第1015話 武神と模倣
「なにって……なんだと思う?」
「どう見ても俺の仲間を連れ出そうとしてたよな」
「うん、そうだよ」
無邪気な笑顔で返事をする少女の姿をした魔物。例え顔が似ていたとしても、その笑顔はアリムのものとまるで違うもののように武神こと、ギルマーズには見えた。
「なにが目的だ」
「えー、正直に答えなきゃダメ?」
「別に答えなくていいぜ、だいたいわかる。こんなピリピリしてる不穏な時期に冒険者一人連れ出そうとするなんざ人員確保くらいしかないわな」
「おー! 正解だよ!」
「それもそっちに居るらしいヒュドルの野郎の毒魔法使って洗脳するつもりだったな」
「またまた正解! ……あー、私たちの仲間、結構把握されちゃってるみたいだね? ま、いいんだけどさ」
ニヤニヤとした表情を浮かべながら魔物はギルマーズの元へ寄ってくる。ギルマーズはそれを黙って眺めていた。魔物はそれから様子を探るようにただ自分を眺めてるだけのギルマーズの周りをくるくると回り出す。
「…….ねぇ、武神、私達と戦うつもり?」
「まあな」
「じゃあ、今のうちにキミを倒しておけば少しは負担が減るのかな」
「さあな」
「もう幾らかあの子から話を聞いてるなら、私が賢者を打ち破ったって話は聞いてるよね? ふふふ、同じように殺してあげる!」
魔物は一瞬で窓辺まで移動し、そこから何かをつかむようなポーズをした右手をギルマーズにむかって突きつける。狙ったのは心臓。賢者の少年から模倣した瞬間移動のスキルにより、ギルマーズの心臓を抉りとろうとした。
手の中にしっかりとした塊が入り込む。彼女はそれを握りつぶそうとしたが、血が滴る心臓のような肉感と生暖かさはそれに一切なく、冷たくて硬い金属の感覚だけが存在した。
手を開いて見てみると、それはこの部屋の扉のドアノブであった。
「……あれ?」
「あっぶね。直接心臓を抉り取ろうとするなんて。同じ顔でもアリムちゃんは絶対しないぜ」
「おかしいな、回避なんてできないはずなんだけど、どうやったの?」
「ヒミツだ」
ギルマーズは魔物の真横に立ち、得物を首に当てている。彼女はここから少しでも動いたら即座に首が跳ね飛ばされるだろうと察した。そしてすぐに自分が今まで得た記憶を頼りに、ギルマーズがもっとも攻撃をためらうであろう姿になる。
「や、やめてギルマーズさん!」
「おお、それが模倣か。見た目と声は一緒だ、うまいもんだな」
「……ぼ、ボクを殺すの?」
「本物じゃないからな。本物にはとても手をあげる気にはならないが……魔物だしな?」
ギルマーズの手が一瞬揺れる。そう、彼女には見えた。しかし次の瞬間、天と地がひっくり返る。鈍い音が頭から聞こえたことで自分の首が切断されたのだとやっと気がついた。
「血が銀色じゃないか。こんなのでよくアリムちゃんを名乗れたもんだぜ。ったく……だが生首は生々しいな。嫌なもの見ちまった」
「酷いことするね、ほんと」
「……生きてやがんのか」
アリムの顔をした生首が喋った。そして頬を膨らませながら首を浮かせ、直立していた身体にくっつく。その際、元より顔の向きが前後逆になってしまったが首が半回転して完全に元に戻らせた。
「あー……キミをコピーしようと思ったけどなんか無理な気がしてきたや。バトルマスターだっけ、私の攻撃を回避したのもそれの効果でしょ?」
「じゃあどうするんだ。大人しく殺されるか」
「ううん、逃げさせてもらうよ。あとキミの仲間も狙うのやめておくよ。あはは」
「逃げられると思ってんのか?」
「逃げるだけならね、できるよ」
ギルマーズは再び攻撃を仕掛けるが、その攻撃は腕を一本切り取っただけで本体には逃げられる。切り取った腕は首と異なり、動く気配はそれ以降見られなかった。魔法で丁寧にその腕を消滅させてから、ギルマーズは大きなため息を一つつく。
「あーあ、こりゃアリムちゃんとおーさまに報告しねぇとなぁ……」
「あ……あれ、だんちょ……?」
「やべ」
ギルマーズと魔物が部屋内で対峙する中、すやすやと眠っていた女性冒険者は目を覚ました。寝ぼけた目でギルマーズを見つめる。ギルマーズは額に汗を浮かべ、脳内に必死に説明の言葉を連ねた。
「あ、あー……っとな、落ち着いて聞いてくれ。俺はお前を夜這いしに来たわけじゃないんだ。大切な団員と俺はそういう関係をもたない。だから騒がないでくれよ? な?」
「えへへ……やっときてくれたんですね。いっつも女性関係のことは外で済ませてくるんですから……私を使えばタダなのに」
「……何言ってやがる。寝ぼけてやがるな」
「未婚で彼氏も居ない女性団員はみーんなそう思ってますよぉ〜、へっへっへ」
「流石に嘘だろ?」
「嘘じゃな……すやぁ……」
女性団員は再び眠りについた。ギルマーズは安堵し、先程よりも小さめに息を吐くと、その部屋からゆっくりと出る。
団員がさらわれなかったこと、女性の部屋に勝手に入って騒がれなかったことの双方に胸をなでおろした。
「ったく……」
「団長……」
「あっ」
「いやぁ、団員には手を出さないとばかり……」
しかし、部屋を出た先には坊主頭の彼がいた。少々戻ってくるのが遅いと感じた彼は、ギルマーズを追ってきていたのだった。
「弁明、させてくれる?」
「別に責めはしないっよ、責めは」
「勘違いなんだけどなぁ……」
「まああるなら部屋でゆっくり聞きますんで」
二人は団長室へと戻っていった。
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