落命の胎動(2)


 ラウエル第三区画商店街通り。

 マクスウェルの索敵結果では警戒が必要な人通りでは無いとの事だったが、それでも城塞都市と言うだけあって通りに並ぶ店の数や活気はシャルアの往来に引け取らない物である。

 そんな中、名無はレラは行き交う人の流れに加わっていた。

 ティニーも一緒に行動しているのだが『拡縮扱納(グレーセ・トリート)』で身体を小さくしており今はレラの服のポケットの一つに身を潜めている、すれ違う誰もがティニーの存在に気づく事は無かった。

 ……が、


「見ろ、あいつだ……」


「ああ、元とは言え二つ名持ちの連中を赤子扱したらしい」


「酒場にいた他の奴等もとばっちり受けたみたいだぞ、無害そうな面しといてやることがえげつねえ」


「馬鹿、眼を合わせるな! 死にたいのか!?」


 大衆酒場での一件が一夜にして第三区画内に行き届いてしまったのだろう。

 大手を振って歩いている訳でも無い名無達の姿は人混みの中にあっても否応なしに目立ち、再三周囲の視線に晒される。それでも検問所や酒場で向けられた視線とは違い、明確となった名無の力に戦くものだった。


(悪目立ちしてしまったが、これはこれで都合が良いか。こちらから距離を取ろうとしなくても向こうから不必要な接触を避けてくれる事に越したことはない)


 情報収集の際に些か不便な思いをするだろうが、その点を差し引いてもレラとティニーの負担が減る。それに自分を怖れているというのなら、相手には気の毒だが強気に出て話を聞けば思わぬ情報を溢してくれる可能性も期待できる事も考えれば良いことずくめである。

 名無は事実ではあるものの微妙に言いがかりが混じる周囲の声と視線を受け流しながら着々と目的のものがある店へと足を進めた。

 三人が向かっているのはティニーの服を作るために必要な生地やボタンなど、裁縫材料を扱っている店舗だ。まず服のデザインと材料の選別、そして必要な量を大まかに決める作図から始まり幾つかの作業を時間を掛けてこなしていくのが名無の知る制作手順である。

 しかし、製紙技術が発展していないこの世界でまずこの段階から躓くのでは無いかとおもっていたが、レラに聞いたところ作図と次の作業である型紙の作成に縫い代を付ける作業は行わず最初から生地となる布に手をつけとのこと。

 これはレラ達から為てみれば特に驚く事でも難しいことでも無いらしく、自作で服を造れる者達は人間であれ魔族であれ関係無しに出来るとの事だった。


(物作りに必要な設計図は最初から頭の中に出来上がっているというのには驚かされたな、子供でも作れるような簡単なものであれば必要ないとは思うが……)


 脳内で二次元の図面を三次元化するのはそう容易いことではない。

 簡単に概観を想像するくらいなら誰でも出来る事だが、その内部まで詳細にとなると話は違ってくる。レラの言う様に衣服であれば何度も挑戦し失敗を繰り返し経験を積んでいけば自然と身につく技能だ。

 だが、こうして歩いているラウエルの街や街全体を覆う外壁や天蓋は常識外れの労力が課せられる。おそらく建造物に対しても経験のなせるものなのだろうが、その過程は険しいものだったはずだ。

 二次元から三次元への変換、その想像力を一長一短で身に付ける事が出来ない無い事は簡単に想像できる。それこそその道の才能がある者、俗に言う天才と呼ばれる人物とその意志を汲み動く事が出来る優秀な多くの人材がいなくては設計図も無しにこの城塞都市を造り上げる事は困難を極めただろう。


(しかし、使用者の想像力と精霊の恩恵の協合。それさえ噛み合えば新魔法を生み出す事が出来る……そう考えれば空間認識の力も自然と高められるのかもしれない。あとは俺の知る現代建築程の複雑さが無い事も鑑みれば、建造物の造形も魔法を使うことで思っている以上に作業効率も悪くは無いのだろうな)


 現に自身の世界においても古代エジプトの象徴でもある建造物が証明しているのだから。


「……レラ、この店はどうだ?」


「えっと……大丈夫だと思います、このお店なら必要な物が全部揃えられると思います」


 意外な事からまた一つ日常の中で磨かれているレラ達の優れた感性に考えさせられる中、名無達ははある店の前で足を止めた。

 二人が足を止めたのは店先に色とりどりの布地を並べている店だった。布地の他にも服をより機能的にしたり飾り付けるための服飾品が多く取りそろえられている、レラの言う通りこの店だけでティニーの服を作るために必要な材料が揃えられるだろう。


「今日は他にも行くところがある、あまり時間を掛けてくれるなよ」


「……はい、出来るだけ急ぎます……」


 如何に周りの方から近づいてこない様に為ているとは言え、会話その物は近くにいれば聞こえてしまう可能性は充分にある。出来るだけ高圧的な口調になるよう努める名無、レラも普段のように名無の眼を見て話すのでは無く視線を下げ声音もか弱さを意識して返事を返す。


「当然だ、さっさと入るぞ」


 レラの答えを待たず店の中に足を踏み入れる名無。

 端から見れば遅鈍な従者に痺れを切らして先立って動いたようにしか見えない。実際そう見えるように行動しているのだが、実のところ先に店内に入っての安全確認だった。これは事前に取り決めた訳では無く、普段通り可能な限りレラを危険な眼にあわせないための物である。

 レラも高圧的な態度に隠れた名無の心遣いをしっかりと分かっており、怖じ気づいたように背中を丸め名無の後を追う。


「邪魔するぞ、店主はいるか?」


「はーい!」


 名無の呼び掛けに溌剌とした声が店の奧、おそらく住居スペースに続いているであろう扉の向こうから返ってきた。


「お待たせしましたー! 今日はどんな……品を……お……求め………」


 扉の向こうから出てきたのは店の主人であろう女性。

 来客に対する社交辞令と言える作り笑い、嘘の微笑みだと分かっていても悪い事だとは誰も思わないだろう。恐ろしい物を見たとばかりに青ざめさせ口元をひくつかせていては初対面、それも初来店客に対する態度としてはいただけないとしてもだ。


「ききき今日は、いったい……どんな品をお求めに」


 しかし、そこは商売人。


 いかに望まぬ客でも客は客、及び腰でも出迎えの言葉を言い切って名無達の前に立つ女主人。その立ち姿から決死の覚悟が窺える。


(外でもそうだったが、やはり商売を生業に為ている人間の方がより詳しく昨日の事が伝わっているようだな)


 それでも只店に入って呼び掛けただけでここまで顔色を悪くしてしまうような事だろうか、この様子だともしかしなくても有らぬ尾ひれがついて回っている可能性が高い。要らなく恐怖心を与えてしまっているのは心が痛むが、昨日の一件がどのような形で広がっていくのか確かめる良い機会だ。

 名無は女主人に眼を向けたまま後ろにいるレラを指さし用件を女主人に伝える。


「うちのブルーリッドに服を作らせる、必要な物を貰っていくぞ」


「は、はい! どうぞどうぞ、お好きな物をお好きなだけ! お代も要りませんので!!」


「だそうだ、必要な物を手早く見繕え」


「分かりました」


 レラは静かに頷き二人の横を通って品物を見て回る、扱っている商品は多いとは言え店その物はそう広くない。眼を離しても異変があればすぐに対処出来る距離、名無はレラが買い物を終えるまでの間、女主人から有益な情報が引き出せるかも知れないと話を振った。


「その様子だと昨日の騒動のことは知っているようだな」


「そ、それはもう! 第三区画で知らない人はいませんよ!」


「その話は誰から聞いた? 酒場の店主、店員、憲兵、俺に絡んできた本人か?」


「憲兵です! 第三区画滞在者が第二区画滞在者であるお客様に無礼を働いたと、ですので不要な被害が出ないようにと第三区画全域に知らせが……」


「そうか、対応が早くて何よりだ。それだけ迅速に対応しているのなら、また不愉快で要らない時間を取られる事もなさそうだな」


 それでも第二区画、第一区画の人間達がちょっかいを掛けてくる可能性は残っているが、女主人の話を聞く限り第三区画で警戒しなければならないのは今も付かず離れずの距離を保って監視を続けている輩だけと考えて良いだろう。

 勿論、不測の事態にも対応できるよう気を張っておく事に越したことはないが。


「ところで話は変わるが、この辺りで変わった事は無かったか?」


「変わった事と言われましても、いったいどのような……?」


「お前が毎日毎日代わり映えの無い日々を過ごし見たこと、聞いたこと、関わり合いたくないこと。そう言った普段と違う事が無かったかと聞いてるんだ。ここまで噛み砕いて言わなければ理解出来ないとは……」


「ひっ! す、すみません! 今思い出しますので少々お待ちください!?」


「連れが戻ってくるまでに思い出せ」


 内心、威圧的な態度を前面に押し出す自分に怯える女主人に謝罪しながらも話を続ける名無。

 他にも広くは無い店内では自分達の話はレラ達にも聞こえている事を考えれば、ティニーの気晴らしには悪影響でしかないだろう。しかし、彼女に関する情報を集めるのであれば効果を見込める以上やらないわけにはいかないと苦心していた。

 だが、ティニーが何らかの実験の為にのみ生み出された実験体である事は今朝の段階でハッキリとしてしまった。それもティニーが実験への協力を拒むまで何の不満も疑問も抱かせる事さえさせない環境が整えられていることも。


(外部との接触を完全に遮断された管理体制の元で行われている実験なら情報は集まらないだろうが、ティニーは脱走し無事に逃げおおせている……なら、あの裏路地で逃げ続けていたわけでは無いだろう)


 偽りの空を映し出す天蓋が自分の余所お通りの役割を担っているのであれば、ティニーは自分達に出会うこと無く追っ手に身柄を拘束されていたはずだ。そうならなかったと言う事は少なからず人目の触れる場所を利用して逃げていたことになる。


(人目の多い場所を利用して逃げ回っていたなら少なからず目撃者がいるはず、この第三区画の治安がどの程度の物なのかにもよるが身に付けているローブを血だらけにして子供が走り回っていれば住人達の間でも話にあがっていても何ら可笑しくない)


 街全体が実験場で住む人間全員が関係者であったのならこの仮定はまったく意味を為さないものになってしまうが、自分達と接触するまで見逃す理由が何なのか検討が付かない。あると仮定すればそれこそ見つからない理由がなんなのかと思考が堂々巡りになってしまう以上、見逃していたのではなく逃亡に成功したと考えるのが自然だ。

 名無は自分の質問に女主人がどんな答えを返すのか粛然と待ち構える。


「す……すみません、私が知っている限りだと普段と変わった事は思い当たりません」


「本当か? 嘘は吐いていないな?」


「ほほほ本当です! 区内はお客様の事で持ちきりだったので、もしかたら見逃したり聞き流した事もあるかもしれませんが……でも誓って嘘は言いません!!」


「……そうか、なら良い」


 女主人は額から冷や汗を流し、顔を青ざめさせ、今にも倒れてしまいそうなほどに身体を震わせている。その様子から嘘を言っている様には見えない。


(レラに心色を見てもらうのも一つの方法だが、ここで食いさがるのは目に付くな)


 ただの世間話として切り出した話を執拗に何度も問い詰め、レラの力を使ってまで聞こうとするのは不自然どころかあからさまに疑問を持たれてしまうのは眼に見えている。

 女主人の様子からして本当に憲兵から聞いたこと以外の事は知らないのだろう。

 そうするとティニーが逃げ回っていた範囲は大衆酒場周辺に集中しているのかもしれない、この店から大衆酒場まではまだ距離がある。何らかの手がかりを手に入れるのなら、やはり昨日立ち寄った店に向かった方が良いだろう。

 その道中、追っ手が動きを見せるならそれはそれでこちらの情報となり得るものが残っている事でもある。


「お待たせしました、ご主人様」


 ティニーの気晴らしも情報収集もまだ序盤、有益な情報は得られなかったものの名無に気落ちした様子はない。名無が次の目的地を定めたところで買い物を終えたレラが戻ってくる。


「終わったようだな、必要な物は揃ったか?」


「はい、使いたい物は一通り」


「なら次に行くぞ、此処の店主は暇つぶしになる話の一つも碌に出来なかったからな」


 さっきの会話はあくまで暇つぶしであると言い捨てて名無は足早に店を出るのだった。

 すぐレラも後に着いていくが、その後ろで女主人が涙目になりながら「申し訳ありませんでした!」と何度も頭をさげ二人を送り出していた。


(……何も非が無い相手に放言を言い続けるのは難しいな、慣れたくはないが出来る限り不自然にならない程度には慣れなくては)


 自分達の姿が見えなくなるまで店先で頭を下げ続ける女主人の姿に名無は苦い表情を浮かべる、何よりまたすぐに同じような事をしなければならないことに名無は人知れず肩を落とすのであった。



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