第775話 温泉地 (叶・桜)

「ついたーっ!」

「ここまでなかなか長かったね」



 二人は鼠族の村から乗って来た馬車を降り、振り返りもせず入り口を通る。



「でもすごく楽しかったわ!」

「終わりみたいに言わないでよ、目的地に着いてからが本番だよ」

「おっとそうだった」


 

 カナタとサクラは、今回の旅行の目的である温泉の村へと辿り着いたのだった。

 もはや村自体が温泉のための施設である。

 ここでカナタが一つ違和感に気がついた。



「……あれ、駐車場ががらんどう……?」

「本当だ。雑誌にはいつも人がいっぱいって書いてあったわよね?」

「うん、そのはずなんだけど……あ、一人だけ人がいるね」



 どうやらこの村のどこかのお店の従業員らしき人が、慌てたようにうろちょろとしている。二人がその人に近づくと、目をまん丸くして驚かれる。



「お、お客様……ですか?」

「ええ」

「も、もしかして今、注意報が出ているのをご存知ないのですか?」

「注意報ですか?」

「は、はい」



 彼は怯えた様子で、その注意報の内容を話し始めた。

 この温泉村のすぐ近くでSランクの魔物が出たのだと。



「ははーん、通りで人が居ないわけだ」

「ええ、ですので現在、宿泊の方はしないように。村人である我々はどんな化け物が出てもこの村から出ませんけどね」

「……つまり避難するつもりはないと?」

「ええ、村は捨てられませんから。ああ……本当に昨日いきなりこんな警告がでて…っ! これからなんですよ、冒険者呼ぶの……それまで経営できないっ」



 カナタはしばらく考えたあと、サクラに相談をした。

 その提案に、サクラは頷く。



「それなら、宿泊させられる準備などはしている、ということでしょうか?」

「ま、まあそうなりますが」

「実は自分、こういう者なんですけど」



 カナタは自分の冒険者カードを彼に見せた。

 冒険者カード、そしてその色の表すランクそれをちゃんとその従業員らしき男はわかっていたようで、彼はきょとんとした顔でカナタを見つめた。



「ほ、本当に本当ですか?」

「ええ、本当にSSSランクですよ。……討伐を請け負う代わりに、報酬などはいらないので今日一日貸切にしてもらえませんか?」

「………! わ、わかりました! 早速そうします! あ、じつは私、ここのオーナー兼村長なんですよ……では、そのように手配してまいりますので!」



 嬉しそうに飛び跳ねながら、オーナーは行ってしまった。



「オーナー兼村長……若い人なんだね」

「それよりさ、貸切よ、貸切! なんだかお金持ちみたい!」



 サクラははしゃいでいる。

 自分の父親が王手全国喫茶チェーンの創始者であり、さらに母親もチェーン展開している花屋のオーナーであるので、十二分にお金持ちなはずなのに。



「実際この世界じゃお金持ちだけどね。……ね、旅館の貸し切りって嬉しい?」

「まあね、普通はそんなことやれないし」

「ふーん……じゃあ地球の方でもやってあげようか?」

「ふえっ!? そ、そんなことできるの?」

「どうだろうね、ふふ」



 カナタが不敵に笑っていたところで、この村の経営者は戻ってきた。どうやら条件を飲んでくれたらしい。

 二人はかなり熱い待遇を受けることになった。



「ようこそようこそ、おいでなされました……!」

「あはは、もしかして従業員総出ですか?」

「はい、貸切という約束な上、SSSランカー様というお方なればこのような待遇も当たり前かと」

「本当に貸し切って、普通に宿泊するだけでよかったんですけどね……まあ、してくれるってんならいいや。そうだ、魔物に関してですけどね」



 カナタはオーナーに、一応探知は自分たちもしておくが、もしその魔物を見かけたらメッセージで知らせててくれれば一瞬で駆けつけると言い、そのあと、魔物と接触するまでのんびりしたいとも伝えた。

 オーナーは了解しましたと嬉しそうに返答する。



「じゃあ部屋に案内してください」

「はい! ところでお二人は夫婦…ではなさそうですね、いや、そもそも同性どうしていらっしゃいますよね?」

「いえ、俺が男でこっちが女です」

「そ、それは失礼しました……」

「それで部屋は……どうする?」

「一緒がいいかな」

「じゃあ一緒の部屋でお願いします」

「かしこまりました」



 二人が案内された部屋は夫婦用の部屋の最高級のものだった。見晴らしは最高であり、サービスも最高。

 大商人やSSランクくらいの冒険者じゃないと普通は入れないのだと二人は聞いた。



「それではごゆっくり。時が来たら、お救いを求めさせていただきます」

「はい、ありがとうございます」



 オーナーは案内からいなくなり、二人だけが部屋に残される。



「あーっ……さいっこう!」

「はしゃいでるねー。今年、中等部三学年の修学旅行あるけど、その時もこんなテンションになるのかな?」

「さあ……わかんないわ。でも旅行って楽しいね!」

「うん、本当に。それでどうする? もう温泉入ってみようか」

「うん!」

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