閑話 理性 (叶)

「かにゃた……!」



 目をキラキラさせながら、俺のフィアンセが抱きついてくる。一瞬鼻頭が熱くなるが、耐えることができた。

 ふふふ……普通に抱きつかれるくらいなら鼻血はでなくなり、一緒に今まで通り密着して眠ることもできるようになっている。つまりアレから耐性的には元に戻ったわけだ。我ながら凄いと思う。



「よしよし」

「だいぶ耐えられるようになったね」

「じ……じゃあ、これはどう……かしら?」



 モジモジして少しためらいながら、桜は俺の肩を掴んで飛び跳ね、そのまま俺の顔に抱きついた。息ができなくなるが、それは大した問題じゃない。

 つい4日前くらいにやり始めたこの抱きつき方。おそらく桜にとって俺に耐性をつけさせるためのネクストステージなんだろう。俺にとっては無理やり顔が胸に埋められてしまうわけであり、どこからかフツフツと湧き上がる情が抑えられなくなってくる。その要素を挙げるとするならば。


 まずいい匂いだ。うん、とても女性的でいい匂いがする。もちろん化粧品の匂いではなく石鹸とかの。普段は俺の方がそこそこ身長高いわけだから胴体の匂いはわかりにくい。だが、こうして鼻に身体が覆いかぶさることにより、よくわかるようになる。人間は自分の好きな相手の匂いがとても心地よく感じるというが、まさにその通りだろう。

 

 つぎに愛し合っている幼馴染に抱擁されるという状況自体。人によってはすごく妬ましく思う人もいるだろう。そのことについては幸せを感じるからいい。そしてやはり好きな人からのスキンシップというのは嬉しい。


 そして最後が一番問題。桜は胸を顔に押し付けてきているわけで、その柔らかさ、女性らしさが伝わってくる。不安定な姿勢からバランスをとりながら自分の身体を押し付けている桜。揺れ動くことにより、柔らかいモノが顔面でグニグニと移動し続けている。

 もう問題の9割はこれのせいであると言っても過言ではない。だって大好きな桜のが……こんな……! たった数枚の布を隔てた先には、この手で、生で、直接、しっかりと掴んでしまったモノがあってそれが俺の顔を圧迫していてるんだ!

 それに気になったから一昨日、すこし計算してみたら、また胸の大きさが上がっているようだった。大きさはE、中学生にしては大きすぎるらしい。本人は気がついて……いるだろう、多分。大きさを表すのはただの英文字に過ぎない。しかし破壊力はそれで十分。


 以上のことがあるため、理性を保つのに必死だ。この俺のことだから間違っても桜からそれらしい仕草で本気で求めてこない限り襲ってしまうことなんてないだろうが、男性的反応をしてしまうことは確実。自身の身体コントロールは完璧である俺も、性的興奮をしてしまざるを得ない。 

 だが、桜の前では紳士でなくちゃいけないんだ俺は!!

 故に、身体ですら反応しないように必死に抑えるんだ!!

 こうやってごちゃごちゃ色々考えて気を紛らわせようとしている!!

 でも、考えるのはやっぱり今押し付けられているモノと桜自身のことで……! 気を紛らわせるはずが逆効果になって、性的反応に耐えきれなくなった俺の脳みそはキャパオーバーし、それが……!



「ちょっと、桜、離れてくれるかな? 抱きつかれるのはとても嬉しいけど……」

「うん、わかった」

「グフゥゥ……ガハッ……!」



 鼻血として出てくる。

 あー、辛い。愛されてて幸せだけど辛いよ。どうしたらいいんだ俺は。

 だって、付き合う前はすごく嫌がってたんだ桜は性的なことを! でも今は自分から、恥ずかしがりながらも行動してくる! 誰が予想しただろうか!

 いくらミカ姉と桜はもともと似ていて、ミカ姉が兄ちゃんにいろんな意味でべったりだから、桜もそうなるのは仕方ないとは言っても! ミカ姉自体、兄ちゃんと付き合うまでは二人で『大親友以上恋人未満』ぐらいの接し方でいたじゃないか! 俺と桜もそうだった。性的なことはセの字も普段はなかったんだ!

 だからミカ姉から桜の動向を予測するなんて不可能! そもそもミカ姉と兄ちゃんが付き合うことになったの自体、俺らがこっちにくる前だし。

 こんなのずるいよ。付き合ってるのに甘えられなかったりするのよりはいいかもしれないけどさ!

 俺はどうすればいいんだ、いっそのこと、紳士をやめて男性の生理的反応を受け入れろというのか! でも……もしそれで桜に引かれたら……。



「だ、大丈夫?」

「い、いつも通り大丈夫だよ」

「ごめんね?」

「謝る必要はないよ。桜は抱きつきたい時に抱きついて来ればいいの」

「それは、かにゃたもだからね?」



 正解か不正解かなんてないと思う。俺は考えすぎなんだろうし、本当は実際、桜が俺の男性的な部分見たって引いたりしないだろう。でも、やはり自分が正解だと思う選択肢を選びたい。

 だから、俺はすぐに桜を抱きしめた。



「えへへへ」

「ふふふ」


 

 なんにせよ幸せだからこれでいいんだ。

  

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