所だな」
『イエス、今日の予定はそのように。では、そろそろ外出の準備を。周囲を索敵しましたが今から出れば人混みに必要以上に警戒を払う必要は無くなるかと』
「分かった……ただ、ティニーを少し驚いてしまうかもしれないな」
「あの魔法には私も驚きました、また魔法を掛けられるティニーちゃんはもっと驚くと思いますよ」
「おどろく魔法?」
「ああ、だが大きな音がしても大丈夫なように部屋にも魔法を掛けてる、驚いて声を出してしまって心配いらない。心置きなく声を上げてくれて良い」
『マスター、それでは何のフォローになっていません。事前にどのような魔法でどうのような結果を招くのか、その課程に痛みなどの苦痛の類いが無い事など説明するのが最適解です。そうすればティニー様を驚かせるような真似をせずに済むのですから』
「……そうだな、次は気をつける」
まさにマクスウェルの進言通り。ぐうの音も出ないマクスウェルの正論に苦い表情を浮かべ、話についていけず疑問符を浮かべるティニーに『拡縮扱納(グレーセ・トリート)』の詳細を丁寧にかつ分かりやすく説明する名無。
結果、その甲斐もあって『拡縮扱納(グレーセ・トリート)』を掛けられ自分の身に何が起きたのか直面したティニーは驚くこと無く、むしろ身体の大きさを変えられる見たことも聞いたことも無い不可思議な魔法に表情を輝かせるティニーだった。
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