第986話 不死身と兎と少女と

「今日は散歩にでも行こうか。調子は大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。というか、まだお腹も膨らんでないし普通と何ら変わらないって言ってるじゃない」



 ウルトの誘いに対し、パラスナはそう言った。彼女は妊娠したのは確かであったが、まだ自分の体が万全だと思っているため大事な話の時に呼ばれなかったりするのを少しだけ不服に思っていた。ただ、周囲のそのような気遣いと反応は有難くないわけではないので、言われた通り大人しくしているのであった。



「そうかな」

「そうよ、みんな心配しすぎ。まあ……私自身も貴方との初めての子供だしわからないることはたくさんあるから慎重にすべきだとは思うけど、それでも」

「初めてって、最終的に何人子供欲しいんだい?」

「貴方との子供だもん、何人でもっ」



 兎耳をぴょこぴょこさせながらパラスナは答えた。ウルトは思わずパラスナを抱きしめる。いきなりの行為にパラスナは驚いたが、それを受け入れた。



「ふふっ……散歩行くんじゃなかったの?」

「もう少ししたら行くよ」

「そうね」



 しばらくして二人は宿兼自宅を出た。パラスナは耳を隠さず変装もしていない。ウルトも同じであった。

 


「今日はどこに行くの?」

「広場で何かイベントがあるかもしれないよ」

「そうね、大体何かやってるものね、あそこ」



 手を繋ぎながら街の中央付近にある広場へと向かう二人。途中であたりをうろついている城の兵士複数人と遭遇した。気になったウルトとパラスナはそのうちの一人に話しかけてみる。



「どうかしたんですか、厳重に警備を行なっているみたいですが」

「ああ、それは……!? ま、まさかお二人は……いえ、休暇中に騒ぐのは御法度ですね。今朝の瓦版はもう読まれましたか」

「確か不審者が現れてっていう……?」

「そうなのです、その不審者がどうやら脱走したあの者に関係があるんじゃないかと噂が立っておりまして」



 脱走した者、それが指す対象を想像しウルトとパラスナは冷や汗をかいた。それを察した兵士は話を続ける。



「し、しかしあの男の行方自体はわからないまま。この街にはまずいないそうなので、お二人はその、あまり心配する必要もないかと。何かあればすぐに駆けつけますので」

「あ、ありがとう……そうね、たぶん大丈夫……」



 それから二人はまた広場に向かって歩きはじめたが、すっかりと意気消沈してしまっていた。到着してからは一旦気持ちを落ち着けるべく椅子に腰をかけた。



「……本当に大丈夫なのよね?」

「もうあの頃とは環境が違うんだ。あいつが自由に出歩けるような状況じゃないよ、今のメフィラド城下町は」

「そうね……そうよね」

「それに俺自身、あの頃より強くなってるしね」

「ほんと?」

「ほんと」



 ウルトはパラスナに微笑みながらそう言った。言葉だけでなく、たしかにウルトの魔力が二年前より遥かに上がっていることをパラスナはマジックマスターとして感じ取った。



「じゃあ安心かな」

「それに俺はもう父親なんだから、もし再びあいつと戦わなきゃいけないことになっても、また俺が勝つよ、必ず」

「その通りよ。ウルト、私なんかよりも強いもの。はーぁ、そう考えると同じSSSランカーなのにどこで差がついちゃったんだろ」

「そう言われてもわかんないな」

「魔神の即死攻撃を受けたのに死ななかった時点で相当凄いと思うよ」

「ほら、やっぱり……ん?」



 気がつけばウルトとパラスナの目の前に一人の少女が立っていた。水色の髪が長髪に褐色の肌。しかしその二点と服装の特徴以外が全てアリム・ナリウェイに酷似した可愛らしい少女。背丈も顔も同じだった。



「……あなたは誰? 魔力からして私の知り合いではないみたいだけど」

「アリムちゃんにそっくりだけど、別人だね」

「うん、まあ一応。私はあなたたち二人のことを知ってるけど、あなたたちは私のことを知らないよ。とりあえず初めまして、私の名前はイルメだよ」



 そう言って自己紹介しながら少女は微笑んだ。顔はアリムそっくりであるためまるで天使のような可愛さであったが、その微笑みも何かがアリム本人とは違っていた。

 突然、ウルトはハッとした表情を浮かべ、椅子から立ち上がりパラスナを庇うようにイルメと名乗った謎の少女の前に飛び出てきた。



「……俺たちに何の用かな、魔物が」

「えっ……は、魔物!? たしかに普通じゃない魔力だけど……」

「それにさっきは気にしなかったけど、魔神の攻撃を耐えたと言うのは、アリムちゃんと魔神を吸収していたという男しか知らないはずだよね。まさか……」

「私のステータス見たのかな? その通り、私はSSSランクの魔物だよ! でも魔神とは関係ないからそこは安心してね!」



 ウルトは最大の警戒していた。自分たちの情報を持っているSSSランクの魔物。どう考えても尋常ではない存在。いつでも応戦できるようにすでに準備もしていた。



「そんなに構えなくていいのに。私は、今はあなたたちになにかするつもりはないよ」

「じゃあなにが目的で……」

「まあ色々とね、ちょっと私の友達にあなたたちと深い因縁がある人がいてさ」

「……っ!?」



 ウルトは即座に右手だけを『ラストマン』の形態に変え、イルメと名乗る魔物に向かってかざした。しかしイルメは目の前から一瞬で消える。



「もー、穏やかな人だと思ってたのに、案外喧嘩っ早いんだね」

「いつのまに……そんな所に……」

「えへへ、私、ただのSSSランクの魔物じゃないから」



 ウルトがイルメの声がした方向を向くと、パラスナが座っている箇所の真後ろに彼女が立っていた。

 

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